「メートル条約って何?」
「いつ、誰が作ったの?」
「私たちの生活とどう関係があるの?」
メートル条約は、1875年に締結された国際条約で、現在の測定システムの基礎を築いた歴史的な取り決めです。
この記事では、メートル条約の歴史から現代における意義まで、分かりやすく詳しく解説していきます。
メートル条約とは?

まず、メートル条約の基本を説明します。
定義
メートル条約(仏:Convention du Mètre、英:Metre Convention / Treaty of the Metre)
度量衡(長さ、体積、質量)の国際的な統一を目的として、1875年5月20日にパリで締結された国際条約です。
構成:
- 14か条の条約本文
- 附録規定
締結の背景
19世紀後半、世界中でバラバラだった度量衡の基準が、科学の発展や国際貿易の拡大により、大きな障害となっていました。
問題点:
- 国ごとに異なる単位
- 地域ごとに異なる基準
- 不正や不平等の原因
- 科学的な協力の妨げ
これらの問題を解決するため、世界共通の度量衡システムが必要とされました。
メートル条約の成立
締結の経緯
1875年5月20日
フランス・パリで、17か国の代表が集まり、メートル条約に署名しました。
原署名国(17か国):
- フランス
- ドイツ
- イタリア
- ロシア
- スペイン
- ポルトガル
- ベルギー
- スイス
- オーストリア=ハンガリー
- デンマーク
- スウェーデン・ノルウェー
- オスマン帝国(トルコ)
- アメリカ合衆国
- アルゼンチン
- ブラジル
- ペルー
- ベネズエラ
注:
イギリスとオランダは会議に出席しましたが、当初は署名しませんでした。イギリスは1884年に加盟しました。
当初の目的
メートル条約は、最初は質量(キログラム)と長さ(メートル)の2つの単位のみを対象としていました。
1921年の改正
第6回国際度量衡総会で、条約の範囲が拡大されました。
- すべての物理単位を対象とする
- 電気、光、温度、時間なども含む
メートル条約が設立した3つの組織
条約に基づき、国際的な計測システムを管理する3つの組織が設立されました。
1. 国際度量衡総会(CGPM)
正式名称:
- フランス語:Conférence générale des poids et mesures
- 英語:General Conference on Weights and Measures
- 略称:CGPM
概要:
- メートル条約の最高機関
- 全加盟国の代表で構成
- 4〜6年に一度開催(当初は6年ごと)
- フランス・パリで開催
第1回総会:
1889年9月28日に開催され、国際メートル原器と国際キログラム原器が承認されました。
主な役割:
- 単位系の決定・改訂
- BIPMの予算承認
- 加盟国の分担金決定
- CIPM委員の選出
最近の重要な決定:
- 第26回(2018年):SI基本単位の再定義を決議
- 第27回(2022年):閏秒の2035年までの廃止を決議
2. 国際度量衡委員会(CIPM)
正式名称:
- フランス語:Comité international des poids et mesures
- 英語:International Committee for Weights and Measures
- 略称:CIPM
概要:
- 18名の著名な計測学者で構成
- 全員が異なる国籍
- CGPMの諮問機関
- 年に1回会議を開催
日本との関係:
日本は1907年以降、委員会の議席を確保しています。2019年からは幹事に就任しました。
主な役割:
- CGPMの決定事項の代執行
- BIPMの指揮・監督
- 諮問委員会(CC)の運営
- 加盟国への年次報告
諮問委員会(CC):
CIPMの下に10の諮問委員会があり、それぞれが計測学の各分野を担当しています。
- 温度の計量
- 質量の計量
- 長さの計量
- など
3. 国際度量衡局(BIPM)
正式名称:
- フランス語:Bureau international des poids et mesures
- 英語:International Bureau of Weights and Measures
- 略称:BIPM
