人は亡くなった後、どこへ向かうのでしょうか?
仏教では、死後の世界へ向かう旅路の最初に、とても険しい山を越えなければならないと伝えられています。
その山の名は「死出の山(しでのやま)」。
皮膚が裂け、骨が折れるほどの苦しみを味わいながら越えなければならない、恐ろしい山なんです。
この記事では、あの世への入口にそびえる「死出の山」について、その場所や特徴、関連する伝承を詳しくご紹介します。
概要

死出の山(しでのやま)は、日本の仏教における死後の世界の入口にある山です。
「死天の山」とも書かれ、人が亡くなるとまず最初にこの山を越えて冥界(めいかい)へと向かうとされています。
有名な三途の川を渡るよりも前に、死者はこの険しい山を越えなければならないんですね。
『十王経(じゅうおうきょう)』という仏教の経典によると、死出の山は冥界の裁判官である十王の第1番目、秦広王(しんこうおう)の庁舎よりも手前に位置しています。
死者は初七日(しょなのか、亡くなってから7日目)に秦広王のもとへ到着するまでの間に、この恐ろしい山を越えることになるんです。
死出の山の位置づけ
死出の山は、死後の旅路において最初に遭遇する大きな試練です。
あの世への入口
人が亡くなると、魂はすぐに冥界へと向かいます。その冥界への入口として立ちはだかるのが死出の山なんですね。
この世とあの世の境界にそびえ立つ山として、古くから恐れられてきました。
三途の川との関係
よく「三途の川(さんずのかわ)」という言葉を聞きますよね。実は、死出の山はこの三途の川を渡る前にあるんです。
死後の旅路の順序
- 死出の山を越える
- 三途の川を渡る
- 秦広王の庁舎に到着(初七日)
- 十王の裁判を受ける
つまり、あの世への旅は死出の山から始まるということなんですね。
険しい山の様子

死出の山は、想像を絶するほど険しい山だと伝えられています。
苦痛に満ちた道のり
『十王経』の記述によると、死出の山を越える際には次のような恐ろしい苦しみが待ち受けているそうです。
死出の山での苦痛
- 皮膚が裂ける:険しい岩場で体が傷つく
- 骨が折れる:急峻な山道で転落する
- 息が切れる:終わりの見えない登山
- 道に迷う:暗く険しい山中を彷徨う
生前にどんなに体力があった人でも、この山を楽に越えることはできません。すべての死者が等しく、この苦痛を味わわなければならないんです。
なぜこんなに険しいのか
死出の山が険しい理由については諸説ありますが、一つの解釈として「生前の執着を断ち切るため」という考え方があります。
この世への未練や執着を持ったままでは、あの世へ進むことができない。だからこそ、肉体的な苦痛を通じて、この世との縁を切る必要があるのかもしれませんね。
三匹の鬼の案内
死出の山への旅路では、死者は一人で行くわけではありません。三匹の恐ろしい鬼が、案内役としてやってくるんです。
閻魔大王の使い
『十王経』によると、人が亡くなると閻魔王(えんまおう)がすぐに三人の鬼を遣わします。
三匹の獄卒(ごくそつ)
- 奪精鬼(だっせいき):精(生命力)を奪う鬼
- 奪魂鬼(だっこんき):魂を奪う鬼
- 縛魄鬼(ばくはくき):魄(肉体)を奪う鬼
この三匹は、それぞれ人間の「精・魂・魄」という三つの要素を奪い取る役割を持っています。
精・魂・魄とは
中国の思想では、人間は「精・魂・魄」という三つの要素で成り立っていると考えられていました。
三つの要素
- 精(せい):元気の根源、生命エネルギー
- 魂(こん):精神活動の根源、心
- 魄(はく):肉体活動の根源、体
この三つがバラバラになると、人は死を迎えるとされています。そして三匹の鬼は、死者からこれらを完全に奪い取り、確実に死の状態にするという役割を担っているんですね。
鬼に連れられて
奪精鬼、奪魂鬼、縛魄鬼に連れられた死者は、険しい死出の山を越えて冥界へと向かいます。
この鬼たちは恐ろしい存在ですが、同時に死者を迷わず冥界まで導く案内役でもあるんです。彼らがいなければ、死者は暗い山中で永遠に迷い続けることになるのかもしれません。
旅支度の風習

死出の山の険しさを知っていた昔の人々は、死者のために特別な準備をしていました。
棺に入れる品々
平安時代から江戸時代にかけて、亡くなった人の棺には次のようなものを入れる習慣がありました。
死出の旅の装備
- 杖(つえ):険しい山道を登るため
- 草鞋(わらじ):足を守るため
- 頭陀袋(ずだぶくろ):旅の道具を入れる袋
- 六文銭(ろくもんせん):三途の川の渡し賃
- 納経帳(のうきょうちょう):お寺参りの記録
特に杖と草鞋は、死出の山を越えるために必要不可欠な装備だと考えられていたんですね。
納経帳の意味
納経帳(現在の御朱印帳)を棺に入れる習慣には、深い意味がありました。
生前にお寺参りをして集めた納経帳を閻魔大王に見せると、罪が軽くなると信じられていたんです。
つまり、生きているうちにお寺参りをすることは、死後の裁判に備える意味もあったんですね。
現代の名残
現代の葬儀でも、故人に杖を持たせたり、足袋(たび)を履かせたりする習慣が残っています。
これは、死出の山という険しい旅路を無事に越えてほしいという、遺族の願いの表れなんです。
まとめ
死出の山は、あの世への旅路の最初に立ちはだかる、険しく恐ろしい山です。
重要なポイント
- 冥界への入口にそびえる険しい山
- 三途の川を渡る前に越える最初の試練
- 皮膚が裂け骨が折れるほどの苦痛を伴う
- 奪精鬼・奪魂鬼・縛魄鬼の三匹の鬼が案内する
- 昔は棺に杖や草鞋を入れる習慣があった
- 初七日までに秦広王の庁舎へたどり着く必要がある
死出の山の伝承は、死後の世界への旅が決して楽なものではないことを教えてくれます。
同時に、だからこそ遺族は故人のために杖や草鞋を用意し、熱心に供養を行ってきたんですね。
生と死の境界にある死出の山の物語は、今を生きる私たちに、命の重さと、亡くなった人を想う心の大切さを伝えているのかもしれません。


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