伊勢神宮を訪れたことがある方なら、「外宮」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
正式名称は「豊受大神宮」といい、ここに祀られているのが豊受大神です。
天照大御神に次ぐ重要な神様として、1500年もの間、毎日欠かさず神様に食事を捧げる神事が続けられています。
でも、この豊受大神って一体どんな神様なのでしょうか?
この記事では、豊受大神の正体、伝説、そして今も続く神秘的な神事について紹介します。
豊受大神とは
豊受大神は、食物・穀物を司る女神です。
読み方は「とようけのおおかみ」または「とようけのおおみかみ」。
名前の「トヨ」は豊かさを表し、「ウケ」は食べ物を意味しています。
つまり「豊かな食べ物の神様」という意味なんですね。
伊勢神宮外宮の主祭神として知られ、天照大御神の「御饌都神」(みけつかみ=食事を司る神)を務めています。
衣食住をはじめ、あらゆる産業の守護神としても信仰されてきました。
古事記によれば、豊受大神は和久産巣日神の子とされています。
日本書紀には登場しませんが、伊勢神宮の重要な神様として古くから崇敬されてきました。
伊勢神宮外宮と豊受大神
伊勢神宮は、内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)の2つの正宮を中心とする125の社から成り立っています。
外宮は三重県伊勢市の中心部、JR・近鉄伊勢市駅から徒歩5〜6分ほどの場所にあります。
内宮の天照大御神が約2000年前に鎮座したのに対し、外宮の豊受大神が伊勢に迎えられたのは約1500年前のことです。
参拝の順序は「外宮先祭」といって、まず外宮を参拝してから内宮へ向かうのが正式な作法とされています。
これは、天照大御神の食事を司る豊受大神を先に祀るという意味があるんです。
丹波国から伊勢への遷座
豊受大神は、もともと丹波国(現在の京都府北部)で祀られていた神様でした。
外宮の社伝『止由気宮儀式帳』によると、雄略天皇の時代のこと。
雄略天皇の夢に天照大御神が現れて、こう告げたといいます。
「一人では食事も安らかにできない。丹波国の比治の真奈井にいる御饌都神、等由気大神を私のもとに呼び寄せてほしい」
天照大御神からの神託を受けた雄略天皇は、丹波国から豊受大神を伊勢の地に迎え入れました。
これが外宮の始まりとされています。
ちなみに、丹波国の「比治の真奈井」は現在の京都府宮津市あたりと考えられています。
この地には今も真名井神社があり、豊受大神ゆかりの聖地として知られています。
天女伝説と豊受大神
豊受大神には、不思議な天女伝説が伝わっています。
『丹後国風土記』によると、こんな話があります。
丹後国の比治山の頂上にある真奈井という泉で、8人の天女が水浴びをしていました。
そこへ麓に住む老夫婦がやってきて、1人の天女の羽衣を隠してしまったのです。
羽衣がなければ天に帰れません。
天女は仕方なく老夫婦の家に身を寄せることになりました。
天女は万病に効くという霊酒を造る技術を持っていました。
その酒を造って売ると、老夫婦はみるみるうちに裕福になっていきました。
ところが、です。
豊かになった老夫婦は欲深くなり、天女を邪魔者扱いして家から追い出してしまったのです。
なんとも恩知らずな話ですよね。
追い出された天女は各地を転々としたのち、奈具の村(現在の京丹後市)に安住の地を見つけました。
この天女こそが豊宇賀能売命、すなわち豊受大神だったと伝えられています。
この伝説から、豊受大神は農業や酒造の技術を人々に伝えた神様としても信仰されてきました。
1500年続く日別朝夕大御饌祭
外宮で最も重要な神事が「日別朝夕大御饌祭」です。
これは毎日朝夕の2回、天照大御神をはじめとする神々に食事を捧げる神事。
豊受大神が伊勢に鎮座して以来、約1500年間、一日も欠かすことなく続けられてきました。
伊勢湾台風の暴風雨の中でも、戦時中の空襲下でも、この神事は途切れることがありませんでした。
まさに途方もない歴史です。
神事の時間は、夏期(4月〜9月)は朝8時と夕方4時、冬期(10月〜3月)は朝9時と夕方3時。
前日から斎館に籠って心身を清めた神職たちが、まず忌火屋殿で古代の方法で火を起こします。
木と木を擦り合わせて火を熾すんです。
水は上御井神社の井戸から長い柄杓で汲み上げます。
このとき、水面に自分の姿が映らないよう注意しながら汲むのだそうです。
神饌の内容は、蒸した御飯3盛、御塩、干鯛、鰹節、海藻、野菜、果物、清酒3献など。
これらはすべて神宮の敷地内で自給自足されたものです。
興味深いのは、中国から伝わった野菜は使わないこと。
お皿からはみ出るような大きな野菜や果物も献上されません。
しかも、神饌を盛る器は素焼きの土器で、一度使ったら土に埋めて戻すというから驚きです。
まさに究極のサステナブルですね。
運が良ければ、参拝時にこの神事の様子を目にすることができるかもしれません。
白い装束を着た神職たちが参道を横切る姿は、とても厳かで美しいものです。
豊受大神と稲荷神の関係
豊受大神は、稲荷神として知られる宇迦之御魂神と同一視されることがあります。
どちらも穀物・食物を司る女神で、名前の「ウケ」と「ウカ」は同じ語源だと考えられています。
実際、全国の稲荷神社の中には豊受大神を祀るところも少なくありません。
伏見稲荷大社に伝わる祝詞『稲荷大神秘文』にも豊受大神の名が記されており、両神の深い繋がりが窺えます。
伊勢神道における豊受大神
中世に外宮の神職・度会家行が唱えた伊勢神道(度会神道)では、豊受大神に特別な位置づけが与えられました。
伊勢神道によると、豊受大神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、国常立神(くにのとこたちのかみ)と同一神とされています。
これらはいずれも、この世に最初に現れた根源的な神様です。
つまり、豊受大神は単なる食物の神様ではなく、宇宙の根源そのものだというわけです。
度会神道では、外宮は内宮よりも上位であると主張されました。
もっとも、これは外宮の神職による主張であって、公式には内宮の天照大御神が神宮の中心とされています。
でも、外宮の神職たちが豊受大神をそれほど尊崇していたことがわかりますね。
まとめ
豊受大神について、重要なポイントをまとめておきましょう。
- 食物・穀物を司る女神で、天照大御神の御饌都神
- 伊勢神宮外宮の主祭神として約1500年前に丹波国から遷座
- もともとは丹波国で祀られていた農業・酒造の神
- 天女伝説が『丹後国風土記』に伝わる
- 日別朝夕大御饌祭が1500年間、一日も欠かさず続けられている
- 稲荷神(宇迦之御魂神)と同一視されることもある
- 伊勢神道では宇宙の根源神とされる
豊受大神は、私たちの「食」を支える神様です。
毎日の食事が当たり前のように食卓に並ぶ現代ですが、その豊かさに感謝する心を忘れないようにしたいものですね。
伊勢神宮を訪れる機会があれば、ぜひ外宮にも足を運んでみてください。
1500年続く祈りの空気を、きっと感じ取れるはずです。

