古代日本には、アマテラス大神だけでなく、各地で独自の太陽神が信仰されていたことをご存知でしょうか?
その中でも特に有力だった神様が、今回ご紹介する天火明神(アメノホアカリ)です。
「天照」の字を名前に持ちながら、アマテラス大神とは別の神として祀られてきたこの神様。太陽のような激しい気性と強大なパワーを持ち、尾張地方の人々に深く信仰されてきました。
この記事では、気性の激しさで父神をも困らせた太陽神「天火明神」について、その系譜や神話、特徴を分かりやすくご紹介します。
概要
天火明神(アメノホアカリ)は、日本神話に登場する太陽神・農業神です。
名前にある「火明(ホアカリ)」は「穂赤熟」を意味し、稲穂が熟して赤く色づく様子を表しています。つまり、太陽の光と熱、そして稲作の実りを司る神様なんですね。
古代の中部地方で勢力を持っていた尾張氏の祖神(始祖となる神様)として崇められ、現在も愛知県一宮市の真清田神社をはじめ、各地の神社で祀られています。
「天照国照彦(アマテルクニテルヒコ)」という別名からも分かるように、天も地も照らす偉大な太陽の神として信仰されてきました。
系譜
天火明神の家系図は、実は文献によって少し異なります。
『古事記』『日本書紀』による系譜
両親
- 父:天忍穂耳命(アメノオシホミミ) — アマテラス大神の子
- 母:万幡豊秋津師比売命(ヨロヅハタトヨアキツシヒメ) — 高木神(タカミムスビ)の娘
兄弟
- 弟:邇邇芸命(ニニギ) — 天孫降臨で知られる神
子
- 天香山命(アメノカグヤマ)
つまり、天火明神はアマテラス大神の孫にあたり、天孫降臨で有名なニニギの兄という立場なんです。
異なる伝承
一方、『播磨国風土記』では大汝命(オオナムチ=大国主命)の子とされています。また、『先代旧事本紀』では饒速日命(ニギハヤヒ)と同一神だと記されていますが、これについては研究者の間でも意見が分かれています。
子孫となる氏族
天火明神を祖神とする氏族は数多く存在します。
- 尾張氏 — 尾張地方の豪族
- 津守氏 — 住吉大社の宮司家
- 海部氏 — 籠神社の宮司家(現在も続いている)
- 丹波氏 — 丹波地方の氏族
姿・見た目
天火明神の具体的な外見は、古文書には詳しく記されていません。
ただし、その名前と神格から、太陽そのものを象徴する神として捉えられてきました。
名前から読み取れるイメージ
| 名前の要素 | 意味 |
|---|---|
| 天照(アマテル) | 天を照らす |
| 国照(クニテル) | 地上を照らす |
| 火明(ホアカリ) | 穂が赤く熟す=太陽の恵み |
このことから、天と地の両方を照らす輝かしい太陽のような存在としてイメージされていたことが分かります。
神社に祀られる際は、太陽の光や熱、そして稲穂の実りをもたらす神として表現されることが多いようです。
特徴
天火明神には、他の神様とは一線を画す際立った特徴があります。
神格・司るもの
- 太陽神 — 太陽の光と熱を司る
- 農業神 — 稲作や五穀豊穣を守護する
- 開拓の神 — 新しい土地を切り拓く力を与える
性格的な特徴
天火明神の最大の特徴は、その激しい気性です。
『播磨国風土記』によると、この神様は若い頃、異常なほど気性が荒く、暴力的だったと伝えられています。父神でさえ手を焼くほどの激しさだったんですね。
しかし、この激しさは単なる乱暴さではありません。太陽のエネルギーそのものを表していると考えられています。太陽は恵みをもたらす一方で、その熱は時に焼き尽くすほど強烈。天火明神の気性の激しさは、まさにそうした太陽の二面性を象徴しているのです。
アマテラス大神との違い
「天照」の字を持つため混同されやすいですが、アマテラス大神とは別の神様です。
京都府宮津市の籠神社では、主祭神を「天照国照彦火明命」、相殿神に「天照大神」として、明確に別々の神として祀っています。
