【金剛のように揺るがない悟り】阿閦如来(あしゅくにょらい)とは?東方の仏の姿・特徴・伝承をやさしく解説!

神話・歴史・伝承

「怒りを完全に断ち切った仏」と聞いて、あなたはどんな存在を想像するでしょうか?

仏教の世界には、どんな誘惑にも動じず、ダイヤモンドのように硬く揺るがない悟りを持った仏がいます。

それが、東方の浄土を治める「阿閦如来(あしゅくにょらい)」なんです。

この記事では、怒りを超越した東方の仏「阿閦如来」について、その姿や特徴、興味深い伝承を詳しくご紹介します。

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概要

阿閦如来は、大乗仏教における重要な仏の一つです。

「阿閦」という名前は、サンスクリット語の「アクショーブヤ」の音写で、「揺れ動かない者」「不動」という意味なんですね。

古代インドの経典『阿閦佛國經』は2世紀頃に漢訳された最古級の浄土経典で、阿閦如来の信仰は阿弥陀如来と並ぶほど古いものなんです。西方極楽浄土の阿弥陀如来に対して、阿閦如来は東方妙喜世界(みょうきせかい)という浄土を治めています。

密教では「金剛界五智如来」の一つとして重要視され、東方に位置する仏として信仰されてきました。

日本では主に真言宗や天台宗で尊崇されていますが、単独での信仰は少なく、五仏の一尊として祀られることが多いんです。

姿・見た目

阿閦如来の像は、他の如来と同じく質素な姿で表されます。

阿閦如来像の特徴

  • 服装:一枚の衣(けさ)をまとっただけの簡素な姿
  • 左手:衣の端を握っている
  • 右手:指を下に伸ばして地面に触れるような形
  • 印相:降魔印(ごうまいん)または触地印(そくちいん)
  • 座り方:結跏趺坐(けっかふざ)で蓮華座に座る
  • :密教では青色または青黒色で表される

特に注目すべきは、降魔印(触地印)という独特の手の形です。

これは、お釈迦様が悟りを開こうとしたとき、悪魔が「お前は悟りを開く資格がない」と誘惑してきた際、地面に手を触れて「大地よ、私の修行を証明してくれ」と呼びかけた姿を表しているんですね。

この印相は、煩悩や誘惑に決して屈しない堅固な決意を象徴しています。

チベット仏教では、青色の象の背中に乗った蓮華座に座る姿で描かれることも多いです。

特徴

阿閦如来には、東方の仏ならではの特別な意味があります。

大円鏡智(だいえんきょうち)

密教の教えでは、阿閦如来は「大円鏡智」という智慧を体現した仏とされています。

大円鏡智とは、鏡のようにあらゆるものをありのままに映し出す智慧のこと。

  • 澄み切った鏡のように、物事の真実を歪めずに見る
  • 善も悪も、美も醜も、すべてをそのまま映し出す
  • 何も判断せず、ただ事実を受け入れる心

つまり、先入観や感情に左右されず、世界をありのままに認識する智慧なんですね。

東方妙喜世界の主

阿閦如来が治める妙喜世界(みょうきせかい)は、東方にある理想的な浄土です。

サンスクリット語では「アビラティ」と呼ばれ、「喜びに満ちた世界」という意味があります。

この世界には高大な七宝の菩提樹があり、非常に荘厳だと伝えられています。

有名な『維摩経』に登場する維摩居士(ゆいまこじ)も、この妙喜世界から来たとされているんです。

薬師如来との関係

同じ東方の仏として、薬師如来との関係も深いんです。

金剛界曼荼羅で薬師如来と同じ東方に位置することから、病気平癒や無病息災などの功徳があるといわれます。

時には薬師如来と同一視されることもあり、両者の境界は曖昧なところがあります。

降三世明王への化身

密教では、阿閦如来の怒りの姿が降三世明王(ごうざんぜみょうおう)だとされています。

五大明王の一つで東方に位置する降三世明王は、阿閦如来が煩悩を断ち切るために忿怒の姿で現れたものなんですね。

伝承

阿閦如来には、古い経典に記された興味深い物語があります。

成仏の物語

『阿閦佛國經』によると、阿閦如来の成仏には次のような背景があります。

成仏までの道のり

  1. 遥か昔、東方の阿比羅提国に大目如来(だいもくにょらい)という仏が現れた
  2. そこに一人の修行僧がいて、大目如来のもとで修行をしていた
  3. この僧は「決して怒りを抱かない」「淫欲に溺れない」という強い誓願を立てた
  4. 何があっても心を動揺させず、長い修行を続けた
  5. ついに悟りを開き、東方世界で阿閦如来として成仏した

