仏像を見ていて、豪華な装飾をまとった華やかな如来像に出会ったことはありませんか?
ほとんどの如来が質素な姿をしているのに、なぜかこの仏様だけは宝冠や首飾りで飾られている――それが大日如来(だいにちにょらい)なんです。
大日如来は、宇宙そのものを表す壮大な仏様で、密教では最高位の存在とされています。
この記事では、密教の頂点に立つ大日如来について、その神秘的な姿や特徴、日本各地に残る興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要

大日如来は、密教における最高の仏様です。
サンスクリット語では「マハーヴァイローチャナ」、漢字では「摩訶毘盧遮那如来(まかびるしゃなにょらい)」と書かれます。名前の意味は「偉大な太陽」や「光明遍照(こうみょうへんじょう)」で、太陽のように全てを照らす存在という意味なんですね。
7世紀頃にインドで成立した密教の教え『大日経』を基に、日本では平安時代初期(806年)に弘法大師・空海が中国から持ち帰りました。
他の仏様との決定的な違い
大日如来の最大の特徴は、信じる信じないに関係なく、全ての人を救ってくれるという点です。
他の仏様の場合、「阿弥陀如来の救いを信じなさい」というように、信仰することが救われる条件になっています。でも大日如来は違うんです。信じていようがいまいが、さまざまな仏様に姿を変えて、苦しんでいる人を必ず救ってくれるとされています。
つまり、善人も悪人も区別なく、全ての存在が救われる対象なんですね。
姿・見た目
大日如来の見た目は、他の如来とはまったく違います。
華やかな装身具
通常の如来像は、出家後の釈迦如来をモデルにしているため、質素な大衣を身につけただけの簡素な姿をしています。
ところが大日如来は菩薩のような豪華な姿をしているんです。
大日如来の特徴的な装い
- 宝冠(ほうかん):髪を高く結い上げて、きらびやかな冠をかぶっている
- 瓔珞(ようらく):宝玉でできた豪華な首飾り
- 腕釧(わんせん)・臂釧(ひせん):腕や手首につける飾り
- 条帛(じょうはく):薄手の衣を肩から腰に斜めにかける
- 裳(も):下半身を覆うスカート状の衣
この豪華な装いは、密教世界を包括する最高の存在にふさわしい王者の姿を表しているんですね。
二つの印相
大日如来には、胎蔵界(たいぞうかい)と金剛界(こんごうかい)という二つの姿があります。
胎蔵界大日如来
- 手の印:法界定印(ほうかいじょういん)
- 意味:大日如来の慈悲を象徴
- 特徴:悟りの本質が育ち生まれる「理」の世界を表す
金剛界大日如来
- 手の印:智拳印(ちけんいん)――両手の親指を掌の中に入れて握り、左手の人差し指を立てて右掌で握る独特の印
- 意味:大日如来の智慧(ちえ)を象徴
- 特徴:衆生を悟りの境地に導く深い智慧を表す
この二つは対立するものではなく、一体不可分の関係にあるとされています。
特徴

大日如来には、他の仏様にはない特別な性質があります。
宇宙そのものである
大日如来は「万物を総括した無限宇宙の全一」と表現されます。
難しく聞こえますが、要するに宇宙全体が大日如来の体だということなんです。宇宙の果てまで存在し、全てのものに遍在している――まるで空気のように、どこにでもある存在なんですね。
全ての仏の本体
密教では、全ての如来、菩薩、明王、天部は大日如来の化身だとされています。
例えば:
- 怒りの姿の明王に化身して、悪人を悟りに導く
- 慈悲深い菩薩に化身して、苦しむ人々を救う
- 釈迦如来も大日如来が人間世界に現れた姿
つまり、私たちが普段目にする仏様は、全て大日如来がその時々に応じて姿を変えたものなんです。
法身でありながら説法する
仏教では、仏の本質である「法身(ほっしん)」は形も姿もなく、説法もしないとされています。
ところが大日如来は例外的に、法身でありながら説法を行うんです。しかもその教えは、過去・現在・未来の三世にわたって永遠に説き続けられているとされています。
守り本尊
大日如来は、未年(ひつじどし)・申年(さるどし)生まれの人、そして7月・8月生まれの人の守り本尊とされています。
縁日は毎月28日です。
伝承

