深い海の底から聞こえてくる、不気味な呼び声。
それは、数百万年の時を生きる巨大な半魚人「母なるハイドラ」の声かもしれません。
クトゥルフ神話において、父なるダゴンと共に海洋種族を導く恐るべき存在。
人間に友好的なふりをして近づき、やがて人類を深海の眷属へと変えてしまう、海の恐怖の象徴です。
この記事では、深きものどもから崇められる「母なるハイドラ」について、その姿や特徴、興味深い伝承を詳しくご紹介します。
概要

母なるハイドラは、クトゥルフ神話に登場する海洋の支配者の一人です。
「母なる」というのは敬称で、半人半魚の種族「深きものども」を導く女性的な存在として描かれています。伴侶である「父なるダゴン」と共に、深きものどもから神のように崇められているんですね。
ハイドラは非神格でありながら、その力と影響力は神に匹敵します。旧支配者クトゥルフに仕える従者(小神、従属神)として位置づけられ、四大精霊では水の精に属するとされています。
マサチューセッツ州の港町インスマスでは、「ダゴン秘密教団」がハイドラとダゴンを崇拝し、人間と深きものどもの混血を生み出す儀式を行っていました。
系譜
ダゴンとの関係
母なるハイドラは、父なるダゴンの配偶者です。
二人は人間の目には見分けがつかないほど似ており、共に深きものどもの首魁として海洋種族を統率しています。ダゴンとハイドラが夫婦なのか、それとも別の関係性なのかは明確ではありませんが、少なくとも対となる存在として描かれているんですね。
深きものどもとの関係
ハイドラと深きものどもの関係には、いくつかの説があります。
成長説:深きものどもは老化で死ぬことがなく、数百万年の齢を経て巨大に成長した最上位個体がダゴンとハイドラだとする説
別種説:ダゴンとハイドラは深きものどもとは異なる独立した種族で、彼らの指導者・長老的存在だとする説
どちらが正しいのかは不明ですが、確かなのは、深きものどもがダゴンとハイドラを「父なる」「母なる」と呼び、深い崇敬の念を抱いているということです。
クトゥルフとの関係
ハイドラとダゴンは、大いなる旧支配者クトゥルフに仕える従者です。
深きものどもと共にクトゥルフを崇拝し、その復活の日に備えて海底で活動を続けています。クトゥルフが南太平洋の海底都市ルルイエで眠りについている間、ダゴンとハイドラは深きものどもを率いて、その忠実な僕として働いているんですね。
姿・見た目

母なるハイドラの姿は、まさに半人半魚の巨人です。
身体的特徴
体格:身長6メートル以上の巨体(第一次世界大戦中の目撃例)
顔:
- よどんだ目が突出している
- 分厚くたるんだ唇
- 魚のような顔つき
手足:
- 水かきのついた手足
- 二足歩行が可能
全体:人間に酷似しているが、いまわしいほど不快な印象を与える
ダゴンとの見分けがつかない
興味深いことに、ハイドラとダゴンは人間の目には見分けがつかないほど似ているとされています。
両者とも同じような巨大な半魚人の姿をしており、外見だけで雄雌を判別するのは困難です。「父なる」「母なる」という呼び名は、深きものどもの間での役割や属性を示すものであって、必ずしも生物学的な性別を意味しないのかもしれません。
特徴

圧倒的な能力
ハイドラの能力は、通常の深きものどもをはるかに凌駕しています。
不死性:深きものどもと同様、老化で死ぬことはなく、外的要因で殺されない限り永遠に生き続ける
神格に近い力:非神格でありながら、その存在は神聖視される
海洋支配:深きものどもを統率し、世界中の海底都市を管理する
人間との交配:深きものどもと同様、人間との混血を生み出すことができる
崇拝される存在
ハイドラは、深きものどもだけでなく、沿岸部の人間からも崇拝されることがありました。
インスマスでの崇拝:マサチューセッツ州の港町インスマスでは、ダゴン秘密教団がハイドラとダゴンを崇拝していた
南洋での崇拝:マルケサス諸島やニュージーランドのマオリ族の間にも、深きものども(ハイドラたち)を神として崇める文化があった
古代からの信仰:数千年前のフェニキア人も、ダゴンを支持することで勢力を拡大した
伝承

