もし愛する子供たちを奪われたら、あなたはどうなってしまうでしょうか?
ギリシア神話には、そんな悲劇によって恐ろしい怪物へと変わってしまった美しい女性がいます。
その名は「ラミア」。神々の王ゼウスに愛されたがゆえに、嫉妬深い女神ヘラの呪いを受け、子供を食べる怪物になってしまったのです。
この記事では、愛と嫉妬が生んだ悲劇の怪物「ラミア」について、その恐ろしくも哀しい神話をご紹介します。
概要

ラミア(Lamia)は、ギリシア・ローマ神話に登場する悲劇の女怪です。
もともとはリビア(北アフリカ)の美しい女性、あるいは女王だったといわれています。その美貌によって、神々の王ゼウスに見初められて愛人となり、何人かの子供を産みました。
しかし、この関係がゼウスの正妻である女神ヘラの激しい嫉妬を招いてしまったんです。ヘラの呪いによって愛する子供たちを失い、さらに醜い怪物の姿に変えられてしまいました。
子供を失った悲しみと苦痛から、ラミアは他人の子供を襲って食べる怪物になってしまいます。後の時代には、美しい女性に化けて若い男性を誘惑し、その血を吸う吸血鬼のような存在としても恐れられるようになりました。
姿・見た目
ラミアの姿については、時代や伝承によってさまざまな描写があるんです。
最も有名な姿
- 上半身:美しい女性の顔と胸
- 下半身:蛇の体
- 全体:全身が鱗(うろこ)で覆われている場合もある
この半人半蛇の姿が、後世でラミアの代表的なイメージとなりました。まるで人魚の下半身が魚ではなく蛇になったような姿といえばイメージしやすいでしょうか。
別の伝承での姿
実は古い文献では、ラミアの姿はもっと恐ろしく描かれることもあります。
- 獣のような姿に変わり果てた女性
- 前脚が猫、後脚が牛という奇怪な姿
- 人間の美女に完全に化けることもできる
17世紀の動物誌では、なんと両性具有(男女両方の特徴を持つ)として描かれたこともあるんです。
取り外せる目
ラミアの最も不思議な特徴は、目を取り外せることです。ヘラによって眠りを奪われたラミアに、ゼウスが与えた能力だといわれています。休みたいときは目を外して容器に入れておき、必要なときに戻すことができるという、なんとも奇妙な能力なんですね。
特徴

ラミアは単なる怪物ではなく、複雑な能力と性質を持っています。
ラミアの恐ろしい能力
- 子供を食べる:他人の子供を見つけては襲って食べてしまう
- 変身能力:美しい女性の姿に化けることができる
- 誘惑の力:若い男性を魅了して虜にする
- 血を吸う:後の伝承では若者の新鮮な血を好む吸血鬼的存在に
- 幻術:豪華な屋敷や召使いまで幻で作り出せる
行動パターン
ラミアの行動には、深い悲しみが根底にあります。
昼間は洞窟などに潜み、夜になると活動を始めます。特に狙われるのは、幸せそうな母親の子供たち。これは自分が失った幸せへの嫉妬と恨みからくる行動だといわれています。
後の時代になると、美女に化けて若い男性に近づき、恋人のふりをして油断させてから、その血を吸ったり食べたりするようになりました。
悪臭のモチーフ
意外なことに、ラミアには悪臭が関連することがあるんです。古代の喜劇では「ラミアの睾丸の匂い」という表現が使われたり、ラミアが通った後には耐えがたい悪臭が残るという伝承もあります。
伝承
ラミアにまつわる神話や伝説は、悲劇から始まり、恐怖へと発展していきます。
悲劇の始まり
ラミアはリビアの女王として平和に暮らしていました。しかし、その美貌がゼウスの目に留まってしまいます。二人は恋に落ち、ラミアはゼウスとの間に何人かの子供を産みました。
この幸せは長く続きませんでした。ゼウスの正妻ヘラは、夫の浮気を知って激怒。ラミアへの復讐を始めたんです。
ヘラの呪い
ヘラの復讐は、想像を絶する残酷さでした。
まず、ラミアの子供たちを次々と殺してしまいます。さらに恐ろしいことに、ラミアが新しく子供を産むたびに、自分の手で殺すように仕向けたという説もあるんです。
それだけでは飽き足らず、ヘラはラミアから眠りまで奪いました。子供を失った悲しみから一瞬たりとも逃れられないようにしたのです。
怪物への変貌
絶望と狂気に駆られたラミアは、次第に心を失い、野蛮な怪物へと変わっていきました。他人の幸せな家庭を見ると激しい嫉妬に駆られ、その子供たちを襲うようになったんです。
古代ギリシアでは、母親たちが悪い子供をしかるときに「いうことを聞かないと、ラミアが来てバリバリ食べちゃうぞ」と脅し文句に使うほど、恐れられる存在になりました。
アポローニオスの退治伝説
紀元1世紀頃の有名な伝説があります。哲学者アポローニオスの弟子メニッポスが、美しい女性と恋に落ちました。しかし、その女性の正体はラミアだったんです。
結婚式の席で、アポローニオスはその正体を見破って宣言しました。すると、豪華な屋敷も召使いも、すべてが幻のように消えてしまいました。ラミアは若者を太らせてから食べるつもりだったと白状し、姿を消したといいます。
この話は「コリントスのラミア」として知られ、後にイギリスの詩人ジョン・キーツが詩にしたことでも有名になりました。
起源

ラミアという存在は、どこから生まれたのでしょうか。
ギリシア神話での起源
ラミアの起源として最も有名なのは、リビアの女王説です。彼女の父親は海神ポセイドンの息子ベロス、母親はリビュエー(リビアの語源となった女性)だとされています。
名前の由来は「貪欲」を意味するギリシア語「ラミュロス」から来ているという説や、「喉」や「食道」を意味する言葉から来ているという説があります。どちらも彼女の恐ろしい食欲を表しているんですね。
より古い起源
実は、ラミアのような存在は、ギリシア神話よりもさらに古い時代にさかのぼる可能性があります。
研究者の中には、メソポタミア神話の悪霊ラマシュトゥとの関連を指摘する人もいます。ラマシュトゥも子供を襲う女性の悪霊で、ラミアと共通点が多いんです。
各地への伝播
ラミア伝説は、ギリシア・ローマ世界から各地へ広がっていきました。
中世ヨーロッパでは、ラミアは魔女や吸血鬼の一種として恐れられました。聖書のラテン語訳では、ヘブライ語の「リリス」(アダムの最初の妻とされる悪霊)を「ラミア」と訳したこともあります。
さらに興味深いことに、中国の『白蛇伝』という有名な物語も、ラミア伝説が東洋に伝わって変化したものだという説もあるんです。蛇の精が人間の男性と恋をする話には、確かに共通点がありますね。
まとめ
ラミアは、愛と嫉妬が生んだギリシア神話の悲劇の怪物です。
重要なポイント
- もとはリビアの美しい女王だった
- ゼウスに愛されたことでヘラの嫉妬を受ける
- 子供を奪われ、怪物の姿に変えられる
- 上半身が女性、下半身が蛇の姿が有名
- 目を取り外すことができる奇妙な能力を持つ
- 子供を食べる怪物として恐れられた
- 後に若者を誘惑して血を吸う吸血鬼的存在にも
- 古代から中世まで長く語り継がれた
ラミアの物語は、単なる怪物譚ではありません。
愛する者を失った悲しみ、嫉妬の恐ろしさ、そして悲劇がさらなる悲劇を生む連鎖を描いた、深い意味を持つ神話といえるでしょう。
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