戦艦一覧|世界の主要戦艦と歴史をわかりやすく解説

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巨大な船体、分厚い装甲、そして一撃で敵を粉砕する大口径主砲。
戦艦は20世紀前半の海戦において、まさに「海の王者」でした。

各国が威信をかけて建造した戦艦たちは、どんな歴史をたどってきたのでしょうか。
日本の「大和」、アメリカの「アイオワ」、ドイツの「ビスマルク」——これらの名艦たちが活躍した時代を振り返ってみましょう。

この記事では、世界の主要な戦艦を一覧で紹介しながら、その歴史や特徴をわかりやすく解説します。

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戦艦とは

戦艦とは、大規模な砲撃戦で強力な相手に打ち勝つことを目的に設計された軍艦です。
軍艦の中でも最も強力な艦砲と堅牢な装甲を持っていました。

基準としては、20センチメートルを超える主砲を有し、装甲を持つ艦が戦艦とされています。
19世紀末に誕生し、20世紀半ばまで列強国で競って建造されました。

第二次世界大戦頃までは、各国の軍事力の象徴的存在でした。
世界のパワーバランスを左右する戦略兵器と見なされたんですね。

しかし、第二次世界大戦では航空戦力の優位性が実証され、艦隊の主役の座を航空母艦に譲りました。
戦後は大型艦砲による火力投射よりも、ミサイルや航空機が重視されるようになり、各国で退役が進んでいきました。

戦艦の歴史

戦艦の発達は、海戦の技術革新と密接に関わっています。
時代とともに、どんどん大きく、強力になっていったんです。

装甲艦の時代

最初に蒸気機関のみで航行する装甲艦を発明したのはフランス海軍でした。
19世紀中頃、帆船から蒸気船への転換期に誕生しました。

前弩級戦艦の時代

1890年頃から1905年頃まで建造された戦艦を「前弩級戦艦」と呼びます。
複数種類の主砲を搭載し、副砲も多数備えていました。

日露戦争で活躍した日本の「三笠」や「敷島」が代表例です。
この時代の戦艦は排水量1〜2万トン程度で、30センチ連装砲を前後に1基ずつ搭載していました。

弩級戦艦の登場

1906年、イギリス海軍が建造した「ドレッドノート」は、海戦の常識を一変させました。
単一口径の巨砲(12インチ)を多数搭載し、蒸気タービンで高速を実現したんです。

この衝撃的な性能により、それまでの戦艦は一気に旧式化しました。
以後、「ドレッドノート」と同等の性能を持つ戦艦を「弩級戦艦」と呼ぶようになりました。

ちなみに「弩」はドレッドノートの頭の音を取った当て字です。
そのため「ド級戦艦」とカタカナ表記することもあります。

超弩級戦艦の時代

弩級戦艦の登場からわずか数年後、さらに強力な戦艦が誕生します。
12インチを超える主砲(13.5インチ以上)を搭載した「超弩級戦艦」です。

1910年に進水したイギリス海軍のオライオン級戦艦が最初とされています。
マスコミが「スーパー・ドレッドノート」と報道したことが由来なんですね。

日本では金剛型巡洋戦艦(14インチ砲搭載)が、日本初の超弩級艦となりました。
こうして戦艦の巨大化競争、いわゆる「大艦巨砲主義」の時代が本格的に始まったんです。

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、各国は競って超弩級戦艦を建造しました。
その頂点に立つのが、日本の大和型戦艦です。

