満月の夜、月をじっと見つめていると、何か模様のようなものが見えませんか?
日本では「餅つきをするウサギ」と言われますが、中国では違います。そこには、永遠の孤独を背負った一人の美しい女神が住んでいると信じられてきました。
彼女の名前は嫦娥(じょうが)。かつては地上で幸せに暮らしていた女性でしたが、不老不死の薬をめぐる運命のいたずらで、月の世界へと飛び立ってしまったのです。
夫を裏切ったのか、それとも夫を守ったのか。物語によって異なる嫦娥の真実は、今も月の光とともに語り継がれています。
この記事では、中国神話で最も有名な月の女神・嫦娥について、その美しくも悲しい物語から、現代まで続く中秋節との深い関わりまで、詳しくご紹介します。
概要

嫦娥は、中国神話に登場する月の女神です。
もともとは姮娥(こうが)という名前でしたが、漢の時代に皇帝の名前と字が似ていたため、「嫦娥」に改められました。古い文献では「常娥(じょうが)」や「常義(じょうぎ)」という別名でも呼ばれているんです。
嫦娥の物語で最も有名なのは、「嫦娥奔月(じょうがほんげつ)」という故事。これは「嫦娥が月へ奔(はし)る」という意味で、不老不死の薬を飲んで月へ飛び立った伝説を指しています。
中国では古くから、月には嫦娥が住んでいると信じられてきました。旧暦8月15日の中秋節には、月を眺めながら月餅を食べる習慣がありますが、これも嫦娥の物語と深く結びついているんですよ。
嫦娥の基本情報
- 別名:姮娥、常娥、月娘(げつじょう)
- 神格:月の女神、月精、仙女
- 住まい:月宮(広寒宮)
- 関連する行事:中秋節(旧暦8月15日)
系譜
嫦娥の家族関係について見ていきましょう。
まず、嫦娥の夫は后羿(こうげい)という弓の名手です。后羿といえば、空に10個の太陽が現れて大地を焼き尽くそうとしたとき、9つの太陽を射落として世界を救った英雄として有名ですね。
実は、嫦娥はもともと天界の仙女だったという説があります。地上に降りてきて后羿と出会い、恋に落ちて結婚したのです。ただし、地上に降りたことで不老不死の力を失ってしまいました。
古い記録を見ると、嫦娥の系譜にはいくつかの説があります:
嫦娥の出自に関する諸説
- 帝俊(ていしゅん)の妻・常羲(じょうぎ)と同一視する説
- 『山海経』には、月を生んだ女神・常羲の記述がある
- 古代中国語では「娥」と「羲」の発音が同じだった
- 帝嚳(ていこく)の妃・常儀と関連付ける説
- 月の満ち欠けを占うことで有名だった女性
- 「儀」と「娥」の音が似ていることから同一視された
どの説を取るにしても、嫦娥は天界と深い縁を持つ特別な存在だったことは間違いありません。
姿・見た目
嫦娥の姿は、どのように描かれているのでしょうか。
まず第一に、嫦娥は絶世の美女として知られています。その美しさは、天界でも地上でも並ぶ者がいないほどだったとか。長い黒髪に、優雅な衣装をまとい、月の光のような神秘的な輝きを放っていたと伝えられています。
嫦娥の外見的特徴
- 容姿:この世のものとは思えないほどの美貌
- 服装:流れるような天女の羽衣(はごろも)
- 雰囲気:月光のような柔らかく神秘的な輝き
しかし、ある伝承では衝撃的な変化が語られています。
『淮南子』という古い書物によると、嫦娥は不老不死の薬を飲んで月に逃げた後、なんと蟾蜍(せんじょ)、つまりヒキガエルの姿に変わってしまったというのです!美しい女神がカエルになるなんて、まるで罰を受けたかのようですね。
ただし、後の時代になると、月宮殿で美しい姿のまま暮らしているという話が主流になりました。唐の時代の詩人たちは、月で寂しく暮らす美女として嫦娥を描いています。
