川のせせらぎの音を聞いたことはありますか?
清らかな水が流れる音は、まるで人の心の汚れを洗い流してくれるようですよね。
実は日本には、その川の瀬に宿って、私たちの罪や穢れを流し去る女神がいるとされているんです。
その名は「瀬織津姫(せおりつひめ)」。不思議なことに、『古事記』や『日本書紀』には登場しないのに、全国の神社で祀られ、今も多くの人々に信仰されています。
この記事では、謎に包まれた祓いの女神「瀬織津姫」について、その正体や特徴、興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要

瀬織津姫は、日本の神道における祓いと浄化を司る女神です。
六月と十二月に行われる大祓の神事で唱えられる「大祓詞(おおはらえのことば)」に登場し、祓戸四神(はらえどのよんしん)の一柱として知られています。
祓戸四神というのは、人々の罪や穢れを祓い清める4柱の神々のことで、瀬織津姫はその中でも最初に名前が挙げられる重要な神なんですね。
水神・瀧神・川神としての性格も持ち、特に早川の瀬を神格化した存在とされています。
ところが不思議なことに、『古事記』や『日本書紀』といった日本の代表的な神話書には、この神の名前が一切出てきません。それなのに、伊勢神宮をはじめ全国の神社で祀られているという、とても謎めいた女神なんです。
姿・見た目
実は、瀬織津姫の具体的な姿については、はっきりとした記録が残っていません。
これは『古事記』や『日本書紀』に登場しない神だからなんですね。
ただし、神社の伝承や祭礼からは、いくつかの特徴が伝えられています。
伝承から見る姿
京都の祇園祭に登場する「鈴鹿山」では、瀬織津姫が鈴鹿権現と同一視され、以下のような姿で表現されています。
鈴鹿権現としての姿
- 能面をつけている
- 金の烏帽子をかぶっている
- 長刀と中啓(扇の一種)を持っている
- 女性の姿をしている
この姿は、伊勢の鈴鹿山で人々を苦しめる悪鬼を退治したという説話に基づいているんです。
一般的には、清らかな水の流れを神格化した女神というイメージで信仰されています。
特徴
瀬織津姫には、祓いの神ならではの特別な力があります。
主な神格と役割
瀬織津姫の神としての役割
- 祓神:人々の罪や穢れを祓い清める
- 水神:水の流れを司る
- 瀧神:滝の神聖な力を体現する
- 川神:特に早川の瀬を守護する
祓いの仕組み
大祓詞によると、瀬織津姫は次のような働きをするとされています。
瀬織津姫の浄化プロセス
- 山から川へと流れる水とともに、人々の罪や穢れを受け取る
- 早川の瀬で、それらを大海原へと運び出す
- 海の神々に引き継ぎ、最終的に浄化する
つまり、川の流れそのものが瀬織津姫の力であり、水が罪穢れを洗い流すという自然の摂理を神格化したものなんですね。
天照大神との謎めいた関係