戦艦の終焉

第二次世界大戦では、航空機が海戦の主役となりました。
真珠湾攻撃やレイテ沖海戦で示されたように、航空母艦が戦艦に取って代わったんです。

戦艦は航空機による攻撃に対して脆弱でした。
大和もビスマルクも、最終的には航空攻撃によって沈められました。

戦後、ほとんどの戦艦は退役または廃棄されました。
最後に実戦で使用されたのは1991年の湾岸戦争で、USS ミズーリが地上支援射撃を行ったときです。

戦艦の種類

戦艦は時代によって大きく分類できます。
それぞれの特徴を見ていきましょう。

装甲艦

蒸気機関で航行し、装甲を持つ艦。
戦艦の原型となりました。

前弩級戦艦

時期: 1890年頃〜1905年頃
特徴: 複数種類の主砲搭載、副砲多数、衝角装備
排水量: 1〜2万トン程度

代表例として日本の三笠、敷島などがあります。

弩級戦艦

時期: 1906年〜
特徴: 単一口径巨砲(12インチ)多数搭載、蒸気タービン
定義: ドレッドノートと同等の性能

イギリスのドレッドノートが始祖です。
日本の河内型戦艦も弩級戦艦に分類されますが、主砲の性能が統一されていなかったため議論があります。

超弩級戦艦

時期: 1910年〜
特徴: 12インチを超える主砲(13.5インチ以上)
定義: 弩級戦艦をさらに上回る性能

イギリスのオライオン級が最初です。
日本では金剛型巡洋戦艦(14インチ砲)が日本初の超弩級艦となりました。

さらに大口径化が進み、15〜16インチ砲を搭載した戦艦を「超々弩級」、18インチ超の大和型を「超々々弩級」と呼ぶこともあります。

主要な戦艦をピックアップ

ここでは、特に有名な戦艦をいくつか紹介します。

日本の戦艦

大和型戦艦(大和・武蔵)

史上最大の戦艦です。
排水量は満載時で約72,000トンに達しました。

主砲は世界最大の46センチ砲を9門搭載。
この砲は戦艦に搭載された砲としては史上最大口径です。

大和は1941年12月に就役し、1945年4月7日、沖縄への特攻作戦中にアメリカ軍機の攻撃を受けて沈没しました。
武蔵は1944年10月のレイテ沖海戦で、アメリカ軍機の集中攻撃により撃沈されました。

大和は日本の国力を象徴する存在でした。
「大和」という名前自体が日本の古称であり、国民の誇りとされたんです。

長門型戦艦(長門・陸奥)

第一次世界大戦後に建造された日本の主力戦艦です。
41センチ砲を8門搭載していました。

長門は太平洋戦争を生き延びた数少ない日本戦艦の一つです。
戦後、アメリカの原爆実験に使用され、1946年に沈没しました。

金剛型戦艦(金剛・比叡・榛名・霧島)

日本初の超弩級艦です。
もともとは巡洋戦艦として建造され、後に戦艦に類別変更されました。

35.6センチ砲を8門搭載し、高速が特徴でした。
第二次世界大戦では機動部隊の護衛など、多様な任務に活躍しました。

アメリカの戦艦

アイオワ級戦艦(アイオワ・ニュージャージー・ミズーリ・ウィスコンシン)

第二次世界大戦で建造されたアメリカ最強の戦艦です。
40.6センチ砲を9門搭載し、速力33ノットという高速を誇りました。

特にミズーリ(BB-63)は有名です。
1945年9月2日、東京湾上のミズーリ艦上で日本の降伏文書調印式が行われました。

アイオワ級は戦後も長く現役にありました。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争でも使用され、1991年まで実戦に参加した最後の戦艦となりました。

冷戦期には巡航ミサイル発射装置も搭載され、近代化改装を受けました。

ノースカロライナ級・サウスダコタ級

第二次世界大戦初期のアメリカ戦艦です。
40.6センチ砲を9門搭載していました。

条約型戦艦として、ワシントン海軍軍縮条約の制限内で建造されました。
太平洋戦争では空母機動部隊の護衛として活躍しました。

ドイツの戦艦

ビスマルク級戦艦(ビスマルク・ティルピッツ)

