【怨念が虫の姿に…】妖虫「於菊虫(おきくむし)」とは?その正体と伝承をやさしく解説!

神話・歴史・伝承

井戸の中から、夜な夜な「いちまーい、にまーい…」という女性の声が聞こえてきたら、あなたはどう感じるでしょうか?

江戸時代の人々にとって、このお皿を数える声は恐怖そのものでした。

そして安政年間(1854~1860年)、その怨念を持つ女性が虫の姿となって現れたという噂が、日本中を駆け巡ったのです。

この記事では、播州皿屋敷の怪談から生まれた妖虫「於菊虫」について、その正体と伝承を詳しくご紹介します。

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於菊虫ってどんな妖虫なの?

於菊虫(おきくむし)は、江戸時代に兵庫県で現れたとされる妖虫です。

「阿菊虫」とも書かれます。

有名な怪談「播州皿屋敷」で非業の死を遂げたお菊という女性の怨念が、虫の姿に変わったものだと信じられていました。

寛政7年(1795年)、姫路城二ノ丸にある「お菊井戸」の周辺から、奇妙な形をした虫が大量に発生したんです。

その虫は、まるで後ろ手に縛られた女性が吊り下げられているような姿をしていたため、人々はお菊の霊が虫になって現れたのだと恐れました。

この噂は瞬く間に広がり、安政年間には日本中で評判となったのです。

於菊虫の正体

実は、この於菊虫の正体はジャコウアゲハのサナギだと考えられています。

ジャコウアゲハは、サナギになる時に細い糸で胸の辺りを枝に縛りつけるような形で体を固定します。この姿が、確かに後ろ手に縛られた人の形に見えるんですね。

面白いことに、昭和初期の姫路では、このサナギが一匹一銭程度の土産物として売られていたそうです。

伝承

於菊虫が生まれるきっかけとなった「播州皿屋敷」の怪談と、もう一つ奈良県に伝わる別の於菊虫の話をご紹介します。

播州皿屋敷の怪談

於菊虫の源流となったのは、姫路城を舞台とした「播州皿屋敷」という怪談です。

物語のあらすじ

  • 永正年間(1500年頃)、姫路城主・小寺則職の家臣である青山鉄山が謀反を企てた
  • 別の家臣・衣笠元信がこれを察知し、お菊という女性を女中として鉄山の下に送り込んだ
  • お菊は鉄山の毒殺計画を突き止め、主君の命を救った
  • お菊が内通者だと知った鉄山は、町坪弾四朗に彼女の身辺を探らせた
  • お菊に恋をしていた町坪は、彼女に言い寄るが拒絶される
  • 怒った町坪は、お菊が管理していた家宝の10枚の皿のうち1枚を隠し、その責任を彼女に押しつけた
  • お菊は責め殺され、死体は城内の井戸に捨てられた
  • それ以来、井戸からは夜な夜な「いちまーい、にまーい…」とお菊が皿を数える声が聞こえるようになった

後に小寺一党は青山鉄山を討ち、お菊は「於菊大明神」として十二所神社に祀られました。

そして約300年後の寛政7年、お菊井戸の周辺から不思議な虫が大量発生したのです。

城下の人々は、これをお菊の怨霊が年忌ごとに現れるのだと恐れたと言います。

姫路以外の於菊虫伝説

播州皿屋敷以外にも、於菊虫が現れたという話は各地に残されています。

於菊虫が出現したとされる場所

  • 兵庫県尼崎
  • 大阪府岸和田
  • 滋賀県彦根市馬場町

これらの地域にも皿屋敷の怪談が伝わっており、同じように於菊虫が現れたと語り継がれているんです。

奈良県の於菊虫伝説

一方、奈良県には皿屋敷とは異なる於菊虫の伝説があります。

この話では、お菊は忠義の女中ではなく、貧しさゆえに罪を犯した娘として描かれているんです。

奈良の於菊虫の物語

大和国北葛城郡磐城村竹ノ内(現在の当麻町竹内)に、貧しい樽屋(または櫛屋)がありました。

そこにお菊という娘がいたのですが、家は貧乏で食べるものにも困る状態だったそうです。

あるとき、お菊は村の郷倉から米を盗もうとしましたが、運悪く村人に見つかってしまいます。

お菊は近くの樟の木の中に逃げ込みましたが、そこで突き殺されてしまったのです。

それ以来、毎年春先になると、殺された場所から川下にかけて蛍のように光を放つ虫が現れるようになりました。

その虫は樽のような形(または櫛のような形)をしていたため、樽屋(櫛屋)のお菊の妄念が虫になったのだと言われました。

奈良の於菊虫の場合、姫路のジャコウアゲハのサナギとは異なり、蛍の一種ではないかと考えられています。

「お菊」という名前の謎

皿屋敷の怪談に登場する女性は、なぜいつも「お菊」という名前なのでしょうか?

研究者たちは、この名前自体に意味があると考えています。

お菊という名前の解釈

  • 非業の死を遂げる下女に対する通称だった(民俗学者・柳田国男の説)
  • 神の声を「聞く」巫女を意味する(民俗学者・宮田登の説)
  • 水と結びつき、菊理媛という女神と関連している(研究者・永久保貴一の説)

どの説が正しいのかはわかりませんが、「お菊」という名前そのものが、水や井戸、そして怨念と深く結びついているのかもしれませんね。

まとめ

於菊虫は、人の怨念が虫の姿に変わったという、日本ならではの妖虫伝説です。

重要なポイント

  • 播州皿屋敷のお菊の怨念が虫になったとされる妖虫
  • 寛政7年(1795年)に姫路城のお菊井戸周辺で大量発生
  • 後ろ手に縛られた女性のような姿が特徴
  • 正体はジャコウアゲハのサナギ
  • 兵庫、大阪、滋賀など各地に同様の伝説がある
  • 奈良県には別のお菊虫伝説(蛍のような光る虫)も存在
  • 昭和初期まで姫路では土産物として売られていた

怨念を抱いた人の霊が、ときとして他の生物に生まれ変わる――。

於菊虫は、そんな日本人の死生観と自然観が生み出した、不思議で切ない妖虫なのです。

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