地震が起きた時、あなたはどんな原因を想像しますか?
プレートの動き?地殻変動?
でも古代エジプトの人々は違いました。彼らにとって地震は、大地の神ゲブが笑った瞬間だったのです。
愛する妻と永遠に引き離され、それでも天を見上げ続ける悲劇の神。しかし実は、父から王位を奪った荒ぶる簒奪者でもある複雑な神様なんです。
この記事では、エジプト神話の大地の神「ゲブ」について、その波乱万丈な神話と興味深い伝承をやさしく解説します。
概要

ゲブは、古代エジプト神話における大地の神です。
ヘリオポリス九柱神(エネアド)と呼ばれる、エジプト神話の中心的な9人の神々の一人として数えられています。創造神アトゥムの孫にあたり、オシリスやイシスといった有名な神々の父親でもある、まさに神々の系譜の中心にいる重要な存在なんです。
古王国時代(紀元前2686-2181年)にはすでに信仰されていて、ピラミッド・テキストにもその名前が登場します。大地そのものを神格化した存在として、豊穣と多産を司り、エジプト全土で崇拝されていました。
系譜
ゲブの家系図は、まさにエジプト神話の中心そのものです。
ゲブの家族関係
- 祖父:アトゥム(創造神)
- 父:シュウ(大気の神)
- 母:テフヌト(湿気の女神)
- 妻:ヌト(天空の女神・実の妹)
- 子供たち:オシリス、イシス、セト、ネフティス
興味深いのは、妻のヌトが実の妹だということ。古代の神話では珍しくないことですが、二人の愛は特別に深く、それが後の悲劇につながっていくんです。
姿・見た目
ゲブの姿は、その神話を象徴する独特な形で描かれています。
ゲブの描かれ方
- 基本的な姿:地面に横たわる男性の姿
- 肌の色:緑色(植物が生える大地を表現)
- 特徴的なポーズ:片肘をついて上体を起こし、天を見上げている
- 時々描かれる姿:陰茎が天に向かって伸びている(妻への愛と多産の象徴)
なぜ横たわっているのか?それは、愛する妻ヌトと引き離された悲しみから、地面に倒れ込んでいる姿なんです。
壁画では、ヌトが天空として弧を描き、その下にゲブが横たわり、二人の間に父シュウが立って支えている構図がよく描かれます。これがまさに天地分離の瞬間を表しているんですね。
特徴
ゲブには、大地の神ならではの特別な特徴があります。
ゲブの主な特徴
- 地震の原因:ゲブが笑うと地震が起きる
- 豊穣の源:体から植物が生え、穀物(特に大麦)が育つ
- 蛇の父:地中の蛇たちの父とされる
- 死者の管理者:「ゲブが口を開く」=墓が開いて死者が解放される
二面性のある性格
ゲブの性格は、とても複雑なんです。
一方では豊穣をもたらす恵みの神。しかし別の面では、父から王位を力ずくで奪った荒ぶる神でもあります。この二面性こそが、ゲブという神の魅力であり、人間的な部分でもあるんですね。
神話・伝承
ゲブにまつわる神話で最も有名なのが、天地創造の物語と王位簒奪の伝説です。
永遠の別離 – 天地分離の神話
ゲブとヌトは、とても仲の良い夫婦でした。
あまりにも愛し合っていて、片時も離れることがなかったんです。二人は常に抱き合っていて、天と地がくっついた状態でした。
しかし、この熱愛ぶりが神々の怒りを買ってしまいます。父のシュウが二人の間に割って入り、強引に引き離したんです。その結果:
- ヌトは天となって上へ
- ゲブは大地となって下へ
- シュウは二人の間で大気となる
引き離される時、ゲブが必死に抵抗して体の一部が隆起し、それが山になったという説もあります。なんとも切ない話ですよね。
荒ぶる簒奪者 – 王位を奪った罪
実は、ゲブには別の顔がありました。
創造神アトゥムの孫として、本来なら父シュウの後を継いで王となるはずでした。しかし、ゲブは待ちきれなかったんです。
なんと、力ずくで父から王位を奪い、さらに自分の母テフヌトまで妻として奪ったというのです。この罪深い行為の後、世界は9日間も闇に覆われたといいます。
贖罪と成長の物語
王位を奪った後、ゲブは自分の行為を深く後悔します。
各地を巡って父シュウの偉大さを聞いて回り、どうすれば立派な王になれるか学ぼうとしました。父が額に置いていた聖なる蛇「ウラエウス」の力を借りようとしますが、蛇は簒奪者を許さず、毒を吐きかけてゲブを苦しめます。
太陽神ラーに助けられたゲブは、それ以降は心を入れ替えて善政を敷くようになりました。
後に、孫のホルスがセトから父オシリスの王位を取り戻そうとした時、ゲブは正当な後継者を守る立場として、ホルスを支援したんです。自分の過去の過ちから学んだからこそ、正義の側に立ったのかもしれません。
出典・起源
ゲブ信仰の始まりと広がりについて見ていきましょう。
信仰の中心地
- ヘリオポリス:下エジプト第13ノモスの州都(発祥の地)
- テーベ:上エジプト第4ノモスの州都
- エドフ:上エジプト第2ノモス
- コム・オンボ:上エジプト第1ノモス
時代による変遷
古王国時代から信仰が始まり、中王国、新王国と続いていきます。
興味深いのは、ギリシア・ローマ時代になると、ゲブはギリシア神話のクロノス(時間の神で、ゼウスの父)と同一視されるようになったこと。どちらも「父から王位を奪った」という共通点があったからなんですね。
名前にまつわる誤解
実は「ゲブ」という名前、昔は「セブ」と読み間違えられていたんです。
また、ゲブを表すヒエログリフ(古代エジプトの文字)にはガチョウが使われることから、「ゲブ=ガチョウの神」と誤解されることもありました。でも実際は、単に名前の音を表すために使われただけで、ゲブ自身がガチョウとして描かれることはありません。
まとめ
ゲブは、愛と罪、贖罪と成長を体現する、とても人間的な神様です。
重要なポイント
- ヘリオポリス九柱神の一人で、オシリスやイシスの父
- 天地分離神話の主人公として、愛する妻と永遠に引き離された悲劇の神
- 地震は「ゲブの笑い声」という独特な解釈
- 王位簒奪の罪を犯したが、後に改心して善き王となった
- 大地の豊穣を司り、エジプト全土で信仰された
天を見上げて横たわるゲブの姿は、永遠の愛と別離の悲しみ、そして過ちを乗り越えて成長する姿を私たちに教えてくれます。
古代エジプトの人々にとって、ゲブは単なる大地の神ではなく、人間のような感情を持ち、過ちを犯しても立ち直ることができる、身近な存在だったのかもしれませんね。


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