「ニューラルネットワークの学習がなかなか進まない…」
「Adamって聞くけど、何がすごいの?」
「最適化アルゴリズムの種類が多すぎて、どれを使えばいいか分からない」
機械学習やディープラーニングのモデルを訓練していると、必ず出会うのが「最適化アルゴリズム」。その中でもAdamは、現在最も人気のある手法なんです。
実は、多くの有名なAIモデル(画像認識、自然言語処理など)がAdamを使って学習されています。この記事では、Adamの仕組みから実践的な使い方まで、初心者の方にも分かりやすく解説します。
読み終わる頃には、あなたもAdam使いの仲間入りですよ!
Adam(Adaptive Moment Estimation)とは?学習を効率化する魔法

Adamは、ニューラルネットワークの学習を効率的に進めるための最適化アルゴリズムです。
正式名称は「Adaptive Moment Estimation」(適応的モーメント推定)。2014年にKingmaとBaによって提案されました。
最適化って何?
最適化とは、モデルの誤差を最小にするようにパラメータ(重み)を調整するプロセスのこと。
実例:
画像認識モデルが「猫」の画像を「犬」と間違えたとき、次は正しく判断できるように重みを調整します。この調整方法が「最適化アルゴリズム」なんです。
なぜAdamなの?
Adamは、以下の2つの優れた手法を組み合わせています:
- Momentum(モーメンタム):過去の勾配情報を利用して、安定した学習
- RMSprop:パラメータごとに学習率を調整して、効率的な学習
この組み合わせにより、速く、安定して、高精度に学習できるんです。
なぜ最適化アルゴリズムが必要なのか?
まず、最適化の基本から理解しましょう。
機械学習の目標
モデルの誤差(損失)を最小化することが目標です。
イメージ:
誤差
↑
| ○
| / \ ← 山を下りて谷底(誤差最小)を目指す
| / \
| / \
| / \___最小値
|________________→ パラメータ
単純な方法:勾配降下法(Gradient Descent)
仕組み:
- 現在地の傾き(勾配)を計算
- 傾きの逆方向に少し進む
- 繰り返す
問題点:
問題1:学習率の選択が難しい
- 大きすぎると、谷を飛び越えてしまう
- 小さすぎると、学習が遅すぎる
問題2:局所最適解に陥る
- 本当の最小値(谷底)ではない場所で止まってしまう
問題3:パラメータごとに最適な学習率が異なる
- すべてのパラメータに同じ学習率を使うのは非効率
Adamは、これらの問題を解決します。
Adamの進化の歴史
Adamが登場するまでの流れを見てみましょう。
1. SGD(確率的勾配降下法)
特徴:
- 最もシンプル
- ミニバッチごとに更新
問題:
- 学習率の選択が難しい
- 振動しやすい
2. Momentum(モーメンタム)
改善点:
- 過去の勾配を考慮
- 加速度の概念を導入
イメージ:
ボールが坂を転がるとき、勢いがつくと速く進む。この「勢い」を取り入れた手法です。
数式:
v = β * v + (1-β) * 勾配
パラメータ -= 学習率 * v
3. RMSprop
改善点:
- パラメータごとに異なる学習率
- 過去の勾配の大きさを考慮
数式:
s = β * s + (1-β) * 勾配²
パラメータ -= 学習率 * 勾配 / √(s + ε)
4. Adam(MomentumとRMSpropの融合)
改善点:
- Momentumの「勢い」
- RMSpropの「適応的学習率」
- 両方の良いとこ取り
これが現在最も人気の理由です。
Adamのアルゴリズム:詳細な仕組み

Adamがどうやって動いているのか見てみましょう。
Adamの手順
ステップ1:勾配を計算
g = ∇L(損失関数の勾配)
ステップ2:1次モーメント(平均)を更新
m = β₁ * m + (1 - β₁) * g
これは「過去の勾配の移動平均」。勢いを表します。
ステップ3:2次モーメント(分散)を更新
v = β₂ * v + (1 - β₂) * g²
これは「過去の勾配の二乗の移動平均」。勾配の大きさを表します。
ステップ4:バイアス補正
m̂ = m / (1 - β₁ᵗ)
v̂ = v / (1 - β₂ᵗ)
初期段階でmとvがゼロに偏っているのを補正します。
ステップ5:パラメータを更新
θ = θ - α * m̂ / (√v̂ + ε)
- α:学習率
- ε:ゼロ除算防止の小さな値
直感的な理解
1次モーメント(m):
「最近、どっち方向に進んでいたか」という記憶。勢いをつけて、安定した方向に進めます。
2次モーメント(v):
「最近、勾配の大きさはどれくらいだったか」という記憶。勾配が大きいパラメータは慎重に(学習率を下げる)、小さいパラメータは大胆に(学習率を上げる)更新します。