ナチスドイツが建造した超弩級戦艦です。
38センチ砲を8門搭載し、満載排水量は約50,000トンでした。

ビスマルクは1941年5月、処女航海中にイギリス巡洋戦艦フッドを撃沈する戦果を挙げました。
しかしその後、イギリス海軍の追撃を受けて撃沈されました。

伝説的な戦いぶりから、現在でも「名艦」として語り継がれています。
実際の性能については議論がありますが、その存在感は圧倒的でした。

ティルピッツはノルウェーに潜み、連合国の補給路を脅かす「存在艦隊」として機能しました。
最終的には1944年、イギリス空軍の爆撃により転覆しました。

イギリスの戦艦

キング・ジョージ5世級戦艦

第二次世界大戦で活躍したイギリス戦艦です。
35.6センチ砲を10門搭載していました。

砲口径は他国より小さめでしたが、砲の数を増やすことで火力を確保する設計でした。
命中率を重視した実用的な戦艦だったんですね。

HMS ドレッドノート

すべての弩級戦艦の始祖です。
1906年の就役により、それまでの戦艦を一気に旧式化させました。

30.5センチ砲を10門搭載し、蒸気タービンによる高速を実現。
戦艦の設計思想を根本から変えた革命的な艦でした。

HMS フッド

巡洋戦艦として建造されましたが、実質的には戦艦に近い存在でした。
イギリス艦隊の旗艦として、国民的な人気を誇りました。

1941年5月24日、ビスマルクとの戦闘でわずか数分で撃沈されました。
1,400名以上の乗組員のうち、生存者はわずか3名という大惨事でした。

この衝撃的な敗北が、イギリス海軍によるビスマルク追撃の原動力となりました。

有名なエピソード

戦艦にまつわる印象的なエピソードをいくつか紹介します。

大和の最期

1945年4月7日、戦艦大和は沖縄への特攻作戦「天一号作戦」に出撃しました。
燃料は片道分しか積んでいなかったと言われています。

途中、アメリカ軍の艦載機約400機の猛攻撃を受けました。
魚雷と爆弾が次々と命中し、わずか2時間余りで沈没。

2,700名以上の乗組員のうち、生存者は約280名でした。
世界最大の戦艦の最期は、あまりにも悲劇的でした。

ミズーリ艦上の降伏調印式

1945年9月2日、東京湾に停泊するミズーリ艦上で、太平洋戦争の降伏文書調印式が行われました。
マッカーサー元帥の立会いのもと、日本側代表が降伏文書に署名しました。

この歴史的瞬間は世界中に放送されました。
戦艦ミズーリは、戦争終結の象徴となったんです。

真珠湾攻撃とアリゾナ

1941年12月7日、日本軍による真珠湾攻撃で、戦艦アリゾナ(BB-39)は停泊中に爆撃を受けました。
弾薬庫に命中した爆弾が大爆発を引き起こし、艦は急速に沈没。

1,177名の乗組員が犠牲となりました。
現在、アリゾナの船体はパールハーバーの海底に残されており、記念館が建てられています。

ビスマルクの伝説

ビスマルクは処女航海でイギリスの誇る巡洋戦艦フッドを撃沈しました。
わずか数発の砲撃でフッドを轟沈させたことは、当時大きな衝撃を与えました。

しかし、その後のイギリス艦隊の執拗な追撃により、ビスマルクも撃沈されました。
最後まで戦い続けた乗組員の姿は、敵味方を超えて称賛されています。

ちなみに、ビスマルクが自沈したのか、イギリス軍の攻撃で沈んだのかは、現在でも議論が続いています。

戦艦一覧

ここでは主要な戦艦を一覧表にまとめました。

日本の戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
三笠敷島型1902年15,140トン30.5cm連装砲×2日露戦争で旗艦、現存
河内河内型1912年20,800トン30.5cm連装砲×6日本初の弩級戦艦
金剛金剛型1913年27,500トン35.6cm連装砲×4日本初の超弩級艦
比叡金剛型1914年27,500トン35.6cm連装砲×4第三次ソロモン海戦で沈没
榛名金剛型1915年27,500トン35.6cm連装砲×4呉軍港で終戦を迎える
霧島金剛型1915年27,500トン35.6cm連装砲×4第三次ソロモン海戦で沈没
扶桑扶桑型1915年29,330トン35.6cm連装砲×6スリガオ海峡海戦で沈没
山城扶桑型1917年29,330トン35.6cm連装砲×6スリガオ海峡海戦で沈没
伊勢伊勢型1917年29,990トン35.6cm連装砲×6後に航空戦艦に改装
日向伊勢型1918年29,990トン35.6cm連装砲×6後に航空戦艦に改装
長門長門型1920年32,720トン41cm連装砲×4終戦を生き延びる
陸奥長門型1921年32,720トン41cm連装砲×41943年柱島で爆沈
大和大和型1941年65,000トン46cm三連装砲×3史上最大の戦艦
武蔵大和型1942年65,000トン46cm三連装砲×3レイテ沖海戦で沈没

アメリカの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
テキサスニューヨーク型1914年27,000トン35.6cm連装砲×5記念艦として現存
ネバダネバダ型1916年27,500トン35.6cm三連装砲×2、連装砲×2真珠湾攻撃を生き延びる
ペンシルベニアペンシルベニア型1916年31,400トン35.6cm三連装砲×4真珠湾攻撃で損傷
ニューメキシコニューメキシコ型1918年32,000トン35.6cm三連装砲×4太平洋戦争で活躍
テネシーテネシー型1920年32,300トン35.6cm三連装砲×4真珠湾攻撃で損傷
メリーランドメリーランド型1921年31,500トン40.6cm連装砲×4真珠湾攻撃で損傷
ノースカロライナノースカロライナ型1941年35,000トン40.6cm三連装砲×3高速戦艦
サウスダコタサウスダコタ型1942年35,000トン40.6cm三連装砲×3第三次ソロモン海戦で活躍
アイオワアイオワ型1943年45,000トン40.6cm三連装砲×3記念艦として現存
ニュージャージーアイオワ型1943年45,000トン40.6cm三連装砲×3記念艦として現存
ミズーリアイオワ型1944年45,000トン40.6cm三連装砲×3降伏調印式の舞台
ウィスコンシンアイオワ型1944年45,000トン40.6cm三連装砲×3記念艦として現存

