「嘘をついてはいけない」「約束は守るべき」——私たちは当たり前のようにこうした道徳を受け入れています。
でも、ふと立ち止まって考えてみてください。
なぜ嘘はダメなのでしょうか?
なぜ約束を破ると後ろめたく感じるのでしょうか?
こうした「なぜ?」を徹底的に突き詰めていく学問、それが倫理学です。
この記事では、倫理学とは何か、どんな分野があるのか、歴史的にどのような議論がなされてきたのかを、できるだけわかりやすく解説していきます。
倫理学ってそもそも何?
倫理学は、道徳や人間の行為について研究する哲学の一分野です。
英語では「Ethics」、ギリシャ語の「エーティケー(ηθική)」が語源で、「習慣」や「性格」を意味する言葉に由来しています。
ざっくり言えば、倫理学が扱うのはこんな問いです。
- 人はどう生きるべきか?
- 何が正しくて、何が間違っているのか?
- 善い行いとは何か?
- 幸福な人生とは?
「道徳」と「倫理」は似たような意味で使われることが多いですが、厳密には少し違います。
道徳が「実際に社会で守られているルールや規範」を指すのに対し、倫理学はそのルールの根拠や正当性を問う学問なんですね。
たとえば「人を殺してはいけない」という道徳があります。
倫理学は、「ではなぜ殺してはいけないのか?」「どんな状況でも絶対にダメなのか?」といった根本的な問いを探求するわけです。
倫理学の3つの分野
現代の倫理学は、大きく3つの分野に分けられます。
それぞれ扱う問題のレベルが違うので、順番に見ていきましょう。
1. 規範倫理学——「どう行動すべきか」のルールを探る
規範倫理学は、人が守るべき道徳的原則を明らかにしようとする分野です。
「正しい行為とは何か?」「どんな基準で善悪を判断すればいいのか?」といった問いに、一般的な原理やルールの形で答えを出そうとします。
後で詳しく紹介しますが、「帰結主義」「義務論」「徳倫理学」といった有名な理論は、すべてこの規範倫理学の領域に属しています。
2. 応用倫理学——現実の問題に倫理を適用する
応用倫理学は、具体的な社会問題に対して倫理的な分析を行う分野です。
抽象的な原則を考えるだけでなく、実際の場面で「どうすべきか」を検討します。
たとえば以下のような領域があります。
- 生命倫理学:中絶、安楽死、臓器移植
- 環境倫理学:環境保護、動物の権利
- ビジネス倫理学:企業の社会的責任、内部告発
- 情報倫理学:プライバシー、AI倫理
近年は自動運転車の判断アルゴリズムなど、テクノロジーと倫理の交差点が注目されています。
3. メタ倫理学——「道徳とは何か」を問う
メタ倫理学は、道徳そのものの性質を探求する分野です。
「正しい」「善い」といった言葉は、そもそも何を意味しているのか?
道徳的な判断は客観的な真理なのか、それとも個人や文化によって変わる主観的なものなのか?
たとえば「殺人は悪い」という判断について、メタ倫理学は「この判断は事実として真なのか?」「そもそも道徳的な事実は存在するのか?」といった問いを立てます。
規範倫理学が「何が正しいか」を問うのに対し、メタ倫理学は「正しいとはどういうことか」を問うわけですね。
規範倫理学の3大理論
規範倫理学には、長い歴史の中で練り上げられてきた代表的な理論があります。
ここでは特に重要な3つを紹介しましょう。
帰結主義(功利主義)——結果がすべて
帰結主義は、行為の正しさを結果によって判断する立場です。
最も有名なのが功利主義で、18世紀のイギリスで哲学者ジェレミー・ベンサムやジョン・スチュアート・ミルによって体系化されました。
功利主義の基本原則はシンプルです。
「最大多数の最大幸福」——できるだけ多くの人に、できるだけ多くの幸福をもたらす行為が正しい。
この考え方は直感的にわかりやすいですよね。
5人を救うために1人を犠牲にすることは、功利主義的には正当化されます。
なぜなら、全体としての幸福の総量が増えるからです。
ただし、この考え方には批判もあります。
「少数者の権利を踏みにじってもいいのか?」「結果さえ良ければ手段は問わないのか?」といった疑問が投げかけられてきました。
義務論——行為そのものに善悪がある
義務論は、行為そのものが正しいか間違っているかを重視する立場です。
結果がどうなろうと、守るべき義務やルールがある——これが義務論の基本的な考え方です。
代表的な哲学者は、18世紀ドイツのイマヌエル・カントです。
カントは「定言命法」という有名な原則を打ち出しました。
「あなたの行為の格率が、普遍的な法則となるように行為せよ」
ちょっと難しいですが、要するに「自分がやろうとしていることを、全員がやっても問題ないか考えなさい」ということです。
嘘をついてもいいか?
