夜中に妙に生々しい夢を見て、朝起きたら疲れ切っていたことはありませんか?
中世ヨーロッパの人々は、それは夢の中に現れる美しい悪魔「サキュバス」の仕業だと信じていました。男性の夢に忍び込み、抗いがたい魅力で誘惑して、精気を奪っていくという恐ろしくも魅惑的な存在だったんです。
この記事では、キリスト教の伝承に登場する女性型の夢魔「サキュバス」について、その妖艶な姿や特徴、興味深い伝承を分かりやすくご紹介します。
概要

サキュバス(Succubus)は、ヨーロッパのキリスト教伝承に登場する女性型の悪魔で、夢魔の一種です。
ラテン語で「下に横たわる者」という意味があり、眠っている男性の夢に入り込んで誘惑するといわれています。
男性型の夢魔インキュバスと対になる存在で、サキュバスが男性を、インキュバスが女性を襲うという関係なんです。
面白いことに、サキュバスとインキュバスは実は同じ悪魔で、相手によって性別を変えているという説もあります。
中世の神学者トマス・アクィナスは、この二つの姿を使い分ける理由についても説明していて、とても興味深い存在なんですね。
姿・見た目
サキュバスの姿は、誘惑の悪魔にふさわしい魅力的な外見をしています。
サキュバスの外見的特徴
- 基本形態:美しい女性の姿
- 肌:浅黒い肌色
- 目:赤く光る瞳
- 特殊な部位:鳥のような爪や蛇の尾を持つことも
- 翼:コウモリのような翼(古い時代には魔女のような不気味な羽根)
- 変身能力:相手の理想の女性像に変身できる
美しさの裏の真実
実はサキュバスの美しさは幻影で、真の姿は醜い怪物だという説があります。どんなに完璧に変身しても、見破る方法があるんです。
それは足が鳥の爪になっていたり、臭い息をしていたりすること。これらは隠しきれない特徴だといわれています。
中世の初期には、今のような美しい姿ではなく、不気味な魔女のような姿で描かれることが多かったそうです。時代とともに、より魅惑的な存在として描かれるようになったんですね。
特徴

サキュバスには、普通の悪魔とは違う独特な特徴があります。
主な能力と行動
夢への侵入
サキュバスの最も恐ろしい能力は、眠っている人の夢に入り込むこと。相手が全く無防備な睡眠中を狙うという、なんとも卑劣な方法です。
誘惑と精気吸収
美しい姿と抗いがたい魅力で男性を誘惑し、精気を奪い取ります。繰り返し襲われると、犠牲者は健康を害し、最悪の場合は死に至ることもあるとか。
圧迫感をもたらす
サキュバスが夢に現れると、胸に圧力がかかったり、金縛りになったりして、とても苦しいといわれています。これは現代でいう睡眠麻痺の症状に似ていますね。
精液の収集
中世の伝承によると、サキュバスには恐ろしい目的があったんです。男性から精液を集めて、それをインキュバスの姿になって女性に注入し、悪魔の子(カンビオン)を産ませるというもの。なんとも複雑な方法ですね。
伝承
サキュバスにまつわる伝説は、ヨーロッパ各地に数多く残されています。
リリスとの関係
ユダヤの伝承によると、アダムの最初の妻リリスが、後にサキュバスになったといわれています。リリスはアダムと対等であることを主張して楽園を去り、大天使サマエルと結ばれたんです。
カバラの伝承では、リリス、エイシェト・ゼヌニム、アグラット・バット・マハラト、ナアマという4人の悪魔の女王がサキュバスの起源とされています。
教皇とサキュバス
驚くことに、11世紀の教皇シルウェステル2世(999-1003年)は、メリディアナというサキュバスと関係を持っていたという伝説があります。このサキュバスの助けで教会内での地位を高めたとか。死ぬ前に罪を告白して悔い改めたそうですが、なんとも衝撃的な話です。
魔女裁判での告発
15-17世紀の魔女裁判が盛んだった時代、魔女たちは必ずサキュバスやインキュバスと関係を持っているとされました。『魔女に与える鉄槌』(1486年)という本には、サキュバスに関する詳しい記述があります。
ある男性は、妻と友人の前でサキュバスと3回も関係を持つことを強制されたという恐ろしい話も残っています。
退治の方法
サキュバスから身を守る方法もいくつか伝わっています。
サキュバス対策法
- 枕元に牛乳を置く(精液と間違えて持っていくという)
- 十字架や聖母マリアへの祈り
- 告解(懺悔)をする
- 別の場所に移動する
- 悪魔払いの儀式(ただし効かないという説も)
特に牛乳を置くという方法は、ヨーロッパの一部地域で実際に行われていた風習だそうです。
起源

サキュバスという概念の起源は、とても古いものです。
古代メソポタミアのリル
最も古い記録は、紀元前2400年頃のシュメール王名表に登場するリルという悪魔です。女性を誘惑する男性型のリルと、男性を誘惑する女性型のリリトゥが存在し、これらが後のインキュバス・サキュバス伝説の原型になったと考えられています。
キリスト教への取り込み
4世紀の教父アウグスティヌスも、インキュバスやサキュバスの存在を認めていました。彼は「これらの悪魔の存在を否定するのは恥知らずだ」とまで言っています。
中世になると、堕天使の一種として位置づけられました。人間の女性への欲望のために天から堕ちた天使が、サキュバスやインキュバスになったという説もあるんです。
世界各地の類似伝承
サキュバスに似た存在は世界中にいます。
- アラビアの「カリーナ」
- 日本の夢魔
- 北欧の「マーラ」
- ギリシャの「エンプーサ」
これらの共通点から、睡眠中の不思議な体験が生み出した普遍的な存在なのかもしれません。
心理学的解釈
現代では、サキュバスの体験は睡眠麻痺(金縛り)や夢精といった生理現象で説明されています。中世の人々は、これらの説明のつかない現象を悪魔の仕業として理解しようとしたんですね。
禁欲的な生活を送るべき聖職者や修道士たちが、性的な夢や衝動に悩まされた時、それをサキュバスのせいにすることもあったようです。
まとめ
サキュバスは、人間の夢と欲望が生み出した女性型の悪魔です。
重要なポイント
- キリスト教に伝わる女性型の夢魔
- 美しい女性の姿で男性の夢に現れる
- 精気を奪い取って健康を害する
- インキュバスと対の存在(同一説も)
- リリスがサキュバスの起源という伝承
- 牛乳を枕元に置くという対策が存在
- 魔女裁判でよく言及された
- 睡眠麻痺や夢精の説明として生まれた可能性
サキュバスは単なる悪魔ではなく、人間の持つ欲望への恐れや、説明のつかない夜の現象への不安が生み出した存在なんです。
美しくも恐ろしい、誘惑と破滅の象徴として、今でも様々な物語や創作の中で生き続けているのかもしれませんね。
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