神話・伝承
天火明神にまつわる最も有名な伝承は、『播磨国風土記』に記された父神との激突エピソードです。
父に置き去りにされた怒りの神
昔、オオナムチ神(大国主命)が息子の天火明神と一緒に旅をしていました。
しかし、息子のあまりに激しく剛直な気性に、父神は心を痛めていたんです。どうにもならないと感じた父神は、ある決断をします。
息子をだまして置き去りにしようと考えたのです。
父神は息子を水辺に行かせている間に、こっそりと船を出しました。
すさまじい怒りの発動
やがて戻ってきた天火明神は、沖へ去っていく船を見てだまされたことを悟りました。
その瞬間、すさまじい怒りが爆発します。
天火明神は激しい風と大波を起こして船を追いかけさせました。その威力は凄まじく、あっという間に父神の乗る船は破壊され、沈没してしまったのです。
伝承が伝えるもの
この神話は、天火明神の強大な霊力を物語っています。
風と波を自在に操り、船を沈めてしまうほどのパワー。これは単なる乱暴者の話ではなく、太陽神としての圧倒的なエネルギーを表現しているんですね。
スサノオ尊のように、若い頃は乱暴だった神様が、やがて人々に恵みをもたらす存在へと変わっていく。天火明神もそうした変化を遂げ、農業を守護する偉大な神として信仰されるようになったのです。
出典・起源
天火明神の信仰には、古代日本の太陽崇拝が深く関わっています。
信仰の起源
太陽信仰は、原始古代から日本各地に存在していました。
アマテラス大神が高天原の最高神として確立される以前、各地の有力氏族はそれぞれ独自の太陽神を崇拝していたんです。当時の太陽神たちは、特別な名前もなく、氏族の祖神として素朴に祀られていました。
天火明神もそうした太陽神の一つでしたが、尾張氏という有力氏族の祖神だったことから、記紀神話に独自の神として登場することになったと考えられています。
主な文献
天火明神について記された主な古文書は以下の通りです。
- 『古事記』 — 天火明命として登場
- 『日本書紀』 — 火明命、天照国照彦火明命として登場
- 『播磨国風土記』 — 激しい気性のエピソードが記載
- 『先代旧事本紀』 — 饒速日命との同一説を記載
- 『新撰姓氏録』 — 子孫を「天孫」と分類
- 『海部氏系図』 — 海部氏の始祖として記載
アマテラス大神の原型説
一部の研究者からは、天火明神がアマテラス大神の原型だったのではないかという推測も出ています。
「天照」の名を持ち、有力な太陽神として信仰されていたことから、後にアマテラス大神の神話が形成される際に影響を与えた可能性があるというわけです。
ただし、これはあくまで推測の域を出ていません。
まとめ
天火明神(アメノホアカリ)は、太陽の激しいエネルギーを象徴する古代日本の太陽神です。
重要なポイント
- 太陽神・農業神として信仰される
- 名前の「火明(ホアカリ)」は稲穂が赤く熟す様子を意味する
- 尾張氏をはじめとする多くの氏族の祖神
- 『播磨国風土記』では父神の船を沈めるほどの激しい気性が描かれる
- 「天照」の字を持つが、アマテラス大神とは別の神
- アマテラス大神以前の古い太陽信仰を今に伝える存在
主な神社とご利益
| 神社名 | 所在地 |
|---|---|
| 真清田神社 | 愛知県一宮市 |
| 籠神社 | 京都府宮津市 |
| 飛騨一宮水無神社 | 岐阜県高山市 |
| 尾張戸神社 | 愛知県名古屋市 |
| 住吉大社 | 大阪府大阪市 |
主なご利益
- 五穀豊穣
- 開運厄除け
- 子孫繁栄
- 家内安全
- 諸病平癒
激しい太陽のパワーを秘めた天火明神。その強大なエネルギーは、古代から現代まで、人々に豊かな実りと繁栄をもたらし続けているのです。


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