月での嫦娥の姿
- 美しい女性の姿を保っている説(主流)
- ヒキガエルに変身した説(古い伝承)
- 玉兎(ぎょくと)という白いウサギと一緒に暮らしている
特徴・役割

嫦娥にはどんな特徴や役割があるのでしょうか。
月の女神としての役割
嫦娥の最も重要な役割は、月を司る女神であることです。月の満ち欠け、月光の美しさ、すべて嫦娥が管理していると考えられてきました。
中国の民間信仰では、嫦娥は以下のような力を持つとされています:
嫦娥の持つ力と役割
- 美と若さの守護:永遠の美貌を保つ存在として、女性たちの憧れの的
- 恋愛成就の祈願対象:離れ離れになった恋人たちの守り神
- 運命の啓示:月を通じて人々の運命を示す
- 不老不死の象徴:永遠の命を得た存在として崇拝される
孤独な守護者
嫦娥の大きな特徴は、その永遠の孤独です。
月の宮殿「広寒宮(こうかんきゅう)」は、その名の通り「広くて寒い」場所。嫦娥はそこで、玉兎と呉剛(ごごう)という木こりだけを友として、永遠の時を過ごしているのです。
この孤独は、多くの詩人たちの心を捉えました。唐の詩人・李商隠(りしょういん)は「嫦娥」という詩で、月で後悔に苛まれる嫦娥の心情を詠んでいます。
文化的な影響
嫦娥は単なる神話の登場人物ではなく、中国文化に深い影響を与えた存在です:
- 中秋節の起源:月を愛でる習慣の始まり
- 月餅文化:嫦娥への供え物が起源という説
- 詩歌の題材:数え切れないほどの詩に登場
- 美の基準:理想的な美女の代名詞
神話

嫦娥にまつわる神話は、バージョンによって細部が異なりますが、主要な物語をご紹介しましょう。
嫦娥奔月(じょうがほんげつ)- 基本の物語
昔々、空に10個の太陽が現れ、大地は灼熱地獄と化しました。英雄・后羿は9つの太陽を射落とし、世界を救いました。
その功績により、西王母(せいおうぼ)という天界の女神から、不老不死の霊薬を2人分もらったのです。后羿は愛する妻・嫦娥と一緒に飲もうと、薬を大切に保管していました。
ところが、ここから物語は分かれます。
バージョン1:裏切りの嫦娥
最も古い説では、嫦娥は夫の留守中に薬を盗み飲みしてしまいます。
永遠の若さと美しさが欲しくなったのか、それとも天界での暮らしが恋しくなったのか。嫦娥は2人分の薬をすべて飲み干し、体が軽くなって月へと飛んでいきました。
しかし、夫を裏切った罪により、美しい姿はヒキガエルに変えられてしまったという悲劇的な結末です。
バージョン2:愛と犠牲の嫦娥
別の説では、嫦娥はもっと悲劇的なヒロインとして描かれます。
后羿の弟子の蓬蒙(ほうもう)という男が、師匠の留守を狙って霊薬を奪おうとしました。嫦娥は必死に抵抗しましたが、力では勝てません。薬を悪人に渡すくらいなら、と嫦娥は自ら薬を飲み込んでしまったのです。
体は月へと飛んでいき、后羿と永遠に離れ離れに。后羿は月に向かって妻の好物を供え、これが中秋節の始まりとなりました。
バージョン3:暴君から世界を救った嫦娥
さらに別の説では、后羿が力に溺れて暴君になってしまいます。
不老不死の薬を飲んだら、永遠に暴政が続いてしまう。人々を救うため、嫦娥は自己犠牲の精神で薬を飲み、月へ逃げました。怒った后羿は矢で嫦娥を射落とそうとしましたが、届きませんでした。
月での生活
月に着いた嫦娥を待っていたのは、想像を超える孤独でした。
広寒宮での暮らし
- 玉兎(ぎょくと):不老不死の薬を作り続ける白いウサギ
- 呉剛(ごごう):永遠に桂の木を切り続ける罰を受けた男
- 桂花樹(けいかじゅ):切っても切っても再生する不思議な木
