巨大な緑色の肉塊が、触手をうごめかせながら空を飛び回る——。
そんな想像を絶する姿の恐ろしい存在が、遠い昔に地球へとやってきたという伝説があります。
それが、クトゥルフ神話に登場する双子の神格「ツァールとロイガー」です。星間宇宙を自在に移動し、その姿を見た者に恐怖と嫌悪感を与える、まさに悪夢のような存在なんです。
この記事では、風の属性を持つ双子の旧支配者「ツァールとロイガー」について、その姿や特徴、伝承を詳しくご紹介します。
概要

ツァールとロイガーは、クトゥルフ神話に登場する双子の神格です。
旧支配者(グレート・オールド・ワン)と呼ばれる恐るべき存在の一つで、別名「双子の卑猥なるもの」「忌まわしき双子」とも呼ばれています。
現在は、ミャンマー奥地のスン高原にある伝説の廃都アラオザルの地下深くに封印されているとされています。この封印は旧神(エルダー・ゴッド)と呼ばれる善良な神々によって行われたもので、彼らが地上に復活することを防いでいるんですね。
双子でありながら、扱われ方には差があります。主に描写されるのはロイガーのほうで、ツァールはより強大な存在とされながらも、その詳細はあまり語られていません。
系譜
ツァールとロイガーの出自については、いくつかの説があります。
親神との関係
リン・カーターという作家の設定によると、二柱の神の子供だとされています。
親とされる神々
- 父:ハスター(名状しがたきもの、風を司る強大な神格)
- 母:シュブ=ニグラス(千の仔を孕む森の黒山羊、豊穣と混沌の女神)
この説が正しければ、ツァールとロイガーは非常に強力な血統を持つことになります。ハスターも風の属性を持つ存在なので、双子が風の力を使えることにも納得がいきますね。
風見潤の『クトゥルー・オペラ』でも、この系譜が採用されています。
故郷はアルクトゥールス
双子の出身地は、うしかい座のアルクトゥールスだとされています。
アルクトゥールスは地球から約37光年離れた明るい恒星で、この星からはるばる地球までやってきたというわけです。星間宇宙を移動できる能力を持つ彼らにとって、この距離は問題ではなかったのでしょう。
現在でも、アルクトゥールスが地平線の上に見える時には、封印された場所以外にもロイガーが現れることができるといわれています。
姿・見た目
ツァールとロイガーの姿は、見る者に強烈な恐怖と嫌悪感を与えるものです。
ロイガーの姿
『潜伏するもの』という作品で、ロイガーの外見はこう描写されています。
ロイガーの身体的特徴
- 本体:巨大で邪悪な肉塊
- 色:緑色
- 目:緑色の目(複数ある可能性)
- 触手:長く奇怪な触手が無数に生えている
- 翼:巨大な翼を持つ
「長い触手を持った巨大な緑の肉塊」という表現が最も一般的です。形としては決まった形がなく、グロテスクで名状しがたい姿をしているんですね。
ツァールの姿
不思議なことに、ツァールの具体的な姿についての描写はほとんど残されていません。
資料によっては「ロイガーよりも巨大で強大」とされていますが、外見がどのようなものかは明らかにされていないんです。おそらくロイガーと似た肉塊の姿をしていると考えられますが、確証はありません。
特徴
双子の神格には、恐るべき能力がいくつもあります。
風を操る力
ツァールとロイガーは風の精として分類されています。
風の力でできること
- 空を自由に飛び回る
- 風を使って敵を捕らえる
- 風の力で相手を押さえ込む
- 他者の体をバラバラにして大地から引きはがす
『サンドウィン館の怪』という作品では、ロイガーが風の能力を使って密室にほんの隙間から侵入し、標的の人物を連れ去る場面があります。どんなに厳重な防御陣も、ロイガーの風の力の前では無力だったそうです。
体を分解・再構成する能力
さらに驚くべきなのが、自分の体を自在にバラバラにできるという特殊能力です。
体を分子以下の大きさにまで分解し、また元通りに再構成することができるんですね。この能力があるからこそ、ほんのわずかな隙間からでも侵入できるわけです。
テレパシー能力
ツァールは、チョー=チョー人とテレパシーで交信することができます。
また、適切な儀式を行えば、自身の霊的な体を別の場所に投影することも可能だとされています。ツァールとロイガーは物理的につながっているという説もあり、双子でありながら実は一つの存在なのかもしれません。
長寿と崇拝者
ツァールとロイガーを崇拝しているのが、チョー=チョー人という種族です。
チョー=チョー人の特徴
- 小柄な人種(身長は最大でも110cmほど)
- ドーム状の無毛の頭部
- 異様に小さく深く窪んだ目
彼らは「星を歩くものの結社」という組織を作り、双子の神格に仕えています。アラオザルの地下は、チョー=チョー人にとっての聖地なんです。
伝承