インスマスの呪い
母なるハイドラにまつわる最も有名な伝承は、マサチューセッツ州インスマスの物語です。
19世紀初頭の密約
1800年代初め、インスマスのマーシュ家の当主オーベット・マーシュは、南洋貿易の途中で深きものどもの海底都市「イハ=トレイ」を発見しました。そこでマーシュは、ダゴンとハイドラを崇拝する深きものどもと密約を交わしたんです。
密約の内容:
- 深きものどもは人間に金銭的援助と豊漁をもたらす
- 人間は定期的に生贄を捧げる
- 人間と深きものどもが交配し、混血児を生み出す
インスマス面の誕生
この密約により、インスマスの住民は深きものどもと混血を重ねるようになりました。
混血児は最初は普通の人間の姿をしていますが、成長するにつれて「インスマス面」と呼ばれる特徴が現れます。
インスマス面の特徴:
- 魚のような突出した目
- 閉じることのできない瞼
- 分厚くたるんだ唇
- 灰緑色の冷たく湿った肌
- 鱗状の皮膚
- 指の間にできる水かき
- 首のエラ
最終的に、これらの混血児は完全に深きものどもへと変貌し、海へ帰っていくのです。
政府による介入
1927年、インスマスの異常事態が連邦政府の知るところとなりました。
翌1928年、政府は大規模な取締りを実施。デビルズ・リーフ(悪魔の暗礁)に爆薬を仕掛け、海底都市イハ=トレイを攻撃したとされています。インスマスの住民の多くが逮捕され、秘密裏に処刑されました。
しかし、ハイドラとダゴンが本当に倒されたのか、それとも深海のどこかで今も生き続けているのかは、誰にもわかりません。
南洋諸島の伝説
インスマス以外にも、世界各地にハイドラたちの影響が見られます。
マルケサス諸島:「ティキ」という偶像が崇拝されていますが、これは両生類の頭部を持つ人間型で、深きものども(ハイドラたち)を象ったものだとされています。
ニュージーランド:マオリ族が使用する彫刻入りの天井や石像も、同様に深きものどもの姿を表現したものと考えられています。
これらの証拠から、ハイドラとダゴンの影響は太平洋全域に及んでいた可能性があるんですね。
出典

母なるハイドラは、H・P・ラヴクラフトの小説『インスマスの影』(1931年)で初めて言及されました。
ただし、ラヴクラフト自身はハイドラを直接登場させていません。作中では「父なるダゴンと母なるハイドラ」という名前が登場するだけで、その詳細な設定は後の神話作家たちによって肉付けされていったんです。
主な展開:
- リン・カーターが、ハイドラをダゴンの妻であり深きものどもの長だと明記
- TRPG『クトゥルフの呼び声』で、不死の深きものどもが数百万年成長した姿という設定が追加
- 様々な作家がハイドラの物語を執筆し、設定が豊富化
名前の由来:
「ハイドラ(Hydra)」という名前は、ギリシャ神話の九つの頭を持つ怪物ヒュドラに由来しています。ただし、クトゥルフ神話のハイドラとギリシャ神話のヒュドラは全く別の存在です。
注意点として、ヘンリー・カットナーの短編小説「Hydra」に登場する首狩りヒュドラとも別物です。同名の存在が複数いるため、混同しないよう注意が必要なんですね。
まとめ
母なるハイドラは、深海に潜む恐るべき海洋の支配者です。
重要なポイント
- 父なるダゴンの伴侶で、深きものどもから崇められる存在
- 身長6メートル以上の巨大な半魚人の姿
- 非神格だが神に匹敵する力を持つ
- クトゥルフに仕える従者(小神)
- インスマスで人間との混血を生み出した
- 世界中の海底都市を管理する海洋種族の首魁
- H・P・ラヴクラフト『インスマスの影』が初出
もし海岸で奇妙な魚人の姿を見かけたら、それは母なるハイドラの子孫かもしれません。深海には今も、彼女とダゴンが眠っているのです。


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