キリンの「氷結」を手に取ったことはありますか?
あのキラキラと輝く独特な缶。実は、NASAの航空宇宙工学研究から生まれた技術なんです。
ダイヤカット缶は、PCCP(擬似円筒凹多面体)シェル構造という難しそうな名前の技術を使った革新的な飲料容器です。見た目が美しいだけでなく、通常の缶と比べて3倍の強度を持ちながら、30%も軽いという驚きの性能を実現しています。
東洋製罐が商業化に成功し、現在までに70億缶以上が販売されました。特にキリンの「氷結」シリーズで採用され、その独特な形状は日本初の飲料缶の立体商標として登録されるまでになりました。
ダイヤカット缶の本質:破壊から生まれた強さ

逆転の発想が生んだ技術
1960年代後半、NASAラングレー研究センターの三浦公亮博士は、超音速航空機の研究をしていました。
その中で、驚くべき発見をします。
「破壊された」構造が、実際には外力に対してより強い。
この逆説的な現象を応用して、擬似円筒凹多面体シェルという構造を開発したのです。
11角形が作る強さの秘密
ダイヤカット缶を輪切りにすると、11角形になっています。
缶の表面には三角形を組み合わせたダイヤモンド型のパターンが配置されていますが、これは単なる装飾ではありません。トラス構造と呼ばれる、橋やタワーにも使われる強固な構造なんです。
この幾何学的パターンが応力を効果的に分散させ、驚異的な強度を実現しています。
開けると変身する缶
ダイヤカット缶の最も面白い特徴は、開缶時にパターンが劇的に現れることです。
炭酸飲料の場合:
- 未開封時:内部のCO2圧力で缶が膨張し、パターンが目立たない
- 開缶時:圧力が解放され、パターンが鮮明に浮かび上がる
この「変身」する体験が、消費者に驚きと楽しさを提供しています。
製造技術:東洋製罐の挑戦
商業化への道のり
1980年代初頭、東洋製罐の研究開発部門がPCCPシェル技術の可能性に着目しました。
最初の試みは失敗続きでした。3ピース缶(上下と側面が別々)での製造は、継ぎ目の品質問題で断念。
しかし、2001年に同社が開発したTULC(東洋究極缶)技術により、継ぎ目のない2ピース缶での製造が可能になりました。
驚異の生産スピード
現在の製造能力は毎分1,600缶という高速生産を実現しています。
製造には:
- 専用の精密金型(サブミリメートル単位の精度)
- スチール缶(コーヒー用)とアルミ缶(炭酸飲料用)の両方に対応
- 東洋製罐が複数の特許を保有し、実質的に独占製造
日本市場での大成功
キリン氷結:70億缶の記録
2001年7月、キリンビールが「氷結」(当初は「氷結果汁」)を発売しました。
ダイヤカット缶を採用した最初の大規模商品であり、最も成功した事例です。
驚異的な販売実績:
- 2018年までに250ml換算で1,300億本
- 累計販売数70億缶以上
キリンは成功の要因として「視認性の高いダイヤカット缶容器」を挙げています。
日本初の立体商標
2016年、氷結のダイヤカット缶は日本初の飲料缶の立体商標(登録第6127292号)として認められました。
消費者調査では、缶の形状だけでブランドを認識できる高い識別性が証明されています。
その他の採用事例
- キリンFIRE:スチール製ダイヤカット缶でホット飲料にも対応
- コカ・コーラ(2024年):ジョージアコーヒーの一部で軽量缶技術を採用
五感で感じる価値

見て、触って、感じる体験
ダイヤカット缶は単なる容器を超えたマルチセンサリー体験を提供します。
視覚的効果:
- アルミニウムの光沢面からの光の反射
- 「きらきらと輝く」効果で店頭での視認性が大幅向上
触覚的効果:
- ダイヤモンドパターンが優れたグリップ性を提供
- 結露した状態でも滑りにくい
