夢の中で、顔のない黒い翼の生物に追いかけられたことはありませんか?
もしかしたらそれは、クトゥルフ神話に登場する「ナイトゴーント(夜鬼)」かもしれません。悪魔のような恐ろしい見た目をしているのに、実はとても温厚な性格をしている、この不思議な生物。作者ラヴクラフト自身の幼い頃の悪夢から生まれたという、特別な存在なんです。
この記事では、クトゥルフ神話の謎めいた生物「ナイトゴーント」について、その神秘的な姿や特徴、興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要

ナイトゴーント(英:Night-gaunts)は、クトゥルフ神話に登場する架空の生物です。日本語では「夜鬼(やき)」や「夜の魍魎(よるのもうりょう)」とも訳されます。
アメリカのホラー作家H・P・ラヴクラフトが、自分が5歳の頃に見た悪夢に登場した怪物をもとに創作したという、非常に個人的な起源を持つ生物なんですね。初めて作品に登場したのは、1927年に完成した小説『未知なるカダスを夢に求めて』です。
ナイトゴーントは「ドリームランド(夢の国)」と呼ばれる異世界と、私たちが住む覚醒の世界の両方に存在するとされています。恐ろしい見た目とは裏腹に、基本的には温厚な性格で、一定のルールに従って行動する秩序ある存在として描かれました。
系譜
ナイトゴーントの誕生には、作者ラヴクラフトの個人的な体験が深く関わっています。
悪夢からの誕生
ラヴクラフトは幼少期から悪夢に悩まされていました。特に5歳の頃に繰り返し見た悪夢の中に登場した怪物が、後にナイトゴーントとして作品化されたんです。子供の頃の恐怖体験が、大人になってから創作の源になったわけですね。
作品での初登場
1926年秋頃から執筆が始まり、1927年1月22日に草稿が完成した『未知なるカダスを夢に求めて』が初出です。この作品は、ラヴクラフトの「ドリームランド・サイクル」と呼ばれる一連の物語の中でも最長の作品となりました。
面白いことに、この作品はラヴクラフト本人が生きている間は出版されず、死後の1943年にアーカム・ハウス社から出版されています。作者自身は「あまり良い出来ではない」と評価していましたが、後世では高く評価される作品となりました。
広がる設定
後の作家たちによって、ナイトゴーントの設定はさらに広がりました。リン・カーターやブライアン・ラムレイといった作家たちが、異なる支配者や別の起源を設定したりしています。ただし、これらはラヴクラフトの原典設定とは異なる派生設定です。
姿・見た目
ナイトゴーントの姿は、一言で表すなら「顔のない悪魔」といった感じなんです。
外見的特徴
ナイトゴーントの身体構成
- 顔:本来顔があるべき場所には何もない(のっぺらぼう)
- 皮膚:クジラやゴムのような質感で、油を塗ったように光沢がある漆黒
- 翼:蝙蝠(こうもり)のような大きな翼
- 角:牛のような曲がった角
- 尻尾:長く、先端が尖った蛇のような尻尾
- 体型:痩せこけた人間のような体躯
- 全体像:西洋のキリスト教に出てくる悪魔そのもの
最も特徴的なのは、顔がまったく存在しないという点です。目も鼻も口もなく、顔があるべき場所はただの空白。これは「自我や主張がない」ことの象徴だとも解釈されています。
視覚・聴覚の謎
顔がないということは、目や耳といった感覚器官がないということ。それなのに、ナイトゴーントは侵入者を的確に発見し、音もなく忍び寄ることができます。どうやって周囲を認識しているのかは、今も謎に包まれているんですね。
特徴

