【天狗界の働き者?】木の葉天狗とは?江戸時代の文献に残る謎多き天狗の正体

神話・歴史・伝承

夜の川辺で、バサバサと大きな羽音が聞こえたことはありませんか?

江戸時代の人々は、そんな音を聞くと「木の葉天狗が魚を捕っているのかもしれない」と考えました。

赤い顔で鼻が高い、あの有名な天狗とはまったく違う姿をした、不思議な存在がいたんです。この記事では、天狗界の下働きとして知られる「木の葉天狗」について、その姿や特徴、江戸時代の文献に残された伝承を詳しくご紹介します。

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概要

木の葉天狗(このはてんぐ、木葉天狗)は、江戸時代の随筆や怪談集など、さまざまな古い文献に名前が登場する天狗の一種です。

境鳥(さかいどり)という別名でも呼ばれていました。

私たちがよく知っている赤ら顔で鼻が高い山伏姿の天狗とは、まったく異なる姿をしているのが大きな特徴なんです。むしろ大きな鳥に近い見た目をしていて、夜中に川で魚を捕まえる姿が目撃されたという記録が残っています。

興味深いのは、天狗の世界における木の葉天狗の立場です。『甲子夜話』という江戸時代の書物によると、木の葉天狗は天狗界ではかなり地位が低く、他の天狗たちのために薪を売ったり荷物を運んだりして働いていたとされます。

姿・見た目

木の葉天狗の外見は、私たちが想像する「天狗」とはかなり違います。

寛保時代の雑書『諸国里人談』に記録された目撃情報によると、静岡県の大井川で見られた木の葉天狗は次のような姿をしていました。

木の葉天狗の外見的特徴

  • 全体像:大きな鳥のような姿
  • :トビ(鳶)に似た形をしている
  • 翼長:約6尺(約1.8メートル)もある
  • :人に似た顔つき
  • 手足:人間のような手足を持つ
  • その他:くちばし、尾羽を備えている

つまり、鳥と人間の特徴を併せ持った半人半鳥の姿なんですね。

河鍋暁斎という絵師が描いた錦絵『東海道名所之内 秋葉山』には、木の葉天狗たちが樹上でくつろいでいる様子が描かれています。この絵からも、木の葉天狗が鳥に近い姿をしていたことが分かります。

特徴

木の葉天狗には、他の天狗とは異なるいくつかの特徴があります。

性格と行動パターン

非常に臆病というのが、木の葉天狗の大きな特徴です。

『諸国里人談』の記録では、大井川で夜間に大勢で魚を捕らえていた木の葉天狗は、人の気配を感じるとたちまち逃げ去ってしまったとあります。強い天狗のイメージとは正反対ですね。

天狗界での立場

松浦静山の随筆『甲子夜話』巻七十三には、天狗界での木の葉天狗の様子が詳しく書かれています。

それによると、木の葉天狗には次のような役割がありました。

木の葉天狗の仕事内容

  • 山で薪を作って売る
  • 登山者の荷物を背負う
  • 他の天狗たちが物を買うための資金を稼ぐ

まるで天狗界の働き者といった感じですね。しかも、天狗の中では「地位がかなり低い」とはっきり記されています。

正体と別名

『甲子夜話』では、木の葉天狗は天狗界で白狼(はくろう)とも呼ばれていたとあります。

その正体は「老いた狼が天狗になったもの」だとされていました。つまり、動物が歳を重ねて超常的な存在に変化したという考え方なんですね。

能力について

木の葉天狗の能力については、二つの説があります。

神通力を持つという説

山口県岩国の怪談集『岩邑怪談録』には、木の葉天狗が人間をからかった話が残っています。

宇都宮郡右ェ門という猟師の前に、木の葉天狗が小僧に化けて現れて「銃を撃ってみろ」とからかいました。郡右ェ門が木の葉天狗と見抜いて銃を撃つと、木の葉天狗は少しも驚かず「弾はここだ」と言って弾を返して姿を消したというんです。

このエピソードから、地位の低い天狗でも変化能力などの神通力はある程度備わっていたと考える研究者もいます。

術を持たない存在という説

一方で、河鍋暁斎の錦絵に描かれた木の葉天狗が樹上でのんびり寛いでいる様子から、術を持たない人畜無害な存在だとする説もあります。

どちらが正しいのかは、はっきりしていません。

伝承

木の葉天狗にまつわる具体的なエピソードをご紹介します。

大井川の魚捕り

『諸国里人談』に記録された、最も有名な木の葉天狗の目撃談です。

寛保時代(1741-1744年)、静岡県の大井川で、夜間に大勢の木の葉天狗が魚を捕らえている姿が目撃されました。大きな翼を持つ鳥のような姿で、トビに似た翼を広げながら川面を飛び交っていたそうです。

しかし、人間が近づく気配を感じると、あっという間に飛び去ってしまいました。

猟師をからかった木の葉天狗

『岩邑怪談録』に収録された話です。

山口県岩国の宇都宮郡右ェ門という腕の立つ猟師が、山で小僧に出会いました。小僧は「銃を撃ってみろ」とからかうように言います。

郡右ェ門は、この小僧が木の葉天狗の化けた姿だと見抜き、銃を撃ちました。

ところが、木の葉天狗は驚く様子もなく、「弾はここだ」と言って弾を返して消えてしまいました。実は当時の銃は火薬と弾を別々に仕込む仕組みだったので、弾を抜いて空砲にすることができたんです。木の葉天狗は、郡右ェ門が空砲を撃つことを見抜いていたんですね。

天狗界での体験談

『甲子夜話』には、下僕の源左衛門が7歳の頃に天狗にさらわれた時の体験談が書かれています。

源左衛門が見た天狗界では、木の葉天狗(白狼)たちが一生懸命働いていました。山で薪を作って売ったり、人間の登山者の荷物を背負ったりして、他の天狗たちが買い物をするためのお金を稼いでいたというんです。

天狗の世界にも、身分制度や経済活動があったというのは興味深いですね。

まとめ

木の葉天狗は、私たちがイメージする赤ら顔で鼻高の天狗とはまったく異なる存在でした。

重要なポイント

  • 江戸時代の文献に多く登場する天狗の一種で、境鳥とも呼ばれる
  • 大きな鳥のような姿で、翼長は約1.8メートルもある
  • 人に似た顔と手足を持ち、くちばしと尾羽を備えた半人半鳥
  • 天狗界では地位が低く、薪売りや荷物運びなどの仕事をしていた
  • 白狼とも呼ばれ、老いた狼が変化した存在とされる
  • 臆病な性格で、人の気配を感じるとすぐに逃げる
  • ある程度の神通力(変化能力など)を持つという説と、術を持たない人畜無害な存在という説がある

天狗といえば高慢で力強いイメージがありますが、木の葉天狗は働き者で臆病という、まったく異なる性格を持っていました。天狗の世界にもいろいろな立場や役割があったんですね。


参考文献

  • 『諸国里人談』(寛保時代)
  • 松浦静山『甲子夜話』巻七十三
  • 『岩邑怪談録』
  • 河鍋暁斎『東海道名所之内 秋葉山』(錦絵)

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