夜道を一人で歩いていると、前方にふわふわと揺れる提灯の灯りが見えてきた…あなたならどうしますか?
江戸時代の本所(現在の東京都墨田区南部)では、このような不思議な灯火が夜道を行く人々の前に現れたという伝承が残っています。
近づこうとすると消えてしまい、また灯るを繰り返す謎の提灯。この怪異は「本所七不思議」の一つとして、多くの人々に語り継がれてきました。
この記事では、江戸の夜を彷徨う不思議な灯り「送り提灯」について、その正体と様々な伝承をご紹介します。
概要

送り提灯(おくりちょうちん)は、江戸時代の本所(現・東京都墨田区南部)に伝わる怪異の一つです。
「本所七不思議」として有名な怪談の一つで、「一つ提灯」とも呼ばれています。
本所七不思議というのは、江戸時代の本所地域で語られた7つの不思議な現象のことなんですね。送り提灯はその中でも特に有名な怪異なんです。
送り提灯の基本的な特徴
- 提灯を持たずに夜道を歩く人の前に現れる
- 提灯のように揺れる明かりが、人を送るように付いてくる
- 近づくと消え、離れるとまた灯る
- いつまで経っても追いつけない
夜道を照らしてくれる親切な灯りかと思いきや、実は人を惑わす怪異だったというわけです。
江戸の人々にとって、街灯もない暗い夜道は恐怖の対象でした。そんな中で現れる謎の灯火は、安心感と恐怖が入り混じった複雑な感情を呼び起こしたのでしょう。
伝承
送り提灯には、いくつかの興味深いバリエーションが伝わっています。
腰元の幽霊バージョン
江戸本所で最も有名なのが、この話なんです。
物語の流れ
- 早春のある夜、武士が酒を飲んだ帰りに法恩寺の前を通りかかる
- 臆病な供の者を連れて千鳥足で歩いていると、前方に提灯の灯りが見える
- 近づくと腰元風の女性が立っている
- 「どちらへ行かれる?」「つい、そこでございます」と会話を交わす
- しばらく連れ立って歩いた後、別れる
- 女性の後ろ姿を見送ると、ぼんやりと消えてしまう
- 「あれは送り提灯だったのか」と新たな恐怖に襲われる
このバージョンでは、女性の姿で現れるというのが特徴的ですね。
最初は心強く思えた同行者が、実は幽霊だったという恐怖。当時の人々の想像力が生み出した、リアルな怪談なんです。
追いつけない灯火バージョン
より一般的なのが、この形態です。
現象の特徴
- 提灯を持たない人の前に灯火だけが現れる
- ついたり消えたりを繰り返す
- どこまでも追いつけない
- あたかも人を送っていくように現れる
「あの明かりを目当てに行けば夜道も迷わない」と思って近づいても、ふいに明かりが消えてしまう。そしてまた灯るので近づくと、また消える…この繰り返しなんです。
提灯小僧の伝承
石原割下水という場所では、「提灯小僧」という名前で伝えられています。
提灯小僧の行動
- 小田原提灯が夜道を歩く人のそばに現れる
- 振り返ると後ろに回り込む
- 追いかけると姿を消す
- 前後左右に自在に動き回る
送り提灯と同一の怪異と考えられていますが、より活発に動き回る印象ですね。
送り提灯火(神の加護バージョン)
向島(現・東京都墨田区向島)には、少し違った形の伝承もあります。
良い送り提灯の物語
- ある男が提灯を持たずに夜道を歩いていた
- 提灯のような灯火が足元を照らしてくれる
- 誰の灯火か周りを見ても、人影はなく灯火だけがある
- 男は牛島明神(現・墨田区)の加護だと思った
- 感謝の気持ちから提灯を奉納した
- 提灯を奉納しないと、この提灯火には会えないとされた
このバージョンでは、恐怖の対象ではなく、神様の加護として捉えられているのが面白いですね。
送り拍子木との関係
本所七不思議には「送り拍子木」という、送り提灯とよく似た怪異もあります。
これは提灯が拍子木に変わっただけで、基本的には同じ現象なんです。夜道を行く人の後ろから「カチカチ」と拍子木の音が聞こえ、振り返っても誰もいないというもの。
送り提灯と送り拍子木は、夜道の恐怖を表現する双子のような存在と言えるでしょう。
まとめ
送り提灯は、江戸の夜を彩った不思議な灯火の怪異です。
重要なポイント
- 本所七不思議の一つとして有名な江戸の怪異
- 一つ提灯とも呼ばれる
- 追いつけない灯火として夜道を行く人を惑わす
- 腰元の幽霊として現れることもある
- 石原割下水では提灯小僧として伝承
- 向島では神の加護として捉えられた
- 送り拍子木という類似の怪異もある
現代の私たちには、街灯に照らされた明るい夜道が当たり前です。でも江戸時代の人々にとって、夜の闇は本当に恐ろしいものでした。
そんな闇の中で揺れる謎の灯火は、希望にも見えれば、恐怖にも感じられたのでしょう。
もし真っ暗な夜道で不思議な灯りを見かけたら…それは送り提灯かもしれませんね。追いかけるのはやめておいた方がいいかもしれません。

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