2025年9月現在、世界中の企業の63%がゼロトラストセキュリティを導入しています。
日本でも政府主導で急速に広まっているんです。なぜでしょうか?
サイバー攻撃がどんどん巧妙になり、在宅勤務も当たり前になった今、従来の「城壁型」セキュリティでは企業を守れなくなったからです。
この記事では、中学3年生でも理解できるように、ゼロトラストの基本から最新動向まで分かりやすく解説します。
ゼロトラストセキュリティとは何か

簡単な定義:「決して信頼せず、常に検証する」
ゼロトラストとは、誰も何も自動的に信頼せず、アクセスのたびに本人確認をするセキュリティの考え方です。
分かりやすい例え
従来のセキュリティ: 家に一度入れば、どの部屋にも自由に入れるシステム
ゼロトラスト: オフィスビルのように、各部屋に入るたびにIDカードをチェックするシステム
従来のセキュリティとの違い
従来の「城壁型」セキュリティ
- 会社のネットワークを城壁で囲む
- 中にいる人は信頼される
- VPN(仮想専用線)で社内に入れば自由にアクセス可能
- 問題点:一度侵入されると、中で自由に動き回られてしまう
ゼロトラストセキュリティ
- ネットワークの場所に関係なく、すべてのアクセスを検証
- 最小権限の原則:必要最小限のアクセス権だけを与える
- 継続的な検証:アクセス中も常に監視と確認を実施
専門機関による正式な定義
アメリカの標準技術研究所(NIST)によると:
「ゼロトラストは、静的なネットワーク境界から、ユーザー、資産、リソースに焦点を当てた防御へと移行する、進化するサイバーセキュリティの考え方」
難しく聞こえますが、要は「壁を作るだけでなく、一人一人をしっかり確認しよう」ということです。
ゼロトラストの歴史:なぜ生まれたのか

誕生の経緯
2009-2010年: アメリカのForrester Research社のジョン・キンダーバーグ氏がゼロトラストの概念を提唱しました。
「内部は安全」という考え方の危険性を指摘し、「もうソフトな中身はいらない」という論文を発表したんです。
なぜ必要になったのか
技術的な理由
- クラウドの普及
- データが社内から社外へ移動
- どこからでもアクセスできる時代に
- リモートワーク
- コロナ禍で在宅勤務が標準化(2020年以降)
- 会社の外から仕事をするのが当たり前に
- モバイルデバイス
- スマートフォンやタブレットから業務アクセス
- 個人の端末も仕事で使うように
- IoT機器の増加
- インターネットにつながる機器が爆発的に増加
- 冷蔵庫やエアコンまでネットワークに接続
セキュリティ上の理由
- 内部の脅威:従業員による情報漏洩事件が増加
- 高度な攻撃:ランサムウェア(身代金要求ウイルス)の被害拡大
- 巨額の損失:データ侵害の平均被害額が4億円以上(2025年)
重要な出来事
- 2014年:Googleが「BeyondCorp」プロジェクトを公開
- 2020年:アメリカ政府が公式ガイドラインを発行
- 2021年:アメリカ大統領令で連邦政府に採用を義務化
- 2025年:世界市場が約6.3兆円規模に成長
ゼロトラストの5つの基本原則

