多聞天とは?四天王のリーダー格の武神を解説

神話・歴史・文化

「多聞天」という神様を知っていますか?
仏教の世界を守る四天王の一人で、実は「毘沙門天」としても有名な神様なんです。

武神としての強さを持ちながら、七福神として福をもたらす。
この記事では、そんな多面的な魅力を持つ多聞天について、わかりやすく解説していきます。

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多聞天とは仏教の守護神

多聞天は、仏教における守護神「四天王」の一人です。
東西南北の四方を守る神々のうち、北方を担当しています。

四天王は帝釈天という神々の王に仕え、須弥山(しゅみせん)という聖なる山の中腹に住んでいるとされています。
そこで仏法を悪から守る役目を果たしているんですね。

多聞天はこの四天王の中でもリーダー格です。
北方という仏教で鬼門とされる方角を守るため、特に重要な存在とされました。

「多聞天」という名前の意味

「多聞」とは「多く聞く」という意味です。
これは仏の教えを誰よりも多く聞いたことを表しています。

サンスクリット語の「ヴァイシュラヴァナ」を意訳したのが「多聞天」です。
「よく聞く者」という意味から、この名前が付けられました。

仏法を深く理解した智慧の神である証が、この名前に込められているんですね。

多聞天と毘沙門天は同じ神様

多聞天は「毘沙門天」という別名も持っています。
実はこの二つ、同じ神様を指しているんです。

使い分けには明確なルールがあります。
四天王として他の三天王とセットで祀られるときは「多聞天」と呼ばれます。
一方、単独で祀られるときは「毘沙門天」と呼ばれるのが通例です。

「毘沙門」はヴァイシュラヴァナの音を漢字で表したものです。
つまり「多聞天」が意訳、「毘沙門天」が音訳というわけですね。

多聞天の姿と持ち物

武装した姿

多聞天の仏像は、武人の姿で表されることが一般的です。
鎧を身につけ、筋骨隆々とした体つきで、険しい表情(忿怒相)をしています。

これは仏法を守るという役割を表現しているんです。
煩悩や邪気から仏教世界を守るため、武装している必要があるわけですね。

左手の宝塔

多聞天を見分ける最大の特徴が、左手に持つ宝塔です。
この宝塔の中には、仏舎利(お釈迦様の遺骨)や経典が納められているとされています。

四天王のリーダーとして、最も大切な仏舎利を守る役割を担っているんですね。

右手の武器

右手には矛(ほこ)や槍、三叉戟(さんさげき)などの武器を持っています。
これらは邪悪なものを退散させるための武器です。

足元の邪鬼

多くの多聞天像では、足元に天邪鬼(あまのじゃく)を踏みつけています。
煩悩の象徴である邪鬼を踏みつけることで、仏教世界に近づけさせないという意味が込められているんです。

多聞天の起源はインドの財宝神

多聞天のルーツは、インド神話の「クベーラ」という神様です。
クベーラは財宝を司る神として、古くから信仰されていました。

このクベーラが仏教に取り込まれ、多聞天として生まれ変わったわけです。
ヒンドゥー教では今でもクベーラとして財宝神の性格を強く持っていますが、仏教では武神としての性格が加わりました。

興味深いのは、この武神化が起こったのは中央アジアから中国にかけてだということです。
唐の時代、西域で異民族に包囲された城を毘沙門天が守ったという伝承が広まり、そこから武神としての信仰が確立したとされています。

四天王の中での役割

四天王は東西南北それぞれの方角を守っています。

  • 東方:持国天(じこくてん)
  • 南方:増長天(ぞうちょうてん)
  • 西方:広目天(こうもくてん)
  • 北方:多聞天(たもんてん)

この中で多聞天がリーダー格とされる理由は、北方という特別な方角を守っているからです。
仏教において北は鬼門とされ、最も重要な守りが必要な方角でした。

そのため、最強の戦闘神として多聞天が配置されたんですね。

多聞天を従える眷属たち

多聞天は、夜叉(やしゃ)や羅刹(らせつ)といった鬼神を配下としています。
これらはインド神話では自然の精霊で、クベーラの時代から仕えていた存在です。

仏教に取り込まれてからは、四天王に仕える八部鬼衆の一部となりました。
多聞天はこれらの配下を率いて、北方の守護にあたっているとされています。

七福神としての多聞天(毘沙門天)