ナイトゴーントには、その奇妙な外見とは対照的な、意外な特徴があります。
温厚な性格
恐ろしい姿をしているのに、基本的には温厚で秩序を重んじる性格なんです。無闇に人間を襲ったり、殺したりすることはありません。彼らが人間に手を出すのは、あくまで「領域を侵された」という理由があるときだけです。
独特な攻撃方法
ナイトゴーントの攻撃方法は、とても風変わりなんです。それは、なんと「くすぐる」こと。
ナイトゴーントの行動パターン
- 侵入者を発見すると、音もなく群れで襲いかかる
- ゴムのような手足で素早く武器を奪う
- そのまま空高く抱え上げる
- 大きな棘のある尻尾で侵入者をくすぐる
- 抵抗を続けると、かなりの高さから落下させる
- 抵抗しない者は、特定の場所に連れて行って放置する
くすぐるという攻撃は、恐怖を与えつつも致命傷を負わせない、独特な方法です。無気味でありながら、どこかユーモラスな面も持ち合わせているんですね。
音のない飛行
ナイトゴーントは、あの大きな翼で力強く羽ばたいているのに、まったく物音を立てません。静寂の中を滑るように飛ぶ姿は、非常に不気味だと描写されています。
仕える主
ナイトゴーントは、「大いなる深淵の大帝」ノーデンスに仕えていると言われています。ノーデンスは、クトゥルフ神話の中では珍しい、人類に対して友好的な神格です。
ナイトゴーントの主な任務は、聖地ングラネク(またはンブラネク)山を守護すること。この山には「大地の神々」の顔が彫り込まれており、好奇心旺盛な人間の侵入から守る役目を負っています。
他種族との関係
協力関係:グール(食屍鬼)
ナイトゴーントは、グールと呼ばれる死体を食べる種族と友好的な協定を結んでいます。グールの合言葉を知っていれば、ナイトゴーントに言うことを聞かせることも可能だとか。時には、グールを背中に乗せて空を飛ぶこともあります。
敵対関係:シャンタク鳥
ナイアーラトテップという邪神に仕えるシャンタク鳥という怪鳥は、ナイトゴーントを天敵として非常に恐れています。これは、ノーデンスとナイアーラトテップが対立しているためです。
召喚の方法
伝承によると、ナイトゴーントを召喚するには夜に旧き印を描いた石が必要だとされています。ただし、具体的な召喚の手順を知っている者はいないそうです。
時には、きちんとした手順を踏めば、ナイトゴーントが進んで人間の主人に仕えたという記録もあります。
伝承
ナイトゴーントは、『未知なるカダスを夢に求めて』の中で重要な役割を果たします。
ングラネク山の守護者
ナイトゴーントが群れを成して棲息しているのは、ドリームランドのングラネク山です。この山の山腹には「大地の神々」の顔が彫り込まれており、神聖な場所として守られています。
彼らの任務は明確です。好奇心に満ちた人間がこの聖地に近づくと、侵入者を捕まえてナスの谷へ連れて行くこと。ナスの谷は、恐ろしいドール族という種族が住む場所なんです。
ナスの谷での運命
ナイトゴーントは、捕らえた侵入者を自ら殺すことはしません。ドール族に始末を任せて、その場を去ってしまいます。ある意味、公平なルールに従っているとも言えますね。
ただし、ナスの谷はグール(食屍鬼)が食べ残しを捨てる場所でもあります。運良くグールとコミュニケーションをとる方法を知っていれば、ドール族に遭遇する前に谷を脱出できるかもしれません。
ランドルフ・カーターの冒険
『未知なるカダスを夢に求めて』の主人公ランドルフ・カーターは、夢の中で見た美しい都市を求めて冒険します。その途中で、ナイトゴーントに捕まってしまうんです。
友好的なグールたちに助けられたカーターは、後にナイトゴーントの群れを味方につけます。最終的には、ナイトゴーントに乗って神々の城があるカダスまで飛んでいくという、驚くべき展開になります。
このエピソードは、ナイトゴーントが単なる敵対者ではなく、条件次第では協力者にもなりうる存在であることを示しています。
他の神格との関わり
派生設定では、ナイトゴーントは他の神格とも関わりを持つとされています。
- イブ=ツトゥル:ナイアーラトテップの息子とされる邪神で、ナイトゴーントを従えるという設定もあります
- イェグ=ハ:ナイアーラトテップ配下の魔物で、ナイトゴーント達を率いるとされます
ただし、これらはラヴクラフト以外の作家による設定であり、原典とは異なる解釈です。
出典
ナイトゴーントが登場する主な作品をご紹介します。
H・P・ラヴクラフト作品
- 『未知なるカダスを夢に求めて』(The Dream-Quest of Unknown Kadath):1927年完成、1943年出版。ナイトゴーントの初出作品で、最も詳しく描かれています。
- 『ユゴスの黴』(The Fungi from Yuggoth):1929-1930年。ソネット詩集の第20番に登場します。
他の作家による作品
- ブライアン・ラムレイ『幻夢の時計』(Elysia: The Coming of Cthulhu):ドリームランド・サーガシリーズの第3作
- ブライアン・ラムレイ『幻夢の英雄』:幻夢郷シリーズの第1作
- リン・カーター『アーク・ディメンションの恐怖』:ナイトゴーントが他の神話生物と共に描かれています
これらの作品では、ラヴクラフトの設定を踏襲しつつ、独自の解釈や新しい設定が加えられています。
まとめ
ナイトゴーントは、恐ろしい外見と温厚な性格のギャップが魅力的な、クトゥルフ神話独特の生物です。
重要なポイント
- ラヴクラフトが5歳の頃に見た悪夢が原型となった、非常に個人的な起源を持つ生物
- 『未知なるカダスを夢に求めて』(1927年)が初出作品
- 顔がまったくないという最大の特徴を持つ、漆黒の悪魔のような姿
- 蝙蝠の翼、ゴムのような肌、角と尻尾を持つ
- 恐ろしい見た目に反して温厚で秩序を重んじる性格
- 攻撃方法は独特な「くすぐり」
- 「大いなる深淵の大帝」ノーデンスに仕え、聖地ングラネク山を守護する
- グール(食屍鬼)とは友好関係、シャンタク鳥とは敵対関係
- 条件次第では人間に協力することもある柔軟な存在
作者の悪夢から生まれ、後の作家たちによって設定が広がっていったナイトゴーント。クトゥルフ神話の世界では、見た目と性格のギャップが面白い、独特の魅力を持つ存在として愛され続けています。


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