もし全員が嘘をつくようになったら、そもそも「嘘」という概念が成り立たなくなります。
だから嘘は間違っている——こんな論理です。
義務論では、たとえ良い結果をもたらすとしても、嘘をついたり約束を破ったりすることは許されません。
ルールはルールだからです。
徳倫理学——どんな人間になるべきか
徳倫理学は、行為者の性格や徳(美徳)を重視する立場です。
「何をすべきか」ではなく、「どんな人間であるべきか」を問います。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスが代表的な思想家です。
アリストテレスは、人間の究極の目的はエウダイモニア(幸福、または「よく生きること」)だと考えました。
そして、エウダイモニアに至るためには徳を身につけることが必要だと説いたのです。
徳には、勇気、節制、正義、思慮深さなどがあります。
これらは生まれつき備わっているものではなく、繰り返しの実践によって習得されるとアリストテレスは考えました。
徳倫理学のユニークな点は、行為の規則ではなく、人間としてのあり方そのものに焦点を当てているところです。
「正しい行為とは、徳のある人がその状況で行うであろう行為だ」という発想ですね。
3つの理論の比較
| 理論 | 重視するもの | 代表的な哲学者 | キーワード |
|---|---|---|---|
| 帰結主義(功利主義) | 行為の結果・帰結 | ベンサム、ミル | 最大多数の最大幸福 |
| 義務論 | 行為そのもの・義務 | カント | 定言命法、普遍化可能性 |
| 徳倫理学 | 行為者の性格・徳 | アリストテレス | エウダイモニア、徳の習得 |
同じ状況でも、どの理論を採用するかで結論が変わることがあります。
だからこそ倫理学は面白いとも言えますし、難しいとも言えるのです。
有名な思考実験——トロッコ問題
倫理学を語る上で外せないのが、トロッコ問題です。
これは1967年にイギリスの哲学者フィリッパ・フットが提唱し、1985年にジュディス・ジャーヴィス・トムソンが発展させた有名な思考実験です。
基本シナリオ
暴走するトロッコが線路を走っています。
このまま進むと、線路上にいる5人の作業員が轢かれて死んでしまいます。
あなたは分岐器のそばに立っていて、レバーを引けばトロッコを別の線路に逸らすことができます。
しかし、その別の線路には1人の作業員がいます。
レバーを引いて5人を救い、1人を犠牲にしますか? それとも何もせず、5人が死ぬのを見守りますか?
多くの人は「レバーを引く」と答えます。
1人より5人の方が多いから——これは功利主義的な判断ですね。
歩道橋のバリエーション
ところが、トムソンはさらに考えさせられるバリエーションを提示しました。
今度はあなたは歩道橋の上に立っています。
暴走トロッコの先には5人の作業員がいます。
あなたの隣には、体格の大きな男性がいます。
この男性を橋から突き落とせば、彼の体がトロッコを止め、5人は助かります。
あなたは男性を突き落としますか?
興味深いことに、最初のシナリオでは「レバーを引く」と答えた人の多くが、このシナリオでは「突き落とさない」と答えます。
結果は同じ——1人が死んで5人が助かる——なのに、なぜ判断が変わるのでしょうか?
