インド神話の三神一体「トリムルティ」:宇宙の創造・維持・破壊を司る神々

神話・歴史・伝承
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トリムルティとは

言葉の意味と概念

トリムルティ(Trimurti)は、サンスクリット語で「3つの形」を意味します。

  • トリ(त्रि):3つ
  • ムルティ(मूर्ति):形、姿、顕現

この概念は、宇宙の3つの根本的な機能を3柱の神々が分担するという、ヒンドゥー教の重要な神学的枠組みです。

3つの宇宙的機能

1. 創造(スリシュティ)

  • 宇宙と生命の誕生
  • 無から有への変化
  • 新しい周期の始まり

2. 維持(スティティ)

  • 宇宙の秩序(ダルマ)の保持
  • バランスの維持
  • 生命の継続

3. 破壊と再生(サンハーラ)

  • 古い秩序の解体
  • 変容と再生のプロセス
  • 新たな創造への準備

ブラフマー:創造を司る神

基本的な特徴

ブラフマーは宇宙の創造者として、トリムルティの第一の機能を担います。

象徴的な姿

  • 4つの顔:四方位と4つのヴェーダを表現
  • 4本の腕:それぞれに神聖な道具を持つ
  • 白いひげ:知恵と時間の経過を象徴
  • 蓮の花の上に座る:純粋さと精神的な誕生

持ち物とその意味

  • 数珠:時間の計測
  • 聖典(ヴェーダ):知識の源
  • 水壺(カマンダル):生命を生み出す水
  • 蓮華:創造の純粋さ

乗り物

ハムサ(白鳥)に乗って移動します。白鳥は識別力の象徴で、善と悪、永遠と一時的なものを見分ける能力を表しています。

配偶神:サラスヴァティー

ブラフマーの妻サラスヴァティーは、知識、学問、音楽、芸術の女神です。

  • 白い衣装:純粋な知識
  • ヴィーナー(弦楽器):芸術と調和
  • 聖典:学問と知恵
  • 白鳥:識別力と優雅さ

学生や芸術家から特に信仰され、春の祭り「ヴァサント・パンチャミー」で崇拝されます。


ヴィシュヌ:維持を司る神

基本的な特徴

ヴィシュヌは宇宙の秩序を維持し、ダルマ(正義)を守護する神です。

象徴的な姿

  • 青い肌:無限の空と海を象徴
  • 4本の腕:全方位への保護
  • 王冠:至高の権威
  • 黄色い衣装:神聖さと繁栄

4つの持ち物

  1. シャンカ(法螺貝):創造の原初音「オーム」を奏でる
  2. チャクラ(円盤):時間の循環と宇宙の秩序
  3. ガダー(棍棒):知識の力と正義の執行
  4. パドマ(蓮華):精神的な開花と純粋さ

宇宙での姿

ヴィシュヌは宇宙の海(クシーラサーガラ)で、千頭の蛇アナンタ・シェーシャの上に横たわります。彼の臍から生えた蓮の花からブラフマーが誕生したという神話があります。

10の化身(ダシャーヴァターラ)

世界が危機に瀕した時、ヴィシュヌは化身(アヴァターラ)として地上に現れます。

  1. マツヤ(魚):大洪水から人類とヴェーダを救済
  2. クールマ(亀):乳海攪拌で山を背で支える
  3. ヴァラーハ(猪):悪魔から大地を救出
  4. ナラシンハ(人獅子):信者プラフラーダを守護
  5. ヴァーマナ(小人):三界を三歩で取り戻す
  6. パラシュラーマ:正義のために戦う戦士
  7. ラーマ:理想の王、『ラーマーヤナ』の主人公
  8. クリシュナ:『マハーバーラタ』の中心人物
  9. ブッダ:仏教の開祖(一部の伝統による)
  10. カルキ:未来に現れる最後の化身

配偶神:ラクシュミー

ヴィシュヌの妻ラクシュミーは、富、繁栄、幸運の女神です。

  • 金色の肌:富と繁栄
  • 蓮の花に座る:精神的な豊かさ
  • 金貨が流れる手:尽きることのない恵み
  • 2頭の象:王権と力

ディーワーリー(光の祭典)で特に崇拝されます。


シヴァ:破壊と再生を司る神

基本的な特徴

シヴァは破壊と再生、変容を司る神で、古いものを終わらせて新しいものを生み出す役割を担います。

象徴的な姿

  • 第三の目:高次の認識と破壊の力
  • 三日月:時間の支配
  • 蛇(ヴァースキ):首に巻く、欲望の制御
  • 聖灰(ヴィブーティ):物質世界の無常

主要な持ち物

  • トリシューラ(三叉槍):3つのグナ(性質)の統合
  • ダマル(太鼓):創造の原初音と宇宙のリズム
  • ルドラークシャの数珠:瞑想と精神性

多様な姿

ナタラージャ(舞踏王)

  • 火の輪の中で宇宙の舞(タンダヴァ)を踊る
  • 創造と破壊のリズムを体現
  • 無知の悪魔アパスマーラを踏む

アルダナーリーシュヴァラ(半男半女)

  • 右半身が男性(シヴァ)
  • 左半身が女性(パールヴァティー)
  • 男性原理と女性原理の統合

マハーヨーギー(偉大な行者)