消費者の声(2018年キリン調査)
- 「表面の凹凸が氷を連想させ、冷たく美味しく感じる」
- 「きらきらした缶が明るく爽やかな印象で好き」
デザインが味覚や温度の知覚にまで影響を与えることが分かりました。
プレミアム価値の創出
NASA由来の技術という物語性は、ブランドに科学的信頼性と革新性のイメージを付与します。
「破壊から創造へ」というコンセプトは、技術の深みと哲学的な側面を伝えています。
結果として、ダイヤカット缶製品は通常缶より15~30%高い価格でも売れています。
環境への貢献
30%軽量化の意味
ダイヤカット缶の最も重要な環境貢献は、同じ強度で30%のアルミニウム削減です。
アルミニウムの精錬には莫大なエネルギーが必要:
- 1トンあたり17,000kWhの電力
- 材料削減は直接的にCO2排出量を削減
- 軽量化により輸送時の燃料消費も削減
無限にリサイクル可能
アルミニウムは無限にリサイクル可能な素材です。
驚くことに、現在までに生産されたアルミニウムの75%が今も使用されています。
ダイヤカット缶もこの特性を完全に維持しています。
経済的なメリット
コスト構造の革新
製造コスト比較(1缶あたり):
- 通常のアルミ缶:0.12~0.25ドル
- ダイヤカット缶:0.10~0.20ドル(材料削減により)
特殊加工費を考慮しても、競争力のあるコスト構造を実現しています。
飲料メーカーの三重のメリット
- 材料費の削減:アルミニウム使用量30%削減
- 輸送コストの低減:軽量化による燃料費削減
- プレミアム価格の実現:15~30%高い販売価格
驚異的な性能
通常缶との違い
パネリング強度:
- ダイヤカット缶は通常缶の3倍の強度
- 水深換算で30メートルの水圧に耐える(通常缶は15メートル)
- 壁厚を20%薄くしても同等の強度を維持
構造の違い
通常の円筒形缶:
- 単純な曲面で構成
- 応力が集中しやすい
ダイヤカット缶:
- 三角形のトラス構造
- 応力を効率的に分散
- 予測可能な変形パターン
技術仕様まとめ
項目 | 通常缶 | ダイヤカット缶 |
---|---|---|
強度 | 基準値 | 3倍 |
重量 | 基準値 | 70%(30%削減) |
耐圧深度 | 15m | 30m |
断面形状 | 円形 | 11角形 |
製造速度 | – | 毎分1,600缶 |
リサイクル性 | 100% | 100% |
国際展開の現状と将来
なぜ日本中心なのか
現在、ダイヤカット缶は主に日本市場に限定されています。
理由:
- 東洋製罐による製造技術の独占
- キリンによる立体商標の保護
- 海外市場でのプレミアム缶需要の相対的な低さ
海外進出の兆し
2023年、キリン氷結がオーストラリア市場に進出しました。
環境意識の高まりと持続可能な包装への需要増加により、今後は欧米市場でも採用が進む可能性があります。
まとめ:包装技術革新の成功例
ダイヤカット缶は、基礎科学研究から商業応用への成功例として、包装業界における革新の模範を示しています。
達成した4つの価値:
- 消費者体験の向上:五感に訴える体験設計
- ブランド差別化:立体商標による独自性
- 環境負荷の削減:30%の軽量化
- 経済合理性:コスト削減とプレミアム価格の両立
実績が証明する価値:
- 70億缶を超える販売実績
- 19年以上の市場実績
- 日本初の飲料缶立体商標
NASA の航空宇宙技術から生まれ、日本で花開いたこの技術は、今後グローバルな環境課題の解決に貢献する可能性を秘めています。
「破壊から創造へ」という逆転の発想が生んだダイヤカット缶。
次に氷結を手に取るときは、その缶に込められた技術とストーリーを感じてみてください。
コメント