「阿閦」という名前は、この「決して動揺しない」「怒りに揺れない」という特性から名付けられたんです。

維摩居士とのつながり

大乗仏教の重要な経典『維摩経』には、維摩居士という在家の仏教信者が主人公として登場します。

この維摩居士は、実は阿閦如来の妙喜世界から人間界に来た存在だと説明されているんですね。

維摩居士は病気になった際、文殊菩薩をはじめとする多くの菩薩や弟子たちと深い仏法談義を交わしました。その智慧の深さは、阿閦如来の世界から来たことを示しているとされています。

光明皇后の伝説

日本では、奈良時代の光明皇后(こうみょうこうごう)と阿閦如来にまつわる感動的な伝説が残っています。

光明皇后と千人の垢落とし

  • 光明皇后は、自ら建立した法華滅罪之寺に浴室を設けた
  • 「千人の民の体を洗い、垢を落とす」という誓願を立てた
  • 999人目まで順調に進んでいたが、千人目に現れたのは全身から膿を出す重病人だった
  • 病人は「私の膿を口で吸い出してほしい」と頼んだ
  • 皇后は躊躇せず、膿を口で吸い出した
  • すると病人は光り輝き、阿閦如来の姿に変わった

この伝説は、忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ)、つまり「耐え忍ぶ修行」の極致を示すものとして語り継がれてきました。

歌川国芳の浮世絵『木曽街道六十九次』にも、この場面が描かれています。

高野山との関係

真言宗の総本山・高野山金剛峯寺の金堂(旧堂)には、かつて阿閦如来が本尊として祀られていたという伝承があります。

ただし、薬師如来だったという説もあり、さらには「阿閦如来と薬師如来は同体である」という考え方もあったそうです。

残念ながら、この像は1926年の火災で焼失してしまい、実際の姿は分かっていません。

完全な秘仏だったため、誰も見たことがなかったんですね。

日本での信仰

阿閦如来の日本における信仰には、独特の特徴があります。

造像の実例

日本で阿閦如来単独で造像された例は非常に少なく、ほとんどが五仏の一尊としての造像です。

重要文化財の阿閦如来像

  • 法隆寺大宝蔵殿:木造坐像
  • 高野山親王院:銅造立像

これらは貴重な単独像として知られています。

経典の伝来

日本における阿閦如来信仰の基礎となる経典は、中国を経由して伝来しました。

最も古い『阿閦佛國經』は、後漢時代の147年に月氏国の僧・支婁迦讖(しるかせん)によって漢訳されています。

この経典は、現存する最古の浄土経典の一つとして、仏教史上でも重要な位置を占めているんです。

チベット仏教での隆盛

一方、チベット仏教やネパールの仏教では、阿閦如来は単独で広く信仰されています。

後期密教では、阿閦如来(阿閦金剛)は最高位の仏として重視され、多くの曼荼羅の中心に配置されました。

特に『時輪タントラ』という経典では、阿閦如来が主尊として説かれています。

青色の歓喜仏(ヤブユム)の姿で描かれることが多く、タンカ(仏画)の題材として人気があります。

まとめ

阿閦如来は、怒りを完全に断ち切った東方の仏として、古くから信仰されてきました。

重要なポイント

  • 「揺れ動かない者」という意味で、ダイヤモンドのように堅固な悟りを象徴
  • 東方妙喜世界という浄土を治める仏
  • 密教では大円鏡智(あらゆるものをありのままに映す智慧)を体現
  • 降魔印(触地印)という独特の手の形が特徴
  • 怒りを断ち、淫欲に溺れないという誓願を貫いて成仏
  • 維摩居士の出身地として『維摩経』にも登場
  • 光明皇后の伝説で忍辱の大切さを示す
  • 日本では単独信仰は少ないが、五仏の一尊として重要
  • チベット仏教では今も広く信仰される

西方の阿弥陀如来ほど日本で広まらなかった阿閦如来ですが、その教えは「怒りを制する」という普遍的なテーマを示しています。もしかしたら、感情に振り回されそうになったとき、金剛のように揺るがない阿閦如来の姿を思い出すといいかもしれませんね。

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