海の向こうから聞こえる不気味な鳴き声。
人間そっくりなのに、どこか魚のような顔つき。
そして、人知れず人間社会に溶け込み、その血を混ぜようとする恐ろしい存在——。
クトゥルフ神話に登場する「深きものども」は、海底都市に住みながら、人間世界への侵食を続ける異形の種族です。H・P・ラヴクラフトの名作『インスマスの影』で描かれたこの生物は、読者に深い恐怖を与え続けてきました。
この記事では、深きものどもの姿や特徴、そして彼らが人間社会に及ぼす恐ろしい影響について、詳しくご紹介します。
概要

深きものども(ディープワン、Deep Ones)は、クトゥルフ神話に登場する水陸両生の海洋種族です。
H・P・ラヴクラフトの小説『インスマスの影』(1931年)で初めて詳しく描かれ、クトゥルフ神話を代表する恐怖の存在となりました。
彼らは深海に巨大な都市を築き、旧支配者クトゥルフと父なるダゴン、母なるハイドラを崇拝しています。最も恐ろしいのは、人間との混血を生み出そうとする強い欲望を持っていることです。
殺されない限り死ぬことのない半不死の存在として、太古の昔から海の底で生き続けているんです。
姿・見た目
深きものどもの外見は、まさに人間と魚類が混ざったような不気味な姿なんです。
身体的特徴
基本的な体型
- 身長:およそ人間大(個体差あり)
- 体色:灰色がかった緑色
- 腹部:白色
- 全体的な印象:両生類を思わせる体型
顔の特徴
- 頭部:魚のような形状
- 目:盛り上がった魚眼で、決して閉じることがない
- 口:分厚くたるんだ唇
その他の身体部位
- 首:両脇に呼吸用のえら(鰓)がある
- 手足:指の間に水かき
- 皮膚:鱗のような質感
- 体臭:深海の匂い、もしくは悪臭を放つ
H・P・ラヴクラフトは『インスマスの影』の中で、彼らを「冒涜的な魚蛙」と表現しています。まさに人間、魚類、両生類の特徴が混ざった、この世のものとは思えない姿なんですね。
特徴

深きものどもには、他の神話生物にはない独特の特性があります。
不死性
深きものどもの最も重要な特徴は、老化によって死ぬことがないという点です。
- 外的な要因(殺害など)がなければ永遠に生き続ける
- 長く生きるほど体が成長し続ける
- 父なるダゴンは、数百万年を生きた巨大な個体だとされる
生活環境
深きものどもは、主に深海に生息していますが、陸上でも活動できます。
生息地の特徴
- 深海に巨大な円柱状の都市を築いている
- 世界中の海に複数の都市が点在
- 淡水環境ではほとんど見かけられない
- 陸上では飛び跳ねるようにして移動する
最も有名な海底都市が、マサチューセッツ州インスマスの沖にある「イハ=トレイ」です。サイクロプス状の巨大な円柱が列をなす、異様な建築様式の都市だとされています。
コミュニケーション
深きものどもは、独特の方法で会話を行います。
- 喉を鳴らすような鳴き声で会話
- 「クロークロー」という音を発する
- 人間の言語も理解し、話すことができる個体もいる
信仰と崇拝
深きものどもは、熱心な信仰心を持つ種族です。
崇拝対象
- 大いなるクトゥルフ:水棲生物すべての支配者
- 父なるダゴン:深きものどもの首魁
- 母なるハイドラ:ダゴンの伴侶
彼らはクトゥルフの復活を願い、その日に備えて準備を続けているとされています。
人間との混血

深きものどもの最も恐ろしい特徴が、人間との交配なんです。
混血の目的
深きものどもは、人間との混血を作ろうとする強い欲望を持っています。その理由は、種族の繁栄と人間社会への浸透だと考えられています。
マサチューセッツ州の港町インスマスでは、19世紀初頭から深きものどもとの混血が始まり、町全体が彼らの血に侵食されていきました。
インスマス面の進行
深きものどもの血を引く混血児は、最初は普通の人間の姿をしていますが、やがて「インスマス面」と呼ばれる特徴的な変化が現れます。
変化の段階
若年期(20代前半)
- 目つきや顔つきにわずかな魚っぽさ
- 一見すると普通の人間と変わらない
- 歩き方も通常と同じ
初期変化(20代後半)
- 皮膚が鱗のような質感に変化し始める
- 耳の後ろにかさぶたのようなものができる
- 首の両側の皮膚が花びら状になり、えらへと変化
- 頭髪が年齢のわりに薄くなる
中期変化(30代前半)
- 全身の皮膚が完全に鱗肌になる
- 頭髪が完全に抜け落ちる
- えらが膨らみ、肩に埋まり始める
- 両眼が魚のように大きく膨らみ、閉じられなくなる
- 陸上歩行が困難になり、よろけるような歩き方
後期変化(30代半ば以降)
- 乾いた両生類のような皮膚
- 耳と鼻が平べったく変形
- 呼吸音が大きく変わる
- 陸上生活が困難になる
- 飛び跳ねるようにして移動
最終的な運命
完全に変化が進んだ混血児は、もはや人間社会では生活できません。彼らは海へと向かい、深きものどもの一員として海底都市で暮らすようになります。
この混血児たちも、深きものどもと同様に半不死の存在となり、殺されない限り生き続けるんです。
伝承