概要:
- フランス・パリ郊外セーヴルに本部
- CIPMの監督下にある研究所
- CGPM・CIPMの事務局
- 常勤職員約70名
所在地:
パリ郊外セーヌ河畔のセーヴル
- パビリオン・ド・ブルトゥイユに設置
- 1675年に建設された建物
- 国際機関として治外法権を享受
主な役割:
- 国際キログラム原器の保管
- 各国原器と国際原器の比較
- 標準に関する国際的研究
- メートル法の普及
- 国際比較の実施
保管物:
- 国際キログラム原器(2019年まで使用)
- 国際メートル原器(1960年まで使用)
メートル原器とキログラム原器

メートル原器
国際メートル原器の製作
1889年、30本のメートル原器が製作されました。
材質:
白金イリジウム合金(プラチナ90%、イリジウム10%)
形状:
- X字型の断面(従来の長方形から変更)
- 測定時の屈曲を減らすため
- 全長は1メートルより少し長い
- 両端付近の刻線間隔が1メートル
製造:
イギリスのジョンソン・マッセイ社
国際原器の選定:
第1回CGPM(1889年)で、抽選によりNo.6が国際メートル原器に選ばれました。
使用期間:
1889年〜1960年
1960年の再定義:
メートルの定義がクリプトン86の発光スペクトルの波長に基づくものに変更されました。
1983年の再定義:
現在のメートルは「光が真空中を299,792,458分の1秒間に進む距離」と定義されています。
キログラム原器
国際キログラム原器の製作
1889年、40個のキログラム原器が製作されました。
材質:
白金イリジウム合金
形状:
- 円柱形
- 直径・高さともに約3.9cm
国際原器の選定:
第1回CGPM(1889年)で、抽選によりNo.X(エックス)が国際キログラム原器(IPK)に選ばれました。
保管:
BIPMの原器庫で厳重に保管
- 三重のガラス容器
- 温度・湿度管理
- 定期的な洗浄
使用期間:
1889年〜2019年
2019年の再定義:
第26回CGPM(2018年)の決議により、キログラムはプランク定数に基づいて再定義されました。
発効日:
2019年5月20日(メートル条約締結144周年)
日本とメートル条約
日本の加盟
加盟手続き完了:
1885年(明治18年)
公布:
1886年(明治19年)4月16日
経緯:
当初、日本政府内で意見が一致しませんでしたが、新しいメートル原器とキログラム原器が加盟国に配布されることを知り、加盟が決定されました。
日本国原器の受領
配分:
1889年の第1回CGPMで、抽選により日本に割り当てられました。
- メートル原器:No.22
- キログラム原器:No.6
受領:
パリ公使館書記官・大山綱介が受け取り
到着:
1890年4月に日本に到着
保管容器:
気密・耐水圧構造の鉄製容器に格納
現在の保管場所:
産業技術総合研究所(茨城県つくば市)
文化財指定:
2012年9月6日、日本国メートル原器および関連原器類が国の重要文化財「メートル条約並度量衡法関係原器」に指定されました。
日本の度量衡制度
度量衡取締条例(1875年)
メートル条約が締結された同じ1875年、日本でも度量衡取締条例が公布されました(8月5日)。
内容:
- 長さ(度):尺
- 体積(量):升
- 質量(衡):匁(もんめ)
地域ごとにバラバラだった単位の基準を統一しようとしたものです。
度量衡法(1891年)
1891年(明治24年)3月24日公布
1893年(明治26年)1月1日施行
第一条:
「度量は尺、衡は貫を以て基本とす」
メートル条約加盟後も、当面は尺貫法を優先することとされました。
第二条:
メートル原器とキログラム原器を基準として、尺と貫を定義。
- 尺 = メートル原器の10/33
- 貫 = キログラム原器の15/4
メートル法完全実施:
1959年(昭和34年)
土地・建物の表記を除き、メートル法が完全実施されました。
世界計量記念日
制定
1999年
メートル条約締結の5月20日を「世界計量記念日」(World Metrology Day)と定めました。
意義
計量の重要性を世界中で認識し、計量分野の発展を促進するための記念日です。
2000年からのキャンペーン
