もしあなたが美しい女性と恋に落ちたとして、その相手が実は千年も修行を積んだ白蛇の精だったら、どう感じるでしょうか?
中国では古くから、人間と白蛇の切ない恋物語が語り継がれてきました。
この物語の主人公が「白娘子(はくじょうし)」です。京劇や映画、ドラマなど、さまざまな形で今も愛され続けている伝説のヒロインなんです。
この記事では、中国四大民間伝説の一つ『白蛇伝』に登場する白娘子について、その姿や特徴、物語の内容を分かりやすくご紹介します。
概要

白娘子は、中国の四大民間伝説の一つ『白蛇伝』に登場するヒロインです。
四大民間伝説というのは、中国で最も有名な4つの民話のこと。『白蛇伝』のほかに、『孟姜女』『牛郎織女(織姫と彦星)』『梁山伯と祝英台』があります。
白娘子の正体は、峨眉山(がびさん)で千年以上も修行を積んだ白蛇の精なんです。
人間の姿に変身する力を持ち、命の恩人である青年・許仙(きょせん)に恩返しをするために人間界に降り、やがて純愛を貫く女性として描かれるようになりました。
物語は時代とともに変化してきましたが、現代では真実の愛と善良さの象徴として、中国の人々に愛され続けています。
姿・見た目
白娘子の外見は、とても美しい若い女性として描かれています。
人間の姿
明代の文献『白娘子永鎮雷峰塔』によると、白娘子の人間の姿はこう説明されています。
白娘子の外見的特徴
- 頭:喪中を示す髻(もとどり)を結い、質素な髪飾り
- 服装:白い絹の上着に細麻布のスカート
- 印象:絶世の美女
- 身分:未亡人として登場(後の版では未婚の女性に変更)
「白娘子」という名前の「白」は、彼女が白い服を好んで着ることに由来しています。
また、清代の『義妖伝』という作品以降は、白素貞(はくそてい)という名前で呼ばれることが多くなりました。
本来の姿
白娘子の正体は、齢千年を経た巨大な白蛇です。
文献によって細かい設定は異なりますが、峨眉山や青城山の清風洞で長年修行を積み、強力な法術を身につけた蛇の精霊とされています。
修行年数も文献によって異なり、千年とも千八百年とも言われているんですね。
普段は美しい人間の姿を保っていますが、雄黄酒(ゆうおうしゅ)という特別な酒を飲むと、本来の白蛇の姿に戻ってしまいます。
特徴
白娘子には、長年の修行で得た特別な能力があります。
法術の力
白娘子の主な能力
- 姿を変える:人間の美女に変身できる
- 長寿:千年以上生きている
- 法術:強力な魔法のような力を持つ
- 医術の知識:薬草の知識が豊富で、病気を治せる
- 水を操る力:川や湖の水を自在に操れる
特に有名なのが、金山寺を水攻めにする「水漫金山寺(すいまんきんざんじ)」という場面です。
これは京劇の見せ場として知られ、白娘子が膨大な水を操って寺を水浸しにする迫力あるシーンなんです。
性格
白娘子の性格は、時代によって大きく変化してきました。
初期の物語では、若い男性を誘惑して心臓を食べる邪悪な妖怪として描かれていました。
しかし清代以降になると、性格が一変します。
- 恩を忘れない
- 夫を深く愛する
- 命がけで家族を守る
- 優しく善良
人間に害を与えるどころか、むしろ夫のために必死に尽くす、情け深い女性として描かれるようになったんですね。
伝承

