火焔山を支配する美貌の妖女と、天界さえも恐れる最強の魔王。
中国の古典小説『西遊記』に登場するこの二人は、妖怪界きっての「おしどり夫婦」として知られています。
しかし、その関係は決して平坦なものではありませんでした。
夫の浮気、息子をめぐる確執、そして孫悟空との壮絶な戦い。波瀾万丈の夫婦物語は、『西遊記』の中でも屈指の人気エピソードなんです。
この記事では、鉄扇公主と牛魔王の出会いから最終的な結末まで、二人の複雑な関係を詳しくご紹介します。
概要
鉄扇公主(てっせんこうしゅ)と牛魔王(ぎゅうまおう)は、16世紀の中国古典小説『西遊記』に登場する妖怪夫婦です。
鉄扇公主は日本では「羅刹女(らせつにょ)」という名前でも知られており、火焔山の炎を消すことができる宝物「芭蕉扇」の持ち主として有名なんですね。一方の牛魔王は「平天大聖」という号を持ち、孫悟空を含む七大聖のリーダー格として君臨した最強クラスの魔王です。
二人の間には紅孩児(こうがいじ)という息子がおり、かつては翠雲山で仲睦まじく暮らしていました。しかし、牛魔王が第二夫人を迎えたことで夫婦関係は複雑になっていきます。
『西遊記』における火焔山のエピソードでは、この夫婦が孫悟空と激しく対立し、最終的には天界・仏界の軍勢まで巻き込む大騒動へと発展していくのです。
二人の出会いと結婚
鉄扇公主と牛魔王がどのように出会ったのか、『西遊記』には詳しく書かれていません。
ただし、牛魔王は妻のことを「若い頃から修行を積んだ優れた仙女」と評しています。鉄扇公主は自ら修行して仙人の域に達した実力者であり、単なる美人ではなかったということがわかりますね。
結婚前の牛魔王
牛魔王は結婚前、孫悟空(美猴王)と義兄弟の契りを結んでいました。
七大聖と呼ばれる魔王たち:
- 平天大聖:牛魔王(長兄)
- 斉天大聖:孫悟空
- 蛟魔王
- 鵬魔王
- 獅狔王
- 獼猴王
- 禺狨王
牛魔王は七人の中で最年長として、リーダー的な存在だったんです。しかし孫悟空が天宮で大暴れして五行山に500年間封じられた後、牛魔王は義弟のことを忘れて鉄扇公主と結婚し、家庭を築きました。
夫婦の住まいと息子
二人は翠雲山(すいうんざん)の芭蕉洞(ばしょうどう)という場所に居を構えました。
息子・紅孩児の誕生
やがて二人の間に紅孩児という息子が生まれます。
紅孩児は父親譲りの強大な力を持ち、三昧真火(さんまいしんか)という強力な炎の術を使いこなす実力者に成長しました。号山(ごうざん)の火雲洞を根城にして、聖嬰大王と名乗っていたんですね。
両親は息子を溺愛していましたが、この紅孩児が後に孫悟空との因縁の発端となってしまいます。
夫婦関係の亀裂
順風満帆に見えた二人の結婚生活でしたが、やがて大きな亀裂が入ることになりました。
牛魔王の浮気
牛魔王は玉面公主(ぎょくめんこうしゅ)という女性を第二夫人として迎えたのです。
玉面公主について:
- 正体は万年狐王の娘(狐の精)
- 父から巨万の富を相続した資産家
- 積雷山(せきらいざん)の摩雲洞に住んでいた
- 強力な守護者を求めて牛魔王を婿に迎えた
玉面公主は莫大な財産を持参金として牛魔王を誘い、自分の元に住まわせることに成功します。その結果、牛魔王は翠雲山の鉄扇公主のもとにほとんど帰らなくなってしまいました。
鉄扇公主の怒り
夫に捨てられた形になった鉄扇公主は、当然ながら不満を募らせていきます。
『西遊記』では、彼女が夫の浮気に怒りながらも、一人で芭蕉洞を守り続けている様子が描かれているんです。とはいえ、牛魔王は定期的に宝石や絹織物、米などを送り続けており、完全に関係が切れたわけではありませんでした。
火焔山での大騒動
鉄扇公主と牛魔王の夫婦関係が物語の中心となるのが、有名な火焔山(かえんざん)エピソードです。
事の発端