原則1:「決して信頼せず、常に検証する」
正当に見えても必ず本人確認を行います。
銀行窓口で、顔見知りのお客さんでも身分証明書を確認するのと同じです。
原則2:「侵害を前提とする」
すでにハッカーが侵入している可能性を想定して行動します。
お店で万引き犯がいる前提で防犯カメラを設置するようなものです。
原則3:「明示的に検証する」
以下の5つを必ず確認:
- 誰がアクセスしているか(本人確認)
- どこからアクセスしているか(場所)
- 何でアクセスしているか(機器の安全性)
- いつアクセスしているか(時間帯)
- 何にアクセスしようとしているか(目的)
原則4:「最小権限アクセス」
仕事に必要な最小限の権限だけを与えます。
ホテルの宿泊客に自分の部屋の鍵だけ渡し、他の部屋には入れないようにするイメージです。
原則5:「継続的な検証」
ログイン時だけでなく、作業中も継続的にチェックします。
空港で搭乗口でも再度パスポートを確認するのと同じです。
マイクロセグメンテーション(細かく区切る)
ネットワークを細かく区切って、各区画を個別に保護します。
家全体を1つの鍵で管理するのではなく、各部屋に個別の鍵をつけるようなもの。これで侵入されても被害を最小限に抑えられます。
4. ゼロトラストを構成する主要な技術
ZTNA(ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス)
VPN(仮想専用線)に代わる新しいリモートアクセス方式です。
- 従来のVPN:会社のネットワーク全体にアクセスできてしまう
- ZTNA:必要なアプリケーションだけにアクセスを制限
- メリット:より安全で、速度も改善、管理も簡単に
SASE(サシー:セキュア・アクセス・サービス・エッジ)
ネットワーク機能とセキュリティ機能をクラウドで統合して提供するサービスです。
含まれる機能:
- ネットワーク管理
- Webアクセスの安全確保
- クラウドアプリの保護
- ファイアウォール(防火壁)
- データ漏洩防止
2025年の市場規模は約3.75兆円。2027年までに年率29%で成長予測されています。
IAM(アイデンティティ・アクセス管理)
誰が何にアクセスできるかを管理する仕組みです。
主な機能:
- 多要素認証(MFA):パスワード+指紋認証など、複数の方法で本人確認
- シングルサインオン(SSO):1回のログインで複数のアプリが使える
- 特権アクセス管理(PAM):管理者権限を厳しく管理
- 適応型認証:リスクに応じて認証の厳しさを変える
ゼロトラストの導入方法:5つのステップ

ステップ1:評価と計画(3〜6ヶ月)
まず現状を把握します。
- 守るべき重要な情報は何か
- 今のセキュリティはどうなっているか
- ビジネスに何が必要か
ステップ2:基盤作り(6〜12ヶ月)
基本的な仕組みを整えます。
- 多要素認証を全社導入
- ID管理システムの実装
- デバイス管理の開始
ステップ3:試験運用(3〜6ヶ月)
限られた人数でテストします。
- 小さなグループで試す
- フィードバックを集める
- 成果を測定する
ステップ4:段階的な展開(12〜24ヶ月)
徐々に範囲を広げます。
- 他のグループへ拡大
- 高度な機能を追加
- 古いシステムとの統合
ステップ5:最適化(継続的)
常に改善を続けます。
- 継続的な監視
- AIを活用した自動化
- 定期的な評価と改善
メリットとデメリット
メリット
セキュリティ面
- 被害の削減:平均400万円以上のコスト削減
- 攻撃の阻止:ネットワーク内での攻撃者の移動を防ぐ
- 早期発見:脅威の検出時間を数ヶ月から数時間に短縮
ビジネス面
- 投資収益率:5年間で351%のリターン
- 生産性向上:パスワード不要でユーザーの利便性アップ
- 規制対応:各種法規制の要件を満たせる
- リモートワーク:安全な在宅勤務が実現
デメリット・課題
実装の複雑さ
- データの流れを完全に理解する必要がある
- 古いシステムとの統合が難しい
- 大企業では導入に5〜12年かかることも
コスト面
- 初期投資が高額
- 継続的な運用コストも発生
- 専門知識を持つ人材が不足
組織的な課題
- 企業文化の変革が必要
- 88%の情報セキュリティ責任者が「導入に重大な課題あり」と報告
- ユーザーの抵抗や学習に時間がかかる
成功事例:日本と海外の企業