白娘子の物語『白蛇伝』には、いくつかの重要なエピソードがあります。
運命の出会い
物語は、西湖(せいこ)という美しい湖から始まります。
峨眉山で修行を積んでいた白い蛇と青い蛇が、人間の女性に変身して西湖に遊びに来ました。白娘子と、彼女の侍女となる小青(しょうせい)です。
ある日、雨が降り出した西湖のほとりで、白娘子は許仙(きょせん)という青年と出会います。
許仙が傘を貸してくれたことをきっかけに、二人は恋に落ち、やがて結婚しました。
正体の発覚
幸せな結婚生活を送っていた二人ですが、転機が訪れます。
金山寺の僧侶・法海(ほうかい)が、白娘子の正体が蛇の精であることを見抜いたんです。
法海は許仙に、端午の節句に妻に雄黄酒を飲ませるよう勧めました。雄黄酒は邪気を払うとされる酒で、蛇の精には効き目があるんです。
何も知らない白娘子が雄黄酒を飲むと、巨大な白蛇の姿に戻ってしまいました。
それを見た許仙は、ショックのあまり死んでしまいます。
命がけの救出
夫を失った白娘子は、深く悲しみました。
しかし諦めずに、崑崙山(こんろんざん)という仙人が住む山へ向かいます。そこには死者を蘇らせる霊芝という仙草があったからです。
白娘子は危険を冒して霊芝を盗み出し、許仙を生き返らせることに成功しました。
金山寺の戦い
許仙が生き返った後も、法海は二人を引き離そうとします。
法海は許仙を金山寺に連れ去り、監禁してしまいました。
怒った白娘子と小青は、夫を取り戻すために金山寺に攻め込みます。
このとき白娘子は妊娠中でした。
それでも水を操る法術で寺を水浸しにして戦いますが、妊娠中で力が十分に出せず、結局救出に失敗してしまいます。
雷峰塔への封印
最終的に許仙は寺から脱出し、杭州で白娘子と再会します。
白娘子は無事に息子を出産しました。息子の名前は許夢蛟(きょむこう)または許士林(きょしりん)といいます。
しかし法海は執念深く追ってきて、法術で白娘子を打ち負かし、雷峰塔(らいほうとう)という塔の下に封じ込めてしまいました。
小青は逃げ延び、いつか姉を救い出すことを誓います。
ハッピーエンド(一部の版)
後の時代の物語では、明るい結末が加えられました。
白娘子の息子が成長して科挙試験に合格し、立派な役人になります。
息子が雷峰塔を訪れて母を祭ると、塔が崩れ、白娘子は自由の身となって天に昇り、家族と再会するというハッピーエンドです。
また別の版では、小青が峨眉山で修行を積んで強力な法術を身につけ、雷峰塔を燃やして白娘子を救い出すという展開もあります。
物語の変遷
『白蛇伝』の物語は、時代とともに大きく変化してきました。
唐代:恐怖の妖怪話
最も古い記録は、9世紀初頭の『博異志』という本に収録された『李黄』という話です。
この時代の白蛇は、完全に悪役でした。
白い服を着た美女に化けて若い男性を誘惑し、精気を吸い取って殺してしまう恐ろしい妖怪として描かれています。
宋代〜明代:退治される妖怪
明代の『西湖三塔記』という話本では、白蛇は若者の心臓を食べる妖怪として登場します。
最後は道士や僧侶に正体を見破られ、塔の下に封じられて終わるという、完全な「妖怪退治物語」でした。
この時代はまだ、白蛇と人間の恋愛要素はほとんどありませんでした。
清代:愛の物語への転換
大きな転換点となったのが、1624年に出版された『白娘子永鎮雷峰塔』です。
この作品で初めて「白娘子」という名前が使われ、物語にも変化が現れます。
そして清代の1809年に出版された『義妖伝』で、白娘子の性格が劇的に変わりました。
邪悪な妖怪から、恩返しのために人間界に降りた善良な精霊へと変貌したんです。
「白素貞」という名前もこの作品で初めて登場し、報恩譚(恩返し物語)の要素が強調されました。
現代:真実の愛の象徴
清代末期の『白蛇全伝』以降、物語はさらに発展しました。
白娘子は単なる恩返しだけでなく、許仙への純粋な愛のために戦う女性として描かれるようになります。
現代の中国では、2019年にドラマ『新白娘子伝奇』が放映されるなど、今なお新しい作品が作られ続けています。
日本でも1958年に東映動画が『白蛇伝』として日本初のカラー長編アニメ映画を制作し、大ヒットしました。
まとめ
白娘子は、千年以上の時を超えて愛され続ける中国伝説のヒロインです。
重要なポイント
- 中国四大民間伝説『白蛇伝』のヒロイン
- 千年修行を積んだ白蛇の精が人間の美女に変身
- 許仙という青年との純愛を貫く
- 妊娠中でも夫を救うために戦った
- 法海和尚に雷峰塔の下に封じられる
- 時代とともに邪悪な妖怪から愛の象徴へと変化
- 京劇の演目「水漫金山寺」が有名
邪悪な妖怪として恐れられた存在が、時代を経て真実の愛を体現するヒロインへと変わっていく。
この変化そのものが、『白蛇伝』という物語の魅力なのかもしれませんね。
参考文献
日本語文献
- 『中国の妖怪』関連書籍における白娘子の項目
- 『平凡社 中国古典文学全集』月報における白蛇伝関連記事
- 上田秋成『雨月物語』「蛇性の淫」(白蛇伝の影響を受けた作品)
中国語文献
- 馮夢龍『警世通言』第二十八巻「白娘子永鎮雷峰塔」(1624年)
- 洪楩編『清平山堂話本』「西湖三塔記」(明代)
- 陳遇乾『義妖伝』(『繍像義妖伝』)(1809年)
- 方成培『雷峰塔伝奇』(1771年)
- 玉山主人『雷峰塔奇伝』(1806年)
- 夢花館主『白蛇全伝』(清末)
英語文献
- “The Legend of the White Snake” – 中国四大民間伝説の一つとしての解説
- “Bai Suzhen” – Wikipedia英語版における白娘子の項目
その他
- 京劇『白蛇伝』の演目解説
- 東映動画『白蛇伝』(1958年、日本初のカラー長編アニメ映画)
- 中国ドラマ『新白娘子伝奇』(2019年)


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