三蔵法師一行が西天を目指す途中、800里にわたって燃え盛る火焔山に行く手を阻まれました。この炎を消せるのは、鉄扇公主が持つ芭蕉扇だけ。
孫悟空は扇を借りようと翠雲山を訪れますが、鉄扇公主は激怒して追い返そうとします。
鉄扇公主が怒った理由:
息子の紅孩児が、孫悟空のせいで観音菩薩の弟子にされてしまったからです。母親として我が子に会えなくなった悲しみと怒りは、相当なものだったでしょう。
騙し合いと変身合戦
ここから虚々実々の戦いが始まります。
- 孫悟空の作戦:虫に変身して鉄扇公主の腹に入り、苦しめて扇を手に入れる
- 偽物の扇:鉄扇公主は偽の扇を渡し、孫悟空は火をさらに大きくしてしまう
- 牛魔王への依頼:孫悟空は牛魔王に協力を求めるが、玉面公主との一件もあり決裂
- 孫悟空の変装:牛魔王に化けて鉄扇公主から本物の扇を騙し取る
- 牛魔王の逆襲:本物の牛魔王が猪八戒に化けて扇を取り返す
夫婦そろって孫悟空に一杯食わされながらも、最終的には協力して扇を守ろうとする姿は、なんだかんだ言っても夫婦の絆を感じさせますね。
天界・仏界連合軍との戦い
事態は次第にエスカレートしていきます。
孫悟空と牛魔王の一騎打ちは決着がつかず、ついに天界が動きました。
包囲に参加した勢力:
- 托塔李天王
- 哪吒太子(なたくたいし)
- 毘沙門天
- 金頭揭諦、六丁六甲
- 十八人の護法伽藍
- その他多数の天兵天将
これだけの大軍に囲まれても、牛魔王は一歩も引きません。最終的に哪吒太子が火輪で牛魔王の角を焼いたことで、ようやく降伏させることができたのです。
夫婦の最終的な結末
壮絶な戦いの末、二人はどうなったのでしょうか。
牛魔王の運命
牛魔王は捕らえられ、天界に連行されました。
仏教勢力に帰依することになり、後に「大力王菩薩」と称されるようになったと伝えられています。最強の魔王が仏の道に入るという、仏教的な救済の結末ですね。
鉄扇公主の選択
夫が捕らえられたことで、鉄扇公主もついに観念します。
孫悟空に本物の芭蕉扇を渡し、火焔山の火は永久に消し止められました。その後、彼女は「隠名埋姓」して修行の道に入り、正果を修めたとされています。
つまり、鉄扇公主もまた仏教に帰依し、悟りを開いて仙人となったわけです。
玉面公主の最期
ちなみに第二夫人の玉面公主は、この騒動の中で猪八戒に倒されてしまいました。牛魔王が鉄扇公主のもとへ逃げようとした際、玉面公主と積雷山は見捨てられてしまったのです。
後日譚と民間信仰
『西遊記』以降の物語でも、この夫婦は様々な形で登場します。
『後西遊記』での描写
『西遊記』の続編である『後西遊記』では、修行を積んだ鉄扇公主のおかげで牛魔王は「鬼王」となったとされています。牛魔王は玉面公主を復活させて「羅刹鬼国」を建国し、鉄扇公主への感謝を忘れず「羅刹仙」として祀ったのだそうです。
観光名所として
現代でも、中国の新疆ウイグル自治区にある火焔山観光地には、鉄扇公主と牛魔王の像が建てられています。『西遊記』ファンにとっては聖地のような場所になっているんですね。
まとめ
鉄扇公主と牛魔王は、『西遊記』における最も印象的な妖怪夫婦です。
二人の関係のポイント:
- 鉄扇公主は芭蕉扇を持つ強力な仙女で、牛魔王の正妻
- 牛魔王は七大聖の長兄で、孫悟空と互角に戦える最強の魔王
- 息子の紅孩児が孫悟空との因縁の発端となった
- 牛魔王の浮気で夫婦関係は複雑になったが、完全に決裂はしなかった
- 火焔山での戦いでは、結果的に夫婦で孫悟空と対峙することに
- 最終的には二人とも仏教に帰依し、悟りの道を歩んだ
浮気や確執がありながらも、最後は同じ道を選んだ二人。複雑な感情を抱えながらも絆で結ばれた夫婦の物語は、単純な勧善懲悪では語れない深みがあります。
だからこそ、鉄扇公主と牛魔王のエピソードは『西遊記』の中でも特に人気が高く、現代に至るまで多くの人々を魅了し続けているのでしょう。


コメント