もし大切にしていた人形の髪の毛が、勝手に伸び始めたらどう思いますか?
北海道の萬念寺(まんねんじ)には、100年以上も髪が伸び続けている不思議な人形があるんです。
亡くなった幼い少女の魂が宿ったといわれる「お菊人形」。
この記事では、日本で最も有名な髪が伸びる人形「お菊人形」について詳しくご紹介します。
お菊人形ってどんな人形?

お菊人形は、北海道岩見沢市の萬念寺に祀られている、髪の毛が伸び続ける日本人形です。
この人形には、大正7年(1918年)に起きた悲しい出来事が関係しています。
当時17歳だった鈴木永吉という青年が、3歳の妹・菊子のために買ってあげた人形なんです。
しかし、菊子はわずか1年後に亡くなってしまい、その後、人形の髪が伸び始めたといわれています。
長い間、地元だけで知られていたこの不思議な人形は、1962年2月3日の『週刊女性』で紹介されたことで、全国的に有名になりました。
今では日本の怪談や都市伝説を語る上で欠かせない存在となっているんですね。
100年以上も髪が伸び続ける人形…一体どんな姿をしているのでしょうか?
姿・見た目
お菊人形の不思議な外見の変化
お菊人形は、もともとは普通の日本人形でした。
購入当時の姿(1918年)
- 髪型:おかっぱ頭
- 特徴:胸を押すと音が鳴る仕掛け
- サイズ:普通の日本人形サイズ
- 顔:愛らしい少女の顔
現在の姿
- 髪の長さ:肩を越える長さまで伸びている
- 髪質:本物の人毛のような質感
- 顔:変わらず愛らしい表情
- 保存状態:きれいに保管されている
最も驚くべき変化は、もちろん髪の長さです。最初はおかっぱだった髪が、今では肩より下まで伸びているんです。
この髪は定期的に切られているという話もありますが、それでもまた伸びてくるといわれています。
なぜ人形の髪が伸びるのか…その不思議な特徴とは?
特徴
お菊人形の不思議な現象と管理
お菊人形には、科学では説明できない不思議な特徴があります。
髪が伸び続ける現象
- 伸びる速度:ゆっくりだが確実に伸びる
- 髪の質:人毛のような自然な髪
- 切っても伸びる:定期的に整えられても再び伸びる
霊的な解釈
菊子の霊が宿っているとされる理由:
- 菊子が生前とても大切にしていた
- 亡くなった後から髪が伸び始めた
- 家族が「菊子の魂が乗り移った」と信じた
現在の管理状況
- 場所:萬念寺で大切に保管
- 供養:永代供養されている
- 見学:一般公開されている時期もある
- 扱い:聖なるものとして丁重に扱われる
科学的な説明の試み
一部では、髪が伸びる現象について科学的な説明も試みられています。
湿度や温度の変化で髪が伸縮して見える、という説もありますが、100年以上も伸び続けていることは説明できません。
この不思議な人形には、どんな悲しい物語があるのでしょうか?
伝承
お菊人形の悲しい物語と有名になった経緯
お菊人形には、涙なしには語れない物語があります。
菊子と人形の出会い(1918年)
大正7年、北海道の鰊(にしん)漁で栄えていた小樽に、鈴木永吉という17歳の青年がいました。永吉は札幌の狸小路商店街で、3歳の妹・菊子のために可愛い人形を買ってあげたんです。
菊子はその人形をとても気に入り、毎日一緒に寝るほど大切にしていました。人形に名前をつけて話しかけ、まるで妹のように可愛がっていたそうです。
悲劇と不思議な現象(1919年)
しかし翌年1月4日、菊子は風邪が原因で急死してしまいました。わずか3歳という幼さでした。
- 人形は棺に入れ忘れられた
- 遺骨と一緒に仏壇に飾られた
- しばらくすると髪が伸び始めた
- 家族は「菊子の霊が宿った」と信じた
萬念寺への奉納(1938年)
昭和13年、鈴木家は樺太(現在のサハリン)に移転することになりました。人形を持っていくことができなかったため、萬念寺に預けることに。戦後、永吉は人形を正式に萬念寺に納め、永代供養を頼んだんです。
全国的な有名になる(1962年)
1962年2月3日、『週刊女性』が「髪が伸びる人形」として大きく取り上げ、全国的に有名になりました。
100年以上も髪が伸び続ける人形…その意味とは?
まとめ
お菊人形は、愛情と悲しみが生んだ不思議な現象として、今も多くの人々の心を捉えています。
重要なポイント
- 北海道岩見沢市の萬念寺に祀られている
- 大正7年(1918年)に鈴木永吉が妹の菊子に買った人形
- 菊子は翌年1月4日に3歳で急死
- その後髪が伸び始めた不思議な現象
- おかっぱ頭が肩を越える長さまで伸びた
- 1962年の週刊女性で全国的に有名に
- 菊子の霊が宿っていると信じられている
- 現在も永代供養されている
お菊人形は、幼くして亡くなった少女の魂が、大切にしていた人形に宿り続けているという、悲しくも不思議な物語です。
科学では説明できない現象が、この世には確かに存在することを教えてくれる貴重な存在といえるでしょう。
コメント