1904年、エジプトのカイロで奇妙な出来事が起こりました。
イギリスの魔術師が、突然「声」を聞いたのです。その声は3日間にわたって続き、220の不思議な言葉を彼に告げました。
「汝の意志するところを行え」──この謎めいた教えを含む書物は、後に『法の書』と呼ばれ、20世紀最大の魔術書の一つとなったんです。
この記事では、守護天使エイワスから授けられたという謎の聖典『法の書』について、その誕生の経緯や内容、そして不思議な力を詳しくご紹介します。
概要

『法の書』(ほうのしょ、Liber AL vel Legis)は、1904年にイギリスの魔術師アレイスター・クロウリーが書き記した魔術の聖典です。
正式名称は「Liber AL vel Legis, sub figura CCXX」といい、「AL」や「Liber CCXX」とも呼ばれています。数字の220は、全体の詩句の数を表しているんですね。
この書物は、新しい時代の到来を告げる啓示の書として、テレマ(Thelema)という思想体系の根本聖典となりました。テレマとは「意志」を意味するギリシャ語で、人間の真の意志を実現することを重視する教えなんです。
最大の特徴は、クロウリー自身が「著者ではない」と主張している点でしょう。彼によれば、この書物はエイワスという地球外知性体からの口述を書き取ったものなのだそうです。
誕生の経緯──守護天使との遭遇
『法の書』が生まれた背景には、不思議な出来事がありました。
ホルスの啓示
1904年3月、新婚旅行でエジプトを訪れていたクロウリーは、妻のローズに魔術の儀式を見せようとしました。
ところが、儀式の最中にローズが突然トランス状態に入り、「彼らがあなたを待っています」と告げたんです。魔術に興味のなかった妻の様子に、クロウリーは驚きました。
その後、ローズは古代エジプトの神ホルスについて詳しく語り始めます。試しにカイロの博物館に連れて行くと、彼女は数々のホルスの像を素通りし、ある展示物の前で立ち止まりました。
それが「啓示のステーレ」(展示番号666番)と呼ばれる石碑だったんです。この偶然に、クロウリーは何か大きな意味を感じ取りました。
3日間の口述
1904年4月8日正午、ついに「声」が聞こえ始めました。
クロウリーが口述を受けた状況
- 期間:4月8日、9日、10日の3日間
- 時間:毎日正午から午後1時までの1時間
- 場所:カイロの自宅アパートの応接間
- 方法:左肩越しに部屋の隅から聞こえる声を書き取る
声の主エイワスは、背が高く浅黒い肌の、30代くらいの男性の姿をしていたとクロウリーは証言しています。その装いはアラブ風ではなく、アッシリアかペルシアを思わせるものだったそうです。
興味深いのは、声の調子が「情熱的で性急」だったこと。クロウリーは必死にペンを走らせ、3日間で220の詩句を書き記しました。
内容──「汝の意志するところを行え」
『法の書』には、一体どんなことが書かれているのでしょうか?
最も有名な教え
この書物で最も知られているのが、次の一節です。
「汝の意志するところを行え。これこそ法のすべてとなれ」
一見すると「好き勝手やっていい」という意味に聞こえますよね。でも実は違うんです。
クロウリー自身が明確に否定しているように、これは自分の真の意志を見つけ、それを実現するために厳しく自己を律せよという教えなんですね。
簡単に言えば、「本当にやりたいこと、やるべきことを見極めて、それに向かって全力で進め」という意味です。道徳や宗教の教えに盲目的に従うのではなく、自分自身の内なる声に従えという、ある意味で厳しい教えといえるでしょう。
3つの章の構成
『法の書』は3つの章から成り立っています。
第1章:女神ヌイトの言葉
- ヌイトは夜空の女神で「空間の女王」
- 無限の広がりを象徴する存在
- すべてを包み込む母性的な力を表す
第2章:神ハディトの言葉
- ハディトはヌイトの配偶者
- 無限に凝縮された点を象徴
- すべての中心にあるエネルギーを表す
第3章:神ラー・フール・クイトの言葉
- 戦いと復讐の神
- 「王冠を戴き征服する子」とも呼ばれる
- 新しい時代の到来を告げる力強い存在
この3つの神々の言葉を通じて、新しい時代──「ホルスの時代」の到来が宣言されているんです。
難解な言葉の数々
『法の書』は非常に難解な書物として知られています。
暗号的で象徴的な表現が多く、書いたクロウリー本人ですら完全には理解できなかったといいます。数秘術(カバラ)の知識や、さまざまな神話の理解が必要な部分も多いんですね。
また、書物自体が「これを完全に理解しようとするな」と警告しているような箇所もあります。読者それぞれが自分なりの解釈を見つけることが大切だとされているんです。
著者と口述者──クロウリーとエイワス
この不思議な書物に関わった2人の存在について見ていきましょう。
アレイスター・クロウリー(1875-1947)
クロウリーは「20世紀最大の魔術師」と呼ばれたイギリスの人物です。
裕福なキリスト教の家庭に生まれましたが、厳格な教えに反発して神秘学の世界に入りました。ケンブリッジ大学を中退後、魔術結社「黄金の夜明け団」に入団し、魔術師としての道を歩み始めたんです。
当時のマスコミからは「世界最大の悪人」「黒魔術師」などと呼ばれ、物議を醸す人物でした。しかし同時に、詩人であり、登山家であり、チェスの名手でもある多才な人物だったんですね。
クロウリーは『法の書』について、自分は単なる書記に過ぎないと主張しました。自分の文体とはまったく異なる表現や、自分の知らない知識が含まれていることを、超自然的な起源の証拠としたんです。
エイワス──謎の知性体
エイワスとは一体何者なのでしょうか?
