夜道を歩いていると、どこからともなく赤ん坊の泣き声が聞こえてくる…。
群馬や新潟、福島など、東日本の各地で語り継がれてきた妖怪「オボ」。
不思議なことに、この妖怪は地域によって姿も性質も全く異なるという、とても珍しい存在なんです。
この記事では、地域ごとに異なる顔を持つ謎の妖怪「オボ」について、その伝承と正体を詳しくご紹介します。
概要

オボは、群馬県・新潟県・福島県などに伝わる妖怪です。
同じ名前でありながら、伝承される地域によって姿も特徴も全く異なるという不思議な存在として知られています。
ある地域では足にまとわりつく小さな怪異として、別の地域では墓を暴く恐ろしい怪獣として、そしてまた別の地域では亡くなった幼児の霊として語られてきました。
共通しているのは、赤ん坊のような泣き声を発することと、身につけているものを与えると難を逃れられるという対処法です。
各地域に残る伝承を見ていくと、日本人が古くから抱いてきた死や幼児に対する信仰が浮かび上がってきます。
伝承

群馬県利根郡のオボ
群馬県利根郡柿平(現在の沼田市)に伝わるオボは、イタチが化けたような妖怪だとされています。
人が夜道を歩いていると、足にまとわりついて通行を邪魔するんです。放っておくと、とても歩けたものではなくなってしまいます。
対処法
- 刀の下げ緒を切って与える
- 着物の小褄(こづま)を切って与える
こうすることで、オボは足から離れていくそうです。
実際に体験した人の話も残っています。
ある少年が小学4年生のとき、祖父の炭焼き小屋から学校に通っていました。秋の夕方、友達と遊んで帰りが遅くなり、山道を登っていると、周りの山から赤ん坊の泣き声が聞こえてきたそうです。
恐ろしくなって駆け出すと、声はますます大きくなる。必死で山小屋に駆け込んで祖父に話すと、祖父は「それはオボの泣き声だ」と言ったのだとか。
新潟県南魚沼郡のオボ
新潟県南魚沼郡に伝わるオボは、群馬のものとは全く異なります。
こちらは怪獣として恐れられており、まだ新しい墓を暴いて、埋葬された死者の脳髄を食らうという恐ろしい存在なんです。
『綜合日本民俗語彙』には「山犬のことのようだが、神秘的な謎といってよい」と記されています。
人前に姿を見せることはなく、その正体は今も謎に包まれたままです。
福島県檜枝岐のオボ
福島県南会津郡檜枝岐村では、オボは「オボゴ」とも呼ばれ、動物の霊あるいは産女(うぶめ) の一種として伝えられています。
特に幼くして亡くなった子供の霊と深く結びついているのが特徴です。
この地域のオボには、次のような恐ろしい言い伝えがあります。
- オボの来訪を告げる者は、喉笛を食いつかれて死ぬ
- オボが赤ん坊を連れて歩いていると、喉笛を食いつかれて死ぬ
- 病後にオボの声を聞くと、必ず死ぬ
対処法
- 男性:褌(ふんどし)の紐を切って与える
- 女性:頭巾や手拭いを投げ与える
オボがその紐や布を身につけている間に逃げ出すことができるそうです。
佐渡島のウブ
佐渡島では「ウブ」と呼ばれ、さらに異なる姿で伝えられています。
嬰児(えいじ)の死んだ者や、堕ろした子を捨てたものがなる存在とされ、大きな蜘蛛の姿で現れます。赤子のように泣きながら人に追いすがり、命を奪うという恐ろしい妖怪です。
対処法
- 履いている草履の片方を脱いで肩越しに投げる
- 「お前の母はこれだ」と言う
こうすることで害を逃れられるとされています。
なぜ「草履」や「紐」を与えるのか?
各地の対処法に共通する「草履」や「紐」には、実は深い意味があります。
かつて日本では、7歳までの子供は「神のうち」 と考えられていました。幼くして亡くなった子供は、大人とは異なる簡素な葬儀で弔われ、すぐに転生できるよう願いを込めて埋葬されたのです。
しかし、転生がうまくいかない場合、子供の霊は家に帰る道が分からず、彷徨ってしまいます。
そこで、肉親の草履の鼻緒や紐を棺に入れることで、その霊が帰る手がかりとしたのです。
- 草履の鼻緒 → 刀の下緒にも通じる
- 草履の「乳」(小さな輪の部分) → 母親の乳に通じる
佐渡で「お前の母はこれだ」と言うのは、草履の乳が母の乳を象徴しているからなんですね。
この信仰が、オボへの対処法として各地に伝わったと考えられています。
まとめ
オボは、地域によって全く異なる姿を持つ不思議な妖怪です。
重要なポイント
- 群馬県:イタチが化けた姿で、足にまとわりついて通行を邪魔する
- 新潟県:墓を暴き死者の脳髄を食らう怪獣
- 福島県:幼児の霊と結びついた産女の一種
- 佐渡島:大きな蜘蛛の姿で、命を奪おうとする存在
- 共通点:赤ん坊のような泣き声、身につけているものを与えると逃れられる
地域ごとに異なる伝承の裏には、幼くして亡くなった子供への複雑な思いと、転生を願う日本人の死生観が隠されていました。
夜道で赤ん坊の泣き声が聞こえたら…念のため、何か身につけているものを用意しておいた方がいいかもしれませんね。
参考文献
- 『綜合日本民俗語彙』民俗学研究所編
- 『消残る山村小風俗と暮し』都丸十九一
- 『檜枝岐民俗誌』
- 『日本怪談集 妖怪篇』今野円輔著


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