夜道を一人で歩いているとき、何となく後ろから髪の毛を引かれるような気配を感じたことはありませんか?
振り返っても誰もいない。でも、確かに何かが背後にいるような…。
その不安な感覚こそが、後神(うしろがみ)という妖怪が現れる前兆かもしれません。
この記事では、江戸時代の絵師・鳥山石燕が描いた不思議な妖怪「後神」について、その姿や伝承を詳しくご紹介します。
概要

後神は、江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕が描いた妖怪画集『今昔百鬼拾遺』に登場する妖怪です。
石燕の解説文によると、「うしろ神は腫病神につきたる神也。前にあって、人のうしろがみをひくという」と記されています。
つまり、人の背後に現れて、突然後ろ髪を引っ張る存在なんですね。
姿・見た目
後神の姿は、とても特徴的で不気味なんです。
後神の外見的特徴
- 頭頂部に一つ目がある
- 女性の幽霊のような姿をしている
- 突然人の背後に現れる
頭のてっぺんに一つ目があるという、なんとも奇妙な見た目をしているんですね。
名前の由来
実は、後神という名前には面白いからくりがあります。
「後ろ髪を引かれる」という慣用句を知っていますか?これは「未練が残る」「気が引かれる」という意味で使われる言葉です。
石燕は洒落好きな江戸の文化人だったので、この「後ろ髪」と「後神(うしろがみ)」という語呂合わせで妖怪を創作したと考えられています。
妖怪研究家の村上健司さんも、後神は石燕による創作妖怪だろうと指摘しているんです。
特徴・行動パターン
後神には、人を恐怖に陥れる独特の行動があります。
後神がすること
- 夜、暗い道を歩く人の背後に現れる
- 首筋に冷たい手をかける
- 後ろから髪の毛を引っ張る
- 火のように熱い息を吹きかける
- 風を起こして傘を飛ばす
- 人を縮み上がらせて驚かせる
これだけでも十分怖いのですが、面白いのは「何も出ていないのに人間を恐怖のどん底に落とす」という点なんです。
つまり、実際には何も起きていないのに、人に恐怖心を感じさせるいたずら者なんですね。
伝承

後神には、文献によっていくつかの異なる伝承が残されています。
江戸時代の狂歌本での記録
江戸時代の狂歌本『狂歌百物語』では、名称が「後髪(うしろがみ)」とされ、妖怪そのものではなく、人間の心の動きとして表現されています。
何かを決断して行動しようとする人の心を、さらに強く思いとどまらせようとする気持ちや戸惑い。これを一種の霊的な存在として捉えたものだったんですね。
井原西鶴の記録
江戸時代の作家・井原西鶴の著書『西鶴織留』には、全く違った後神の姿が記されています。
それによると、後神は三重県の伊勢神宮の宮に祀られている神様で、親が子供を勘当しようとしたとき、親の背後に立って気持ちをなだめる優しい存在だというんです。
妖怪としての後神とは正反対の、人助けをする神様として描かれているんですね。
岡山県津山地方の話
妖怪漫画家の水木しげるさんは、「後ろ髪」と「後神」は関連性のないものとして、別の伝承を紹介しています。
津山地方での体験談
ある臆病な女性が夜道を歩いていたところ、突然後神が現れました。
後神は女性の束ねた髪の毛をクシャクシャに乱し、火のように熱い息を吹きかけたそうです。
さらに、風を起こして傘を飛ばしたり、冷たい手や熱い物を首筋につけて驚かせたりもしたといいます。
臆病神との関係
戦後の文献には、後神を臆病神の一種とする説も登場しています。
臆病神というのは、臆病者や優柔不断な人間に取り憑く妖怪のこと。
臆病神としての後神の行動
- 人が何かをしようと躊躇していると現れる
- 「やれ、やれ」とそそのかす
- いざその人が行動に出ようとすると…
- 後ろに回って後ろ髪を引く
- 恐怖心や心残りを誘う
有名な妖怪「震々(ふるふる)」や「袖引小僧」も、この臆病神の一種だとされることがあります。
まとめ
後神は、江戸時代の言葉遊びから生まれた可能性が高い、ユニークな妖怪です。
重要なポイント
- 鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』に登場する妖怪
- 頭頂部に一つ目を持つ女性の幽霊のような姿
- 「後ろ髪を引かれる」という言葉との語呂合わせで創作された可能性
- 突然背後に現れて髪を引っ張る
- 冷たい手や熱い息で人を驚かせる
- 伊勢神宮では優しい神様として祀られていたという説もある
- 臆病神の一種として恐怖心を誘う存在
後神は、実際には何も起きていないのに人を恐怖に陥れる、まさに「心理的な恐怖」を形にした妖怪といえるでしょう。
夜道で後ろから何かの気配を感じたら、それは後神のいたずらかもしれませんね。


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