実例:
パラメータA:勾配が大きく変動 → 慎重に更新
パラメータB:勾配が小さく安定 → 積極的に更新
Adamのハイパーパラメータ
Adamには調整可能なパラメータがあります。
α(アルファ):学習率
デフォルト値: 0.001
意味:
一回の更新でどれだけパラメータを変化させるか。
大きすぎると:
学習が不安定になり、発散する可能性があります。
小さすぎると:
学習が遅くなります。
調整のヒント:
- 通常は0.001から始める
- 学習が進まなければ、0.01や0.0001を試す
- 学習率スケジューリング(徐々に下げる)も有効
β₁(ベータ1):1次モーメントの減衰率
デフォルト値: 0.9
意味:
過去の勾配をどれだけ保持するか。
値が大きい(0.9など):
過去の情報を長く保持。安定した学習。
値が小さい(0.5など):
最新の情報を重視。柔軟な学習。
通常は変更不要:
0.9が多くの場合で適切です。
β₂(ベータ2):2次モーメントの減衰率
デフォルト値: 0.999
意味:
過去の勾配の二乗をどれだけ保持するか。
値が大きい(0.999など):
長期的な勾配の変動を考慮。
値が小さい(0.9など):
短期的な変動に対応。
通常は変更不要:
0.999が標準的です。
ε(イプシロン):数値安定性のための定数
デフォルト値: 1e-8(0.00000001)
意味:
ゼロ除算を防ぐための小さな値。
通常は変更不要:
デフォルト値で問題ありません。
Adamのメリット
なぜAdamがこれほど人気なのでしょうか?
メリット1:設定が簡単
デフォルトのハイパーパラメータで、多くの問題に対応できます。
実例:
初心者でも、学習率を0.001に設定するだけで、良い結果が得られることが多いです。
メリット2:計算効率が良い
メモリ消費が少なく、計算も高速です。
メリット3:様々な問題に適応
画像認識、自然言語処理、強化学習など、幅広いタスクで効果を発揮します。
メリット4:ノイズに強い
データにノイズがあっても、安定して学習できます。
メリット5:スパースな勾配に対応
一部のパラメータしか更新されない場合でも、適切に動作します。
Adamのデメリットと注意点

完璧なアルゴリズムはありません。Adamにも弱点があります。
デメリット1:汎化性能の問題
一部のタスクでは、SGD+Momentumの方が最終的な精度が高いことがあります。
理由:
Adamは速く収束しますが、過学習(訓練データに過度に適合)しやすい傾向があります。
対策:
- 正則化(L2正則化、ドロップアウトなど)を併用
- 学習率を下げる
- AdamWを試す
デメリット2:学習率の減衰が不十分
長時間の学習では、学習率が十分に下がらないことがあります。
対策:
- 学習率スケジューリングを使う
- コサインアニーリングなど
デメリット3:メモリ使用量
SGDと比べて、2倍のメモリが必要です(mとvを保存するため)。
PyTorchでのAdam実装
実際にAdamを使ってみましょう。
基本的な使い方
import torch
import torch.nn as nn
import torch.optim as optim
# モデルの定義
model = nn.Sequential(
nn.Linear(784, 128),
nn.ReLU(),
nn.Linear(128, 10)
)
# Adamオプティマイザーの設定
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.001)
# 損失関数
criterion = nn.CrossEntropyLoss()
# 学習ループ
for epoch in range(100):
for inputs, targets in dataloader:
# 勾配をゼロにリセット
optimizer.zero_grad()
# 順伝播
outputs = model(inputs)
loss = criterion(outputs, targets)
# 逆伝播
loss.backward()
# パラメータ更新
optimizer.step()
カスタムパラメータの設定
optimizer = optim.Adam(
model.parameters(),
lr=0.001, # 学習率
betas=(0.9, 0.999), # β1とβ2
eps=1e-8, # ε
weight_decay=0.01 # L2正則化(AdamWと同様の効果)
)
層ごとに異なる学習率
optimizer = optim.Adam([
{'params': model.layer1.parameters(), 'lr': 0.001},