深きものどもにまつわる最も有名な伝承が、インスマスの町の物語です。
マーシュ家の密約
物語は19世紀初頭、オーベット・マーシュという商人から始まります。
密約の経緯
- マーシュは南洋交易中に深きものどもの神殿を発見
- 海底都市イハ=トレイで深きものどもと接触
- 金銭的援助と豊漁を約束する密約を交わす
- その代償として、人間と深きものどもの混血を認める
インスマスの変貌
密約後、インスマスの町は徐々に変わっていきました。
町の変化
- 漁業が急激に繁栄
- 奇妙な金の装飾品が出回る
- 住民の容姿が魚類のようになっていく
- 「ダゴン秘密教団」が結成される
1846年には謎の疫病が流行し、多くの住民が死亡します。しかしこれは実際には深きものどもによる粛清だったとされています。
政府の介入
1927年、インスマスは連邦当局の調査対象となります。表向きは密造酒取締りでしたが、真の目的は深きものどもの調査でした。
翌1928年、政府は大規模な作戦を実行しました。
政府の対応
- インスマス沖のデビルズリーフに爆薬を投下
- 住民の大量逮捕
- 逮捕者の多くが秘密裏に処刑される
- 家屋が破壊され、町はほぼ廃墟化
しかし、海底都市イハ=トレイは完全には破壊されず、深きものどもは生き延びたとされています。
南洋諸島の伝承
深きものどもの影響は、インスマスだけではありません。
世界各地の痕跡
- マルケサス諸島:ティキと呼ばれる偶像が崇拝されている(両生類の頭部を持つ人間型)
- ニュージーランド:マオリ族の彫刻入りの天井板や石像に類似の図案
- ポリネシア:オアネスという名で、海から現れて文明をもたらした存在として伝えられる
これらは全て、深きものどもの姿を象ったものだと考えられているんです。
父なるダゴンと母なるハイドラ
深きものどもを統率する存在が、父なるダゴンと母なるハイドラです。
ダゴンの姿
ダゴンは、深きものどもが巨大に成長した存在だとされています。
ダゴンの特徴
- 身長:6メートル以上(第一次世界大戦中に目撃された記録)
- 外見:深きものどもと酷似するが、はるかに巨大
- 水かきのついた手足
- 分厚くたるんだ唇
- どんよりした突出気味の目
人間の目には、ダゴンとハイドラを見分けることはほとんどできないほど似ているそうです。
神としての崇拝
ダゴンとハイドラは、深きものどもから神のように崇められています。
崇拝の歴史
- 旧約聖書にも登場(ペリシテ人が崇拝した神)
- 古代フェニキア人からも信仰されていた
- マサチューセッツ州インスマスで「ダゴン秘密教団」が活動
興味深いことに、ダゴンの名前は聖書にも記録されています。「サムエル記」上巻第五章では、唯一神ヤーウェに敵対する邪神として描かれているんです。
神なのか、生物なのか
ダゴンとハイドラの正体については、研究者の間でも意見が分かれています。
説その1:成長した深きものども
- 深きものどもは成長し続ける種族
- 数百万年生きることで巨大化
- ダゴンとハイドラは最も古い個体
説その2:クトゥルフの化身
- クトゥルフの分身的存在
- 神格に近い超常的能力を持つ
- 深きものどもとは本質的に異なる存在
どちらが正しいのかは明らかにされていませんが、彼らが深きものどもよりもはるかに強大な力を持つことは確かなようです。
まとめ

深きものどもは、海底から人間世界を侵食し続ける恐怖の種族です。
重要なポイント
- H・P・ラヴクラフトの『インスマスの影』で描かれた水陸両生の海洋種族
- 灰緑色の体、魚眼、えらと水かきを持つ半魚人
- 殺されない限り死なない半不死の存在
- 人間との混血を作り、「インスマス面」という変化を引き起こす
- 深海の都市イハ=トレイに住み、クトゥルフを崇拝
- 父なるダゴンと母なるハイドラに統率される
- インスマスの町を支配し、マーシュ家と密約を結んだ
- 世界各地の海に存在し、太古から人類に影響を与えてきた
もしも海辺の町で、魚のような目つきの人々を見かけたら——。それは深きものどもの血が、静かに人間社会に広がっている証拠かもしれません。


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