大日如来にまつわる伝承は、日本各地に残されています。
高野山――密教の聖地
和歌山県の高野山(こうやさん)は、弘法大師・空海が真言密教の拠点として開いた聖地です。
高野山は8つの峰に囲まれた山頂部にあり、その配置がまるで蓮の花の8枚の花弁のように見えることから、「八葉大尊(はちようたいそん)」と呼ばれました。
高野山の宇宙観
- 中心に大日如来が鎮座
- 周囲の8つの峰にそれぞれ仏が座る
- 全体が胎蔵曼荼羅の世界を立体的に表現している
- 壇上伽藍(だんじょうがらん)の金堂には胎蔵大日如来が本尊として安置
空海はこの地で密教を発展させ、平安時代の貴族たちはこぞって高野山を参詣しました。江戸時代には武家も修行を行い、明治まで山頂部は女人禁制だったそうです。
富士山の八葉九尊
富士山も、大日如来信仰と深く結びついています。
平安時代末期、末代という僧侶が富士山頂に大日寺を建立し、大日如来を富士山の本尊としたのが始まりとされています。
富士山の大日如来信仰
- 富士山の神である浅間大神(せんげんおおかみ)の本地仏(本来の姿)が大日如来
- 火口の中心に大日如来が鎮座
- 周囲の8つの峰に如来や菩薩が座る(地蔵菩薩、阿弥陀如来、観音菩薩、釈迦如来など)
- この配置も蓮華の花弁に例えられた
明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)まで、富士山頂には多くの仏像が祀られていました。
天照大神との同一視
日本独自の解釈として、神道の最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)と大日如来を同一視する考え方がありました。
これは中世の神仏習合思想に基づくもので、特に真言宗では、太陽神的性格を持つ天照大神と、「大いなる太陽」を意味する大日如来を重ね合わせたんですね。
曼荼羅の世界
密教では、大日如来の教えを視覚化した曼荼羅(まんだら)という図が重要視されます。
胎蔵曼荼羅
- 12の領域に計409尊の仏が描かれる
- 中心の大日如来から、慈悲が広がり諸仏が生まれ出る様子を表現
金剛界曼荼羅
- 9つの領域に計460尊の仏が描かれる
- 大日如来が智慧を働かせて衆生を救う様子を表現
この二つを合わせて両界曼荼羅といい、宇宙の真理を図示したものとされています。
五智如来の中心
密教では、大日如来を中心とした五智如来(ごちにょらい)という5尊の仏が説かれます。
五智如来の配置
- 中央:大日如来――法界体性智(ほうかいたいしょうち)
- 東方:阿閦如来(あしゅくにょらい)――大円鏡智(だいえんきょうち)
- 南方:宝生如来(ほうしょうにょらい)――平等性智(びょうどうしょうち)
- 西方:阿弥陀如来(あみだにょらい)――妙観察智(みょうかんざつち)
- 北方:不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)――成所作智(じょうしょさち)
それぞれが5つの智慧を象徴し、大日如来から生じたとも解釈されます。
まとめ
大日如来は、宇宙そのものを体現する密教最高の仏様です。
重要なポイント
- 密教における最高位の仏で、宇宙全体が大日如来の体
- 名前は「偉大な太陽」「光明遍照」の意味
- 信仰の有無に関わらず全ての人を救う
- 他の如来と違い、菩薩のような豪華な装身具をまとう
- 胎蔵界(慈悲)と金剛界(智慧)の二つの側面を持つ
- 全ての仏、菩薩、明王は大日如来の化身
- 高野山や富士山など日本各地で信仰される
- 未年・申年、7月・8月生まれの守り本尊
豪華な装飾をまとった大日如来像を見かけたら、それは単なる飾りではなく、宇宙の根源を表す深い意味があるんだと思い出してくださいね。


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