夜中、牛小屋から大切な牛の悲鳴が聞こえてきたら…朝になって見に行くと、牛は謎の死を遂げていた。
江戸時代の徳島県では、こうした原因不明の家畜の死が相次ぎ、人々はそれを「牛打ち坊の仕業だ」と恐れていました。
姿を見た者はほとんどおらず、ただ黒い影のように牛小屋に忍び込む恐ろしい妖怪。
この記事では、徳島県に伝わる家畜を襲う謎の妖怪「牛打ち坊」について詳しくご紹介します。
牛打ち坊ってどんな妖怪なの?

牛打ち坊(うしうちぼう)は、江戸時代の徳島県北部に伝わる、牛や馬を殺す妖怪です。
寛政時代(1789~1801年)に書かれた徳島の古書『阿州奇事雑話』にその記録が残されています。
板野郡、名東郡、名西郡、海部郡といった地域で恐れられ、土地によっては「牛々入道(うしうしにゅうどう)」「牛飼坊(うしかいぼう)」「疫癘鬼(えきれいき)」といった別名でも呼ばれていました。
姿・見た目
牛打ち坊の正体を実際に見た人はほとんどいないんです。
『阿州奇事雑話』には「狸に似た黒い獣」と記されているだけで、詳しい姿は謎に包まれています。
徳島県がある四国は「化け狸の本拠地」として有名な地域。そのため、あらゆる不思議な出来事が狸と結びつけられる土地柄なんですね。牛打ち坊も、その影響で黒い狸のような姿だと考えられていました。
特徴
牛打ち坊には、家畜を殺す恐ろしい能力がありました。
牛打ち坊の恐ろしい能力
- 夜更けに牛小屋や厩に侵入:人々が寝静まった後に忍び込む
- わずかな傷で死に至らしめる:小さな傷をつけるだけで牛馬を殺してしまう
- 見入られるだけで病気に:姿を見られただけでも牛馬が病気になる
- 猛毒を持つ:板野郡栄村では猛毒の持ち主だと信じられていた
- 血を吸う:牛馬の死体には必ず2本の牙の跡が残されていた
特に恐ろしいのは、傷が小さくても助からないという点です。まるで毒蛇のような強力な毒を持っていたと考えられていたんですね。
伝承

牛打ち坊を焼き殺す儀式
牛打ち坊が出没する地域では、この妖怪を退治するための特別な儀式が行われていました。
盆小屋を焼く儀式の流れ
- 旧暦7月13日:十代前半の少年たちが家々を回って、竹や藁、金銭を集める
- 集めた材料で「盆小屋」を建てる:牛打ち坊を封じ込めるための粗末な小屋
- 7月14日の未明:読経の後、盆小屋を焼き払う
- 牛打ち坊を焼き殺す:小屋と一緒に妖怪も焼き殺されると信じられた
この儀式には、牛打ち坊を小屋の中に閉じ込めて焼き殺すという呪術的な意味が込められていたんです。
恐ろしい呪いの言葉
儀式の材料集めで、もし寄付を断る家があったら…少年たちはこんな呪文を唱えました。
「ウシウシ坊を追いかけ、おかいこべったり味噌べったり」
そして、盆小屋を焼いた時に一緒に焼いたナスを、その家の牛小屋に投げ込むんです。
すると、その家の牛馬は3日以内に死んでしまうと恐れられていました。
このため、村人で寄付を惜しむ者は誰一人いなかったといいます。儀式への協力は、家畜を守るための必須事項だったんですね。
佐那河内村の調伏伝説
佐那河内村には、旅の僧が牛打ち坊を退治したという民話が残っています。
調伏伝説のあらすじ
- 村では牛打ち坊に牛を次々と殺されて困り果てていた
- そこへ旅の僧が現れ、牛打ち坊を懲らしめると申し出た
- ある晩、村に現れた牛打ち坊を僧が強い剣幕で脅した
- 牛打ち坊は「二度と佐那河内に来ない」という証文を書いた
- 大宮八幡神社の僧が神社裏の大宮山にその証文を埋めた
- その山は「状が丸(じょうがまる)」と呼ばれ、後に「上が丸」という地名になった
この民話では、牛打ち坊は「変な格好の怪物」として描かれ、僧と会話を交わしたとされています。つまり、人間の言葉を理解する知能を持った存在だったんですね。
この伝説のおかげで、他の地域では牛打ち坊の被害が続く中、佐那河内村だけは襲われることがなかったそうです。
その他の防御法
川田村では、「猿塚」というものを建てて牛打ち坊を防いだという記録も残っています。
各地域がそれぞれの方法で、この恐ろしい妖怪から大切な家畜を守ろうとしていたんですね。
まとめ
牛打ち坊は、徳島県の人々にとって深刻な脅威だった妖怪です。
重要なポイント
- 徳島県北部に伝わる牛馬を殺す妖怪
- 江戸時代の『阿州奇事雑話』に記録が残る
- 黒い狸のような姿だが、正体を見た者はほとんどいない
- 小さな傷で牛馬を殺す猛毒を持ち、血を吸う
- 旧暦7月13~14日に盆小屋を焼いて退治する儀式があった
- 寄付を断ると焼き茄子を投げ込まれ、牛馬が死ぬと恐れられた
- 佐那河内村では旅の僧によって調伏されたという伝説がある
家畜が農業や運搬に欠かせなかった時代、原因不明の家畜の死は人々の生活を直撃する大問題でした。
牛打ち坊の伝説は、そうした不安や恐怖が形になったものなのかもしれませんね。


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