日本企業の事例
NTTデータ
- 規模:15万人以上のグローバル従業員
- 成果:30日で5万人に展開(最速記録)
- VPN不要で生産性が向上
住友商事
- Microsoft 365を全社導入
- 150以上のサーバーをクラウドに移行
- 世界中で統一されたID管理を実現
大和証券
- 19,000台の端末を2ヶ月で移行
- 段階的アプローチでスムーズに実現
LIXIL
- 25,000人の従業員がVPNの混雑なしでリモートワーク
- Akamaiのソリューションを導入
海外企業の事例
Microsoft(自社実装)
- 規模:20万人以上、75万台以上のデバイス
- 成果:98%の作業をインターネット経由で可能に
- パスワードレス認証を全社導入
アメリカ国防総省
- 予算:約2.2兆円(2025年度)
- そのうち約1,500億円をゼロトラスト専用に
- 2027年までに基本的なゼロトラストを実現予定
主要なベンダーとソリューション
グローバル企業
Microsoft
- Entra ID、Defender、Intuneなどの製品群
- Azureとの統合、パスワードレス認証が特徴
- Forresterでリーダー評価
Google(BeyondCorp Enterprise)
- 10年以上の社内実装経験
- エージェント不要で使いやすい
- 200カ国以上で利用可能
Cisco
- Duo(多要素認証)、Umbrella(DNS保護)など
- 300人以上の研究者による脅威分析
Okta
- アイデンティティ基盤のゼロトラスト
- 年間30億以上の攻撃をブロック
- 投資収益率211%を実現
Zscaler
- 1日500兆以上のトランザクション処理
- Fortune 500企業の40%が利用
- AIによるリアルタイム分析
日本企業
NTTグループ
- 50カ国以上での運用実績
- グローバルなITサービスを提供
NEC
- 生体認証のリーダー
- 5Gネットワークとの統合
富士通
- レガシーシステムとの統合に強み
- Microsoftとの連携強化
トレンドマイクロ
- 2024年に42%の利益増加
- 日本語対応と国内規制への適合性
2024〜2025年の最新トレンド

市場の成長
- 2025年市場規模:約6.3兆円
- 2029年予測:11.7〜24兆円
- 成長率:年率16〜17%
AIとゼロトラストの関係
AIがゼロトラストを強化
- 行動分析:5,360億件以上の通信をAIで分析
- リスク評価:リアルタイムで危険度を判定
- 自動対応:脅威を自動的に封じ込め
- 未知の脅威:新しい攻撃パターンを発見
ゼロトラストがAIを保護
- AIモデルへのアクセス制御
- 学習データの保護
- AIの出力を監視
生成AIの新たなリスク
- プロンプトインジェクション攻撃(AIへの不正な指示)
- モデルの盗難
- データの汚染
- AIを使った巧妙なフィッシング
量子コンピュータへの対策
量子コンピュータは今の暗号を簡単に破れる可能性があります。
対策のタイムライン:
- 2030年:現在の暗号方式を非推奨に
- 2035年:完全に使用禁止
Cloudflareはすでに通信の35%を量子耐性化しています。
日本での普及状況と政府の方針
政府の取り組み
経済産業省の戦略(2025年3月)
- サイバーセキュリティ市場を10年で0.9兆円から3兆円以上に
- スタートアップ支援
- 国産ソリューションの推進
能動的サイバー防御法(2025年5月成立)
- 2027年11月までに施行予定
- 官民連携の強化
- サイバーセキュリティ官の新設
重要インフラへの義務化(2026年予定)
- 金融庁が177項目のルール発行
- 銀行、保険、決済事業者に義務化
- 15の重要インフラが対象
日本市場の特徴
市場規模
- 2025年:103.4億円
- 2030年予測:172億円(年率10.73%成長)
促進要因
- 政府の投資増加
- 義務的なガイドライン
- AI攻撃の増加
- 東京証券取引所の開示規則
課題
- サイバー人材の不足
- 保守的な企業文化
- 古いシステムとの統合
中小企業向けの導入方法