単独で祀られる毘沙門天は、七福神の一柱としても有名です。
七福神の中で唯一武装した姿をしているのが特徴的ですね。

福をもたらす神

「毘沙門天は1日に3度も焼き捨てるほどの福を持っている」という言い伝えがあります。
そしてその限りない福を惜しみなく分け与えてくれるとされているんです。

財宝神としての側面

インドのクベーラの性格を受け継ぎ、財宝を守る神様としても信仰されています。
商売繁盛や金運上昇のご利益があるとされているのは、この財宝神としての側面からきているんですね。

多聞天のご利益

多聞天(毘沙門天)には、様々なご利益があるとされています。

  • 戦勝祈願・必勝祈願:武神としての側面から
  • 商売繁盛:財宝神としての側面から
  • 金運上昇:富をもたらす神として
  • 家内安全:守護神としての役割から
  • 鎮護国家:国を守る神として
  • 心願成就:願いを叶える力を持つとされる

武神でありながら福の神でもあるという、二つの顔を持っているんですね。

歴史上の人物と多聞天

聖徳太子の信仰

聖徳太子が毘沙門天を篤く信仰していたことは有名です。
物部守屋との戦いの際、毘沙門天に祈願して勝利を得たという伝承があります。

武将たちの守護神

上杉謙信は特に有名な毘沙門天の信仰者でした。
自らを毘沙門天の化身と信じ、「毘」の文字を旗印にしていたほどです。

武田信玄も毘沙門天を信仰していました。
戦国時代の多くの武将が、勝利をもたらす武神として毘沙門天に祈りを捧げたんですね。

平安時代の広まり

平安時代、東北地方の征伐のため坂上田村麻呂が征夷大将軍に任命されました。
北の守りを司る武神として、多聞天(毘沙門天)の信仰が政府によっても推進されたとされています。

有名な多聞天像

日本各地には、国宝や重要文化財に指定された多聞天像が数多く残されています。

東大寺の多聞天立像

奈良の東大寺戒壇堂に安置されている四天王像の一つです。
天平時代の傑作として知られています。

法隆寺の毘沙門天立像

奈良の法隆寺金堂にある毘沙門天像も有名です。
飛鳥時代から伝わる貴重な仏像です。

京都清凉寺の兜跋毘沙門天

特殊な様式で作られた毘沙門天像です。
中央アジアの様式を色濃く残していることで知られています。

初寅参りの風習

多聞天を祀る寺院では、寅の日の参拝が良いとされています。
特に年始最初の寅の日である「初寅」には、多くの参拝者で賑わうんです。

これは多聞天の眷属に虎がいるという信仰からきています。
福掻き(ふくかき)などの縁起物が授与されることでも有名です。

まとめ

多聞天について、その特徴や信仰をまとめるとこうなります。

  • 仏教の四天王の一人で、北方を守護する神様
  • 「多聞」は「仏の教えを多く聞く」という意味で、智慧の神でもある
  • 四天王として祀られるときは「多聞天」、単独で祀られるときは「毘沙門天」
  • 左手の宝塔が最大の特徴で、武装した姿で表される
  • インド神話のクベーラが起源で、財宝神から武神へと性格が変化した
  • 七福神の一柱として、商売繁盛や金運上昇のご利益がある
  • 聖徳太子や上杉謙信など、多くの武将が信仰した
  • 初寅の日の参拝が特に良いとされる

武神として強さを持ちながら、福をもたらす財宝神でもある。
多聞天は、そんな二面性を持つ魅力的な神様なんです。

お寺で四天王像を見かけたら、ぜひ宝塔を持った多聞天を探してみてください。
その凛々しい姿から、仏法を守る決意が伝わってくるはずですよ。

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