{'params': model.layer2.parameters(), 'lr': 0.0001}
])
学習率スケジューリング
from torch.optim.lr_scheduler import StepLR
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.001)
scheduler = StepLR(optimizer, step_size=30, gamma=0.1)
for epoch in range(100):
# 学習処理
train(model, optimizer)
# 学習率を更新
scheduler.step()
TensorFlow/Kerasでの実装
TensorFlowでもAdamは簡単に使えます。
Kerasでの使用
from tensorflow import keras
model = keras.Sequential([
keras.layers.Dense(128, activation='relu', input_shape=(784,)),
keras.layers.Dense(10, activation='softmax')
])
# Adamオプティマイザーの設定
optimizer = keras.optimizers.Adam(
learning_rate=0.001,
beta_1=0.9,
beta_2=0.999,
epsilon=1e-7
)
model.compile(
optimizer=optimizer,
loss='sparse_categorical_crossentropy',
metrics=['accuracy']
)
# 学習
model.fit(x_train, y_train, epochs=10, batch_size=32)
Adamの派生版:さらなる改良
Adamをベースにした改良版も登場しています。
AdamW(Adam with Weight Decay)
特徴:
L2正則化の実装方法を改善。
違い:
従来のAdamは正則化の適用方法に問題があり、AdamWで修正されました。
使用例(PyTorch):
optimizer = optim.AdamW(model.parameters(), lr=0.001, weight_decay=0.01)
推奨:
現在はAdamよりAdamWの方が推奨されることが多いです。
RAdam(Rectified Adam)
特徴:
学習初期の不安定さを解消。
改善点:
ウォームアップ(学習率を徐々に上げる)が自動的に行われます。
Lookahead
特徴:
Adamと組み合わせて使用。学習の安定性を向上。
仕組み:
「高速な探索」と「慎重な更新」を組み合わせます。
NAdam(Nesterov-accelerated Adam)
特徴:
Nesterov Momentumの考え方をAdamに適用。
改善点:
先読みの概念を導入し、さらに高速化。
他の最適化アルゴリズムとの比較
Adamと他の手法を比較してみましょう。
SGD(確率的勾配降下法)
メリット:
- シンプル
- 汎化性能が良いことがある
デメリット:
- 学習率の調整が難しい
- 収束が遅い
使い分け:
最終精度を追求する研究では、SGD+Momentumが選ばれることもあります。
RMSprop
メリット:
- パラメータごとに学習率を調整
- RNN(再帰型ニューラルネットワーク)で効果的
デメリット:
- Adamの方が総合的に優れている
使い分け:
現在はAdamの方が一般的です。
AdaGrad
メリット:
- スパースなデータに強い
デメリット:
- 学習率が単調減少し、最終的に学習が止まる
使い分け:
現在はあまり使われません。
比較表
| アルゴリズム | 学習速度 | 安定性 | 汎化性能 | 設定の容易さ | メモリ |
|---|---|---|---|---|---|
| SGD | ★★☆☆☆ | ★★☆☆☆ | ★★★★★ | ★★☆☆☆ | ★★★★★ |
| Momentum | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ |
| RMSprop | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ |
| Adam | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★★★ | ★★★☆☆ |
| AdamW | ★★★★★ | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★☆☆ |
使い分けのガイドライン

どの最適化アルゴリズムを選ぶべきでしょうか?