締結125周年の2000年から、毎年さまざまなキャンペーンが行われています。
2025年(150周年)のテーマ:
「Measurements for all times, for all people」
(計測をすべての時代にすべての人々に)
ISO 8601との関係
日付と時刻の国際規格ISO 8601では、メートル条約締結日の1875年5月20日を年月日の起点として定義しています。
現在の加盟状況
加盟国数(2018年3月時点)
正加盟国:59か国
準加盟国・経済圏:42
2025年現在:
正加盟国64か国、準加盟国・経済圏を含めると101か国・地域
加盟資格
正加盟国:
フランスと外交関係がある国に制限されています。
準加盟国制度(1999年導入):
- BIPMの活動には直接参加しない
- CIPM-MRA(相互承認協定)に参加可能
- CGPMでオブザーバー地位
分担金制度
算出基準:
- 加盟国の人口
- 国民総所得(GNI)
支払方法:
フランス外務省を通じて納付
滞納の扱い:
- 3年間滞納:利益・権能が停止
- さらに3年間滞納:条約から除外
国際単位系(SI)の確立
MKS単位系からSIへ
1954年 第10回CGPM
メートル、キログラム、秒、アンペア、ケルビン度、カンデラの6つを基本単位とする国際単位系がスタートしました。
1960年 第11回CGPM
「国際単位系」の略称を「SI」(Système International d’Unités)と決定しました。
1971年まで
7つの基本単位が確立されました:
- 秒(時間)
- メートル(長さ)
- キログラム(質量)
- アンペア(電流)
- ケルビン(温度)
- モル(物質量)
- カンデラ(光度)
SI基本単位の再定義(2019年)
第26回CGPM(2018年11月16日)
SI基本単位の歴史的な再定義が決議されました。
発効日:
2019年5月20日(世界計量記念日)
再定義の内容:
すべての基本単位を、不確かさを持たない定義定数(自然定数)で表すことになりました。
主な変更:
- キログラム:プランク定数に基づく定義
- アンペア:電気素量に基づく定義
- ケルビン:ボルツマン定数に基づく定義
- モル:アボガドロ定数に基づく定義
意義:
物理的な原器に依存せず、普遍的な自然定数に基づく単位系が完成しました。
メートル条約の現代的意義
科学技術の発展
計測の基盤:
- 正確な測定なくして科学の進歩はない
- 実験結果の再現性
- 国際的な研究協力
技術革新:
- ナノテクノロジー
- 宇宙開発
- 医療機器
国際貿易
公正な取引:
- 共通の計量基準
- 国際的な信頼性
- 不正防止
製品規格:
- 互換性の確保
- 品質保証
- 安全基準
日常生活
身近な計測:
- 商品の量目表示
- 燃料の販売
- 医薬品の投与量
インフラ:
- 建築・土木
- 電力・ガス
- 交通システム
グローバル課題への対応
気候変動:
- 温室効果ガスの測定
- 海面上昇の監視
- 気温変化の記録
公衆衛生:
- 医薬品の品質管理
- 放射線の測定
- 感染症対策
食品安全:
- 残留農薬の検査
- 栄養成分の表示
- 品質保証
メートル条約150周年
2025年の記念事業
パリ記念式典:
2025年5月20日、パリで記念式典が開催されました。
テーマ:
「Measurements for all times, for all people」
日本の取り組み:
- メートル原器・キログラム原器の同時公開(初)
- 記念セミナーの開催
- 伝統工芸品の贈呈
今後の展望
包括性の向上:
原署名国のほとんどは植民地大国でした。今後は、すべての国が平等に参加できる体制が求められています。
技術の民主化:
精密計測技術へのアクセスを、すべての国に平等に提供する必要があります。
新たな課題:
- デジタル時代の計測
- 量子技術の応用
- AI・機械学習との統合
よくある質問
Q1:メートル条約は今でも有効ですか?
A:はい、現在も有効な国際条約です。
2025年現在、64か国が正式に加盟し、準加盟を含めると101か国・地域が参加しています。
世界中の度量衡システムの基盤として、今も重要な役割を果たしています。
Q2:なぜフランスが中心的な役割を果たしているのですか?