瀬織津姫について最も興味深いのが、天照大神(あまてらすおおみかみ)との関係です。
荒御魂説
鎌倉時代末期から室町時代にかけて成立した伊勢神道の文献では、以下のような記述があります。
- 『倭姫命世記』
- 『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』
- 『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』
- 『中臣祓訓解』
これらの文献では、伊勢神宮内宮の別宮・荒祭宮に祀られる「天照大神の荒御魂」の別名が瀬織津姫であると記されているんです。
荒御魂とは
神道では、神の魂には二つの側面があるとされています。
- 和魂(にぎみたま):穏やかで優しい側面
- 荒御魂(あらみたま):荒々しく激しい側面
荒御魂は決して悪いものではなく、強い力を持つ神の積極的な側面を表しています。
なぜ瀬織津姫なのか
吉田神道では、瀬織津姫を「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」と同一視する説もあります。
また、本居宣長は「瀬織津姫は、イザナギが黄泉の国から帰って禊をした際に生まれた神であり、その名前は『瀬』に由来する」と解釈しました。
このように、瀬織津姫と天照大神を結びつける説は、伊勢神道の影響を強く受けて生まれたものなんですね。
その他の興味深い伝承
瀬織津姫には、天照大神以外にも様々な神や存在との関わりが伝えられています。
鈴鹿権現との関係
京都の祇園祭に登場する「鈴鹿山」では、鈴鹿権現と瀬織津姫が同一の神として祀られています。
鈴鹿権現の伝説
- 伊勢の鈴鹿山で人々を苦しめる悪鬼が現れた
- 鈴鹿権現(瀬織津姫)がこれを退治した
- 長刀と中啓を持つ勇ましい女神として描かれる
この伝説から、瀬織津姫には単なる祓いの神だけでなく、悪を退治する戦神としての側面もあることが分かります。
橋姫との関係
京都の宇治にある橋姫神社には、瀬織津姫にまつわる興味深い歴史があります。
橋姫神社の変遷
- 646年(大化2年)に宇治橋が架けられた際、上流の佐久奈度神社から瀬織津姫を勧進したのが始まり
- 元々は宇治橋の守り神として祀られていた
- いつしか「宇治の橋姫」と同一視されるようになった
- 明治3年(1870年)の洪水による移設後も、瀬織津姫が祀られ続けている
橋姫といえば、嫉妬深い女性の物語として知られていますが、元々は橋を守る神様だったんですね。そこに水の神である瀬織津姫が結びついたというわけです。
瀬織津姫を祀る主な神社
瀬織津姫は、全国各地の神社で祀られています。
東日本の主な神社
東北地方
- 早池峰神社(岩手県遠野市、花巻市)
- 瀧澤神社(宮城県仙台市)
- 宇奈己呂和気神社(福島県郡山市)
関東地方
- 日比谷神社(東京都港区)
- 小野神社(東京都多摩市、府中市):武蔵国一之宮
- 波羅比門神社(埼玉県大里郡寄居町)
- 天照皇大神(神奈川県川崎市):向津姫として天照大神と並祭
中部地方
- 瀧川神社(静岡県三島市)
- 一之御前社(愛知県熱田神宮内):天照大神の荒魂として
- 伊勢神宮・内宮(三重県伊勢市):天照大神の荒魂として
西日本の主な神社
近畿地方
- 佐久奈度神社(滋賀県大津市):天智天皇の勅願により創建
- 廣田神社(兵庫県西宮市):天照大神の荒魂として
- 六甲比命神社(兵庫県神戸市):縄文時代成立説もある古社
- 高角神社(奈良県東吉野村):標高1,248.9mの高見山頂上
中国・四国地方
- 山口大神宮(山口県山口市):天照大神の荒魂として
- 朝宮神社(徳島県名東郡):天照大神の荒魂として
九州地方
- 和布刈神社(福岡県北九州市):天照大神の荒魂として
- 速川神社(宮崎県西都市)
- 瀬織津姫神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
このように、北は東北から南は九州まで、日本全国に瀬織津姫を祀る神社が点在しているんです。
まとめ
瀬織津姫は、謎に包まれながらも全国で信仰される祓いの女神です。
重要なポイント
- 大祓詞に登場する祓戸四神の一柱
- 水神・瀧神・川神として、人々の罪穢れを川から海へ流す
- 『古事記』『日本書紀』には記されない謎の女神
- 伊勢神道では天照大神の荒御魂とされる
- 鈴鹿権現や橋姫とも同一視される
- 全国各地の神社で祀られている
『古事記』や『日本書紀』に登場しないにもかかわらず、大祓詞という重要な祝詞に名を連ね、伊勢神宮とも深い関わりを持つ瀬織津姫。
その謎めいた存在は、今も多くの人々を魅了し続けています。
清らかな川の流れを見るとき、そこには罪や穢れを洗い流す瀬織津姫の力が宿っているのかもしれませんね。


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