初心者・一般的な用途
推奨:Adam または AdamW
理由:
- 設定が簡単
- 多くの問題で良い結果
- 学習が速い
コンピュータビジョン(画像認識など)
推奨:AdamW または SGD+Momentum
理由:
- 画像認識では、SGDの汎化性能が評価されることが多い
- 最近はAdamWも人気
自然言語処理(Transformer、BERTなど)
推奨:AdamW
理由:
- Transformerモデルの標準
- 論文でもAdamWが使われている
強化学習
推奨:Adam
理由:
- 不安定な勾配に強い
- 多くの強化学習アルゴリズムで採用
研究・最高精度を追求
推奨:複数試す
- まずAdamで実験
- 時間があればSGD+Momentumも試す
- AdamWやRAdamも検討
よくある問題と対処法
Adamを使う上でのトラブルシューティングです。
問題1:学習が収束しない
症状:
損失が減らない、または発散する。
原因:
学習率が大きすぎる可能性があります。
対処法:
# 学習率を下げる
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.0001) # 0.001 → 0.0001
問題2:学習が遅すぎる
症状:
エポックを重ねても損失がなかなか減らない。
対処法:
- 学習率を上げてみる
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.01) # 0.001 → 0.01
- バッチサイズを調整
dataloader = DataLoader(dataset, batch_size=64) # 32 → 64
問題3:訓練精度は高いが、検証精度が低い(過学習)
症状:
訓練データでは良い性能だが、テストデータで悪い。
対処法:
- 正則化を追加
optimizer = optim.AdamW(model.parameters(), lr=0.001, weight_decay=0.01)
- ドロップアウトを使う
model = nn.Sequential(
nn.Linear(784, 128),
nn.ReLU(),
nn.Dropout(0.5), # ドロップアウト追加
nn.Linear(128, 10)
)
- データ拡張を行う
問題4:後半で学習が進まない
症状:
最初は順調だが、途中で停滞する。
対処法:
学習率スケジューリングを使う:
from torch.optim.lr_scheduler import CosineAnnealingLR
scheduler = CosineAnnealingLR(optimizer, T_max=100)
for epoch in range(100):
train(model, optimizer)
scheduler.step()
実践例:MNISTでの比較
実際にAdamの効果を確認してみましょう。
import torch
import torch.nn as nn
import torch.optim as optim
from torchvision import datasets, transforms
# データの準備
transform = transforms.Compose([
transforms.ToTensor(),
transforms.Normalize((0.1307,), (0.3081,))
])
train_dataset = datasets.MNIST('./data', train=True, download=True, transform=transform)
train_loader = torch.utils.data.DataLoader(train_dataset, batch_size=64, shuffle=True)
# モデル
model = nn.Sequential(
nn.Flatten(),
nn.Linear(784, 128),
nn.ReLU(),
nn.Linear(128, 10)
)
# Adamオプティマイザー
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.001)
criterion = nn.CrossEntropyLoss()
# 学習
for epoch in range(10):
total_loss = 0
for inputs, targets in train_loader:
optimizer.zero_grad()
outputs = model(inputs)
loss = criterion(outputs, targets)
loss.backward()
optimizer.step()
total_loss += loss.item()
print(f'Epoch {epoch+1}, Loss: {total_loss/len(train_loader):.4f}')
このコードをSGDとAdamで実行して、学習速度を比較してみてください。
よくある質問
Q1. AdamとAdamWはどちらを使うべき?
現在はAdamWの方が推奨されます。特に、正則化を使う場合はAdamWが適切です。迷ったらAdamWを選びましょう。
Q2. 学習率は必ず調整すべき?
まずはデフォルト(0.001)で試してみましょう。問題があれば、0.0001〜0.01の範囲で調整します。
Q3. Adamでもウォームアップは必要?
Transformerなど大規模モデルでは、ウォームアップ(最初は学習率を低く、徐々に上げる)が推奨されます。
Q4. GPUメモリが足りないとき、Adamは不利?
はい、Adamは追加のメモリを使います。メモリが厳しい場合、SGDを検討するか、勾配累積を使いましょう。
まとめ:Adamは「とりあえずコレ」の最適化手法
Adamは、現代のディープラーニングで最も広く使われている最適化アルゴリズムです。
Adamの重要ポイント:
- MomentumとRMSpropの良いとこ取り
- 適応的学習率で効率的な学習
- 2014年に提案、現在も主流
主な特徴:
- 設定が簡単(デフォルトで大抵OK)
- 学習が速い
- 様々なタスクで効果的
- ノイズに強い
ハイパーパラメータ:
- 学習率(α):0.001がデフォルト
- β₁:0.9(1次モーメント)
- β₂:0.999(2次モーメント)
- ε:1e-8(数値安定性)
メリット:
- 高速な収束
- 汎用性が高い
- 初心者にも使いやすい
デメリット:
- 汎化性能で劣ることがある
- メモリ消費がやや多い
推奨される使い方:
- 初心者:まずAdamを試す
- 本格的な開発:AdamW推奨
- 最高精度追求:SGD+Momentumも試す
実装例:
optimizer = optim.Adam(model.parameters(), lr=0.001)
# または
optimizer = optim.AdamW(model.parameters(), lr=0.001, weight_decay=0.01)
「どの最適化手法を使えばいいか分からない」と迷ったら、まずAdamを試してみましょう。多くの場合、それで十分な結果が得られます。
効率的な学習で、素晴らしいAIモデルを作ってくださいね!
楽しいディープラーニングライフを!

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