この問いは、「害を与えること」と「害が起こるのを許容すること」の違い、あるいは「手段として人を利用すること」の問題を浮き彫りにします。
トロッコ問題には正解がありません。
でも、この思考実験を通じて、私たちは自分の道徳的直観を検証し、倫理理論の限界や矛盾を考えることができるのです。
倫理学の歴史——世界各地で生まれた知恵
倫理学の歴史は非常に古く、世界各地でほぼ同時期に発展しました。
古代ギリシャ
西洋倫理学の源流は、紀元前5世紀のギリシャにさかのぼります。
ソクラテスは「善く生きるとは何か」を問い続け、対話を通じて真理に迫ろうとしました。
彼の弟子プラトンは、イデア論を背景に徳と正義について論じました。
そしてプラトンの弟子アリストテレスが、『ニコマコス倫理学』で徳倫理学の基礎を築いたのです。
その後、快楽を重視するエピクロス派や、理性に従った生き方を説くストア派なども登場しました。
東洋思想
一方、東洋でも独自の倫理思想が発展していました。
儒教では、孔子が「仁」(人への思いやり)や「礼」(社会的な礼儀作法)を重視し、人間関係の中での道徳を説きました。
孟子は人間の本性は善であるとし(性善説)、荀子は本性は悪だが教育で善くなれるとしました(性悪説)。
仏教は、苦しみからの解放を目指し、八正道などの実践的な倫理を説きました。
殺生をしない、嘘をつかないといった戒律は、今日でも多くの人に影響を与えています。
道教は、自然の道(タオ)に従って生きることを理想とし、無為自然の倫理を説きました。
日本では、神道、仏教、儒教が混ざり合いながら独自の倫理観が形成されました。
武士道もその一つの表れです。
中世から近代へ
中世ヨーロッパでは、キリスト教神学が倫理思想を支配しました。
トマス・アクィナスなどがアリストテレスの思想とキリスト教を融合させています。
近代に入ると、宗教から離れた世俗的な倫理学が発展します。
カントの義務論、ベンサムやミルの功利主義がこの時代に生まれました。
20世紀以降
20世紀にはメタ倫理学が登場し、道徳言語の意味や道徳的事実の存在について哲学的な分析が進みました。
1970年代以降は、ジョン・ロールズの『正義論』やピーター・シンガーの動物倫理などを契機に、応用倫理学が盛んになりました。
また、長く忘れられていた徳倫理学が復興し、現在は帰結主義・義務論と並ぶ三大理論の一つとして認められています。
現代社会と倫理学
倫理学は決して象牙の塔の中だけの学問ではありません。
現代社会のさまざまな場面で、倫理的な問いが突きつけられています。
AI・テクノロジー倫理
自動運転車がトロッコ問題的な状況に直面したとき、どうプログラムすべきか?
AIの判断に偏りがあった場合、誰が責任を取るのか?
こうした問題は、倫理学なしには議論できません。
生命倫理
ゲノム編集技術の進歩により、「デザイナーベビー」が現実味を帯びてきました。
どこまでが治療で、どこからが「強化」なのか?
こうした線引きには、倫理的な考察が不可欠です。
環境倫理
気候変動への対応は、現在の世代と将来の世代の利害をどう調整するかという倫理的問題でもあります。
また、人間以外の生物に対する道徳的配慮も議論されています。
まとめ
この記事では、倫理学の基本について解説してきました。
最後にポイントを振り返っておきましょう。
- 倫理学は「人はどう生きるべきか」「何が正しいか」を探求する哲学の一分野
- 規範倫理学、応用倫理学、メタ倫理学の3つの分野がある
- 規範倫理学の三大理論は、帰結主義(功利主義)、義務論、徳倫理学
- トロッコ問題のような思考実験は、道徳的直観を検証するのに役立つ
- 倫理思想は古代ギリシャだけでなく、東洋でも独自に発展した
- 現代社会でもAI、生命倫理、環境問題など、倫理学が問われる場面は多い
倫理学には「これが正解」という答えがないことも多いです。
でも、だからこそ自分で考え続けることに意味があるのだと思います。
私たちは日々、大小さまざまな道徳的判断を下しながら生きています。
その判断の根拠を問い直す——倫理学は、そんな「立ち止まって考える力」を養ってくれる学問なのです。

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