  • カイラス山で瞑想する禁欲者
  • ヨーガの最高の実践者

青い喉の由来

神々と悪魔が不死の霊薬を得るため乳海を攪拌した際、猛毒ハラーハラが現れました。シヴァはこの毒を飲んで宇宙を救いましたが、パールヴァティーが喉を押さえたため、喉だけが青くなりました。以来「ニーラカンタ(青い喉)」と呼ばれます。

配偶神:パールヴァティー/ドゥルガー/カーリー

シヴァの配偶神は、状況に応じて3つの形態を取る同一の女神です。

パールヴァティー(穏やかな形態)

  • 愛と献身の女神
  • 理想的な妻と母
  • ヒマラヤの娘

ドゥルガー(戦士の形態)

  • 悪魔マヒシャースラを倒した
  • 8〜10本の腕に武器を持つ
  • ライオンまたは虎に乗る

カーリー(激烈な形態)

  • 時間と死の女神
  • 黒い肌、赤い舌
  • エゴと無知の破壊者

家族

息子たち

  • ガネーシャ:象頭の神、障害除去者、新しい始まりの守護者
  • カールティケーヤ(スカンダ):戦いの神、6つの顔を持つ

乗り物

ナンディ(白い雄牛)は、シヴァの忠実な乗り物であり、最も献身的な信者です。すべてのシヴァ寺院で、至聖所に向かって座っています。


宇宙の循環における役割

永遠のサイクル

トリムルティの3柱の神々は、宇宙の永遠の循環(カルパ)において、それぞれ不可欠な役割を果たします。

創造の段階

  • ブラフマーが宇宙と生命を創造
  • 潜在的なものから顕現したものへ
  • 新しい宇宙周期の開始

維持の段階

  • ヴィシュヌが秩序を保持
  • ダルマの維持と悪の抑制
  • 必要に応じて化身として介入

破壊と再生の段階

  • シヴァが古い秩序を解体
  • 新たな創造のための準備
  • 変容を通じた進化

3つのグナ(性質)との関係

サーンキヤ哲学では、トリムルティを宇宙の3つの基本的性質と結びつけます。

  • ブラフマー:ラジャス(活動、情熱、創造的エネルギー)
  • ヴィシュヌ:サットヴァ(純粋、調和、維持の力)
  • シヴァ:タマス(慣性、変容、破壊と再生)

これらは道徳的な優劣ではなく、宇宙のバランスに必要な3つの要素です。


聖地と寺院

ブラフマーの聖地

  • プシュカル(ラージャスターン州):主要なブラフマー寺院

ヴィシュヌの聖地

  • ティルパティ:ヴェンカテーシュワラ寺院
  • ヴリンダーヴァン:クリシュナの聖地
  • アヨーディヤー:ラーマの生誕地

シヴァの聖地

12のジョーティルリンガ(光の柱)

  • ソームナート(グジャラート州)
  • カーシー・ヴィシュワナート(ヴァーラーナシー)
  • ケーダールナート(ウッタラーカンド州)
  • ラーメーシュワラム(タミル・ナードゥ州)

カイラス山(チベット)

  • シヴァとパールヴァティーの住処
  • ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、ボン教の聖山

芸術における表現

彫刻

エレファンタ石窟(6世紀)

  • トリムルティ・サダーシヴァの巨大彫刻
  • 3つの顔が統合された姿
  • ユネスコ世界遺産

チョーラ朝のブロンズ像(9-13世紀)

  • ナタラージャ像の完成形
  • 精巧な技術と深い象徴性

寺院建築

南インドの寺院には、トリムルティの要素が組み込まれています。

  • ゴープラム(塔門)に3神の彫刻
  • 複数の祠堂を持つ複合寺院
  • 神話を描いた壁画と彫刻

聖典における記述

初期の言及

マイトリ・ウパニシャッド(紀元前400-200年)

  • トリムルティの最初の明確な言及
  • 3神を3つのグナと結びつける

マハーバーラタ(紀元前500-100年)

  • 付録部分にトリムルティ概念が登場
  • ハリ・ハラ(ヴィシュヌとシヴァ)の記述も多い

プラーナ文献での発展

ヴィシュヌ・プラーナ

  • 「一つの最高実在が3つの形態に分かれる」という記述
  • トリムルティの統一性を強調

クールマ・プラーナ

  • 「3神は本質的に一つ」という教え
  • 宗派を超えた統合の試み

シヴァ・プラーナ

  • シヴァ中心の解釈
  • 3つの機能すべてをシヴァの顕現として説明

オーム(ॐ)との関係

聖音オームは、トリムルティを音として表現したものとされます。

  • ア音:ブラフマー(創造、始まり)
  • ウ音:ヴィシュヌ(維持、継続)
  • マ音:シヴァ(完成、変容)
  • 全体の音:ブラフマン(究極の実在)

この音は、宇宙の創造から破壊までの全過程を含んでいるとされます。


まとめ

トリムルティは、ヒンドゥー教における宇宙の根本的な3つの機能を神格化した概念です。

ブラフマーの創造、ヴィシュヌの維持、シヴァの破壊と再生という3つの役割は、宇宙の永遠の循環を構成し、それぞれが不可欠な要素として機能します。

この概念は、多様な神々を統合的に理解するための枠組みを提供し、ヒンドゥー教の豊かな神話体系と哲学的深さを示しています。

各神は独自の特徴、配偶神、化身、聖地を持ちながら、究極的には一つの宇宙的原理の異なる側面を表現しているという理解が、トリムルティの本質です。

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