嫦娥は美しい宮殿で、しかし誰とも心を通わせることなく、永遠の時を過ごすことになったのです。
出典・起源
嫦娥の物語は、いつ、どのように生まれたのでしょうか。
最古の記録
嫦娥に関する最も古い記録は、周(しゅう)の時代(紀元前1046年~256年)の占いの書『帰蔵(きぞう)』に見られます。そこには「嫦娥、月に奔る」という短い記述があるだけですが、すでにこの時代には嫦娥の基本的な物語があったことが分かります。
さらに詳しい記述は、戦国時代の『山海経(さんがいきょう)』や、前漢時代の『淮南子(えなんじ)』に登場します。
主要な文献と記述の発展
古代(紀元前)
- 『帰蔵』:最初の記録、簡潔な記述のみ
- 『山海経』:常羲(じょうぎ)として月を生む女神の記述
漢代(紀元前206年~220年)
- 『淮南子』:不老不死の薬を盗んで月へ逃げ、蟾蜍になった
- 『霊憲』(張衡):嫦娥の詳しい物語を記録
六朝時代(220年~589年)
- 『捜神記』:神託を求めて月へ向かう描写を追加
唐代(618年~907年)
- 李商隠の詩「嫦娥」:孤独と後悔の感情を詩的に表現
- この時代から美しい女性の姿で定着
名前の変遷
興味深いことに、嫦娥の名前も時代とともに変化しました:
- 姮娥(こうが):最も古い表記
- 嫦娥(じょうが):漢の文帝の諱(いみな)「恒」を避けて改名
- 常娥(じょうが):別表記として使用
この改名は、中国の避諱(ひき)という文化を示す良い例です。皇帝の名前と同じ字を使うことを避ける習慣があったんですね。
文化的背景
嫦娥の物語が生まれた背景には、古代中国の宇宙観があります:
- 陰陽思想:月は陰の象徴、女性的な存在
- 神仙思想:不老不死への憧れ
- 天人相関説:天界と人間界の密接な関係
これらの思想が組み合わさって、嫦娥という複雑で魅力的な女神像が生まれたのです。
まとめ
嫦娥の物語を通して、私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
嫦娥は、美しくも悲しい運命を背負った月の女神です。不老不死という究極の願いを叶えた代償として、永遠の孤独を手に入れてしまった。その姿は、人間の欲望と、それがもたらす結果について、深く考えさせてくれます。
嫦娥が教えてくれること
重要なメッセージ
- すべての選択には代償が伴う
- 永遠の命は必ずしも幸せではない
- 愛する人との時間こそが真の宝物
- 美しさと孤独は表裏一体
現代に生きる嫦娥
面白いことに、嫦娥の名前は現代でも生き続けています:
- 嫦娥計画:中国の月探査プロジェクトの名称
- 中秋節:家族団らんの大切な祝日として継承
- 文学・芸術:数多くの作品のモチーフ
- ポップカルチャー:アニメやゲームにも登場
1969年、アポロ11号が月面着陸する際、管制センターは宇宙飛行士たちに「美しい中国の女の子と大きなウサギに気をつけるように」とジョークを飛ばしました。4000年前から語り継がれる嫦娥の物語は、宇宙時代にも忘れられていないのです。
月を見上げるとき、そこに住む嫦娥のことを思い出してみてください。
永遠の美と引き換えに、愛する人を失った女神。
裏切り者なのか、犠牲者なのか、それとも英雄なのか。
答えは、月明かりの中で、それぞれの心が決めることなのかもしれません。
次の中秋節には、月餅を食べながら、家族や大切な人と一緒に過ごす時間の尊さを、改めて感じてみてはいかがでしょうか。嫦娥が永遠に失ってしまったその幸せを、私たちは今、手にしているのですから。


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