イギリスの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
ドレッドノートドレッドノート1906年18,110トン30.5cm連装砲×5弩級戦艦の始祖
アイアン・デュークアイアン・デューク型1914年25,000トン34.3cm連装砲×5第一次大戦で旗艦
クイーン・エリザベスクイーン・エリザベス型1915年29,150トン38.1cm連装砲×4高速戦艦
フッドフッド1920年42,670トン38.1cm連装砲×4巡洋戦艦、ビスマルクに撃沈
ネルソンネルソン型1927年33,950トン40.6cm三連装砲×3条約型戦艦
キング・ジョージ5世キング・ジョージ5世型1940年36,730トン35.6cm四連装砲×2、連装砲×1ビスマルク追撃に参加
プリンス・オブ・ウェールズキング・ジョージ5世型1941年36,730トン35.6cm四連装砲×2、連装砲×1マレー沖海戦で沈没
ヴァンガードヴァンガード1946年44,500トン38.1cm連装砲×4イギリス最後の戦艦

ドイツの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
ナッサウナッサウ型1909年18,900トン28cm連装砲×6ドイツ初の弩級戦艦
ケーニッヒケーニッヒ型1914年25,390トン30.5cm連装砲×5第一次大戦で活躍
バイエルンバイエルン型1916年28,530トン38cm連装砲×4第一次大戦末期に就役
シャルンホルストシャルンホルスト型1939年31,800トン28cm三連装砲×3通商破壊で活躍
ビスマルクビスマルク型1940年41,700トン38cm連装砲×4フッドを撃沈
ティルピッツビスマルク型1941年42,900トン38cm連装砲×4存在艦隊として機能

フランスの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
クールベクールベ型1913年23,190トン30.5cm連装砲×6第一次大戦で活躍
ダンケルクダンケルク型1937年26,500トン33cm四連装砲×2高速戦艦
リシュリューリシュリュー型1940年35,000トン38cm四連装砲×2連合国側で活躍
ジャン・バールリシュリュー型1955年35,000トン38cm四連装砲×2戦後完成

イタリアの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
ダンテ・アリギエーリダンテ・アリギエーリ1913年19,500トン30.5cm三連装砲×4イタリア初の弩級戦艦
カヴールカヴール型1915年23,000トン30.5cm三連装砲×3、連装砲×2タラント空襲で損傷
リットリオリットリオ型1940年40,724トン38.1cm三連装砲×3高速戦艦
ヴィットリオ・ヴェネトリットリオ型1940年40,724トン38.1cm三連装砲×3地中海で活躍
ローマリットリオ型1942年40,992トン38.1cm三連装砲×3ドイツ誘導弾で撃沈

ソ連/ロシアの戦艦

艦名就役年排水量主砲備考
ガングートガングート型1914年23,370トン30.5cm三連装砲×4後にオクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤに改名
ポルタヴァガングート型1915年23,370トン30.5cm三連装砲×4後にミハイル・フルンゼに改名
ペトロパヴロフスクガングート型1915年23,370トン30.5cm三連装砲×4後にマラートに改名

まとめ

戦艦の歴史を振り返ってきました。
最後にポイントをまとめておきましょう。

  • 戦艦は19世紀末に誕生し、20世紀半ばまで海戦の主役だった
  • 1906年のドレッドノート登場で「弩級戦艦」の時代が始まった
  • さらに強力な「超弩級戦艦」へと発展し、大艦巨砲主義が進んだ
  • 第二次世界大戦では航空機が主役となり、戦艦の時代は終わった
  • 日本の大和は史上最大の戦艦で、46cm主砲を搭載していた
  • アメリカのアイオワ級は戦後も長く現役にあり、1991年まで実戦に参加した
  • ドイツのビスマルクはフッドを撃沈し、伝説となった
  • ミズーリ艦上で日本の降伏文書調印式が行われた

戦艦は今や過去の遺物となりましたが、その雄姿は今でも多くの人々を魅了しています。
記念艦として保存されている戦艦もあるので、機会があればぜひ訪れてみてください。

巨大な船体と迫力ある主砲を間近で見れば、当時の技術力と迫力を実感できるはずです。

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