A:歴史的な経緯によるものです。
メートル法はフランス革命期に誕生し、メートル条約もパリで締結されました。
現在の特権:
- BIPMの本部がフランスにある
- CIPMに常に1名の代表
- 総会の開会・閉会はフランス外相が主宰
Q3:メートル原器とキログラム原器は今も使われていますか?
A:いいえ、定義としては使われていません。
メートル原器:
1960年に光の波長に基づく定義に変更され、1983年に光速度に基づく現在の定義になりました。
キログラム原器:
2019年にプランク定数に基づく定義に変更されました。
ただし、両原器はBIPMで大切に保管され、歴史的遺産として保存されています。
Q4:日本の原器は今どこにありますか?
A:産業技術総合研究所(茨城県つくば市)に保管されています。
2012年に国の重要文化財に指定され、厳重に管理されています。
Q5:メートル法を使っていない国はありますか?
A:ごくわずかです。
メートル法を公式採用していない国:
- アメリカ合衆国(ただしメートル条約には加盟)
- リベリア
- ミャンマー
アメリカでも科学分野ではメートル法が標準です。
Q6:世界計量記念日には何をするのですか?
A:計量の重要性を啓発するイベントが開催されます。
主な活動:
- セミナー・シンポジウム
- 計量器の展示
- 学校での教育活動
- メディアキャンペーン
日本でも、産業技術総合研究所などが記念イベントを開催しています。
Q7:準加盟国と正加盟国の違いは?
A:参加の範囲が異なります。
正加盟国:
- CGPMでの投票権あり
- BIPMの全活動に参加
- 分担金の負担あり
準加盟国:
- CGPMではオブザーバー
- CIPM-MRA(相互承認協定)には参加可能
- 分担金は正加盟国より少ない
Q8:メートル条約は「最も成功した国際条約」と言われるのはなぜ?
A:150年間、世界中で機能し続けているからです。
成功の要因:
- 科学に基づく中立性
- すべての国に平等な利益
- 柔軟な改訂メカニズム
- 実用的な価値
政治的対立を超えて、世界共通の基盤を提供し続けています。
まとめ
メートル条約について、詳しく解説してきました。
重要なポイントをおさらい:
基本情報:
- 1875年5月20日、パリで締結
- 17か国が原署名
- 度量衡の国際統一が目的
3つの組織:
- 国際度量衡総会(CGPM):最高機関
- 国際度量衡委員会(CIPM):諮問機関
- 国際度量衡局(BIPM):研究所・事務局
日本との関係:
- 1885年加盟
- メートル原器No.22、キログラム原器No.6
- 1959年にメートル法完全実施
- 原器は重要文化財
歴史的転換点:
- 1921年:すべての物理単位を対象に拡大
- 1960年:国際単位系(SI)の確立
- 2019年:SI基本単位の再定義
現代的意義:
- 科学技術の発展の基盤
- 国際貿易の公正性
- 日常生活の安全・安心
- グローバル課題への対応
世界計量記念日:
- 毎年5月20日
- メートル条約締結を記念
- 計量の重要性を啓発
2025年150周年:
- テーマ「計測をすべての時代にすべての人々に」
- 記念式典や各種イベント
- 次の150年に向けた展望
覚えておきたいこと:
- メートル条約は現在も有効
- 加盟国は64か国(2025年)
- すべての単位は自然定数に基づく
- 日本の原器は重要文化財
メートル条約は、150年前に締結された古い条約ですが、現在も私たちの生活を支える重要な国際的枠組みです。
正確な計測なくして、科学の発展も、公正な貿易も、安全な社会もありません。
普段は意識しませんが、買い物をするとき、料理をするとき、病院で薬をもらうとき、私たちは常にメートル条約の恩恵を受けているのです。
この「見えないインフラ」が、150年間にわたって世界を支えてきたことに、改めて敬意を払いたいですね。


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