クロウリーの証言によると、エイワスは次のような存在でした。
エイワスの特徴
- 人間を超えた知性体(地球外知性体とも)
- シリウス星に住んでいるという
- クロウリーの「聖守護天使」
- 透けて見える「精妙な素材」でできた身体
- 深く豊かな声(テノールかバリトン)
- アクセントのない完璧な英語を話す
クロウリーはエイワスを自分の守護天使、つまり魂の最も深い部分からのメッセージを伝える存在だと考えました。
一方で、懐疑的な見方もあります。心理学者は、エイワスはクロウリーの無意識の深層からの声だったのではないかと分析しています。真相は謎のままですが、いずれにせよこの体験がクロウリーの人生を大きく変えたことは確かなんです。
構造と出版
『法の書』には、独特の構造があります。
厳格な出版規則
興味深いことに、『法の書』自体が「どう出版すべきか」を指示しているんです。
出版時の規則
- 本文と一緒に、入手した経緯を記載すること
- 手書き原稿のファクシミリを添えること
- クロウリーの注釈を付けること
- 赤と黒のインクで印刷すること
この指示は実際に守られており、国書刊行会から出版された日本語版でも、赤いインクが使われています。
原稿の奇跡的な再発見
手書き原稿は、一時行方不明になっていました。
1904年に書かれた後、数年間所在不明だったんですね。その後、クロウリーの死後に弟子のカール・ゲルマーに渡されましたが、ゲルマーの死後また行方が分からなくなってしまいました。
ところが1984年、アメリカのバークレーで家を購入した人が、地下室のガラクタの中からこの原稿を発見したんです。偶然にも、東方聖堂騎士団(クロウリーの系譜を継ぐ団体)に寄贈され、現在は保存されています。
謎の図形ページ
原稿の中には、不思議な格子模様と図形が描かれたページがあります。
このページには「文字の偶然の形と、互いの位置関係の中に謎がある」という文言が添えられており、何らかの暗号が隠されていると考えられてきました。
1976年、ジェームズ・リースという人物が、この図形から「英語カバラ」と呼ばれる新しい数秘術体系を発見したと主張しています。
クトゥルフ神話との不思議な一致
ここからは、さらに不思議な話になります。
驚くべき類似点
『法の書』と、H.P.ラヴクラフトが創造した「クトゥルフ神話」には、驚くべき共通点があるんです。
クロウリーの弟子ケネス・グラントは、両者に登場する神々の名前や秘儀が酷似していると指摘しました。
具体的な類似点
- 『法の書』の「アル・ヴェル・レジス」⇔『ネクロノミコン』の「アル・アジフ」
- 「夜の大いなる者」⇔「大いなる古き者」
- 「スト・トート」⇔「ヨグ=ソトース」
- 灰色の五芒星⇔星のしるし
- 笛吹きの存在⇔ニャルラトホテップ
この一致は偶然なのでしょうか?
秘密の接触?
さらに興味深い事実があります。
アメリカに「銀の黄昏錬金術会」という、邪神復活を目的とするカルト集団が存在していました。この団体と、クロウリーの魔術結社「銀の星」が文通していた記録が発見されているんです。
クロウリーとラヴクラフトの周辺で、何らかの情報交換があったのかもしれません。あるいは、両者が同じ「何か」にアクセスしていたのかも──?
真相は謎に包まれていますが、20世紀初頭のオカルト界には、私たちの知らない繋がりがあったのかもしれませんね。
影響と遺産
『法の書』は、その後の魔術・オカルト界に大きな影響を与えました。
テレマの広がり
クロウリーは『法の書』の教えに基づいて、テレマという思想体系を確立しました。
彼は「銀の星」という魔術結社や「テレマ教」を設立し、多くの弟子たちに教えを伝えたんです。東方聖堂騎士団(O.T.O.)という国際的な団体も、現在まで続いています。
現代への影響
『法の書』の影響は、魔術の世界だけにとどまりません。
1960年代のカウンターカルチャー運動では「汝の意志するところを行え」というスローガンが注目されました。また、ロックミュージシャンや芸術家の中にも、クロウリーや『法の書』から影響を受けた人が多くいるんです。
現代でも、この書物をめぐって様々な研究や解釈が続けられています。数学的パズル、カバラ的な暗号、預言的な内容など、探求すべき謎がまだまだ残されているんですね。
まとめ
『法の書』は、守護天使からの啓示として受け取られた20世紀最大の魔術書です。
重要なポイント
- 1904年4月、エジプトのカイロで3日間にわたって口述された
- エイワスという地球外知性体が、クロウリーに220の詩句を告げた
- 「汝の意志するところを行え」という有名な教えを含む
- テレマという思想体系の根本聖典となった
- 3つの章は女神ヌイト、神ハディト、神ラー・フール・クイトの言葉
- クトゥルフ神話との不思議な類似点が多数存在する
- 現代まで続くオカルト・魔術の伝統に大きな影響を与えた
書いたクロウリー本人ですら理解しきれなかったこの謎の書物は、読む人それぞれに異なるメッセージを伝えるといいます。
もしあなたが『法の書』を手に取ることがあれば、あなた自身の「真の意志」を見つけるヒントが、その難解な言葉の中に隠されているかもしれませんね。


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