手頃な価格のソリューション
クラウドサービス
- Microsoft 365 Business Premium:月額約1,500円/ユーザー
- Google Workspace Security:使いやすい管理機能
- Okta Identity Cloud:規模に応じた価格設定
- NordLayer:低価格から利用可能
段階的な導入
第1段階(3〜6ヶ月)
- 多要素認証の導入
- クラウドID管理の開始
- コスト:月額1,500〜3,000円/ユーザー
第2段階(6〜12ヶ月)
- エンドポイントセキュリティ
- デバイス管理の実装
第3段階(12〜18ヶ月)
- ネットワーク分割
- アプリケーション保護
政府の支援プログラム
経済産業省
- IT導入補助金:セキュリティツール導入への財政支援
- サイバーセキュリティ支援サービスリスト:承認済みベンダー一覧
- 人材育成プログラム:トレーニング支援
IPA(情報処理推進機構)
- 中小企業向けガイドライン
- 評価ツールとテンプレート
- インシデント対応支援
成功のポイント
- 外部パートナー:専門家と連携する
- 段階的アプローチ:最もリスクの高い部分から開始
- 長期計画:2〜3年のロードマップを作成
- ビジネス重視:技術よりビジネス目標に焦点
よくある誤解と注意点
5つの主要な誤解
誤解1:「ゼロトラストは製品を買えば完成」
真実:戦略的なフレームワークであり、単一の製品ではありません。複数の技術と組織変革が必要です。
誤解2:「何も信頼しないこと」
真実:検証後は信頼します。「決して信頼せず、常に検証する」が正しい理解です。
誤解3:「VPNを置き換えればOK」
真実:VPNの置き換えは一部分。データ保護やエンドポイントセキュリティも必要です。
誤解4:「大企業だけのもの」
真実:中小企業向けの手頃なソリューションも存在。規模に応じた実装が可能です。
誤解5:「ユーザーには不便」
真実:適切に実装すれば、むしろ便利になります。パスワードレスでスムーズなアクセスが実現します。
よくある失敗パターン
- 大規模すぎる開始:全社一斉導入は失敗のもと
- ユーザー教育の軽視:35%が運用で失敗
- 技術だけに焦点:プロセスとポリシーも重要
- 資産の把握不足:すべての資産を把握してから開始
- レガシー無視:古いシステムとの統合を計画的に
成功の鍵
- 継続的な改善:ゼロトラストは旅であり、目的地ではない
- 経営層の支援:長期投資へのコミットメントが必要
- 段階的実装:重要資産から徐々に展開
- ユーザー中心:セキュリティと生産性のバランス
- 文化変革:技術導入前に組織文化を変える
まとめ:2025年のゼロトラストセキュリティ
ゼロトラストセキュリティは、もはや選択肢ではなく必須のセキュリティアプローチになりました。
日本では政府主導で急速に普及が進み、2026年には重要インフラでの義務化も始まります。
なぜ必要か
- サイバー攻撃の高度化(年間被害額が数百億円)
- リモートワークとクラウドの普及
- 従来のセキュリティの限界
どう導入するか
- 小さく始めて大きく展開
- アイデンティティ管理から開始
- ユーザー体験を重視
- 継続的な改善
期待される効果
- セキュリティ侵害を50%削減
- 5年間で投資収益率351%
- 安全なリモートワーク
- 法規制への対応
今すぐ始められること
- 多要素認証の導入:最も基本的で効果的
- 資産の棚卸し:守るべきものを明確に
- 権限の見直し:最小限の権限に
- 教育の実施:従業員の意識向上
- 専門家への相談:適切なパートナー選び
ゼロトラストは、デジタル時代の競争力と信頼性を支える基盤です。
中小企業も含めて、今すぐ検討を始めることが重要です。適切な計画と段階的な実装により、セキュリティを強化しながらビジネスの成長を実現できるでしょう。
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