ツァールとロイガーにまつわる物語をご紹介します。
封印された双子
遠い昔、ツァールとロイガーは星間宇宙を自由に飛び回っていました。
しかし、その邪悪さと破壊力を恐れた旧神(エルダー・ゴッド)が立ち上がります。旧神は秩序を守る善良な神々で、混沌をもたらす旧支配者たちと対立していたんですね。
激しい戦いの末、旧神は双子をスン高原の古代都市アラオザルの地下に封印することに成功しました。それ以来、彼らはそこから出ることができなくなったのです。
復活の試みと阻止
『潜伏するもの』では、封印されたロイガーが復活しかけるという事件が描かれています。
チョー=チョー人たちの儀式によって、少しずつ力を取り戻しつつあった双子。しかし、旧神と星の戦士たちが再び立ち上がり、復活を阻止したんです。
結果として、双子は再び深い眠りにつくことになりました。
サンドウィン館の事件
『サンドウィン館の怪』という物語では、死んだと思われていたロイガーが再登場します。
この作品では、深きものども(水の眷属)に使役されたロイガーが、厳重な防御陣を破って人間を連れ去るという恐ろしい場面があるんです。
作中の長老はこう語っています。
「わしはクトゥルフも恐れはせん。イタクァも恐れはせん。しかし、双子の兄弟ツァールとロイガーだけは別だ——」
クトゥルフやイタクァという他の強大な旧支配者をも退けると豪語する術者でさえ、ロイガーの力の前には無力だったのです。
アルクトゥールスとの繋がり
アルクトゥールスが空に見える時、ロイガーは他の場所に現れることができるとされています。
『闇に棲みつくもの』という作品では、ウムル・アト=タウィルという存在が、アルクトゥールスからツァールを召喚するという場面があります。
故郷の星と双子の間には、今でも強い繋がりがあるようですね。
出典
ツァールとロイガーが登場する主な作品をご紹介します。
初出作品
- 『潜伏するもの』(原題:The Lair of the Star-Spawn)
- 著者:オーガスト・ダーレス&マーク・スコラー
- 発表:『ウィアード・テイルズ』1932年8月号
- 内容:双子の神格の初登場作品。主にロイガーについて描写されている
その他の登場作品
- 『サンドウィン館の怪』
- 著者:オーガスト・ダーレス
- 内容:ロイガーが風の精として再登場し、その恐るべき力を発揮する
- 『闇に棲みつくもの』
- 内容:ツァールの召喚について触れられている
- 『クトゥルー・オペラ』
- 著者:風見潤(日本)
- 内容:アルクトゥールスの惑星に封印された双子が登場。磁気単極子生命体という独自の設定
- 『陳列室の恐怖』
- 著者:リン・カーター
- 内容:ハスターとシュブ=ニグラスの子という系譜が示される
関連資料
- 『クトゥルフ神話TRPG』
- ゲーム設定では、ツァールとロイガーはまったく同じ能力を持つとされている
まとめ
ツァールとロイガーは、星間宇宙を移動する恐るべき双子の神格です。
重要なポイント
- クトゥルフ神話における旧支配者の一つ
- ミャンマーのスン高原、アラオザルの地下に封印されている
- 巨大な緑色の肉塊で、長い触手と翼を持つ
- 風を操る能力と、体を分解・再構成する特殊能力を持つ
- うしかい座のアルクトゥールスから地球に来たとされる
- チョー=チョー人という種族に崇拝されている
- ハスターとシュブ=ニグラスの子という説がある
- 双子でありながら、主に描写されるのはロイガーのみ
- 旧神によって封印され、復活を阻止され続けている
「双子の卑猥なるもの」という恐ろしい別名を持つこの存在は、クトゥルフ神話の中でも特に異形で強大な神格の一つです。もし夜空にアルクトゥールスが輝いているのを見たら、遠い昔に封印された双子のことを思い出してみてください。


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