「戦国時代ってどんな人物がいたの?」
「織田信長や豊臣秀吉は知ってるけど、他の武将も気になる」
そんな疑問をお持ちではありませんか?
戦国時代は、日本史上でもっとも個性豊かな人物たちが活躍した時代です。
天下統一を目指した三英傑だけでなく、各地で領土を守り抜いた大名、男性に負けない活躍をした女性たちなど、魅力的な人物が数多く存在しました。
この記事では、戦国時代を代表する人物を地域別・カテゴリ別に一覧で紹介します。
戦国時代とは?いつからいつまで?
戦国時代は、1467年の「応仁の乱」から1615年の「大坂夏の陣」までの約150年間を指します。
室町幕府の権威が衰え、各地の武将たちが領土を奪い合う混乱の時代でした。
「下克上」という言葉が象徴するように、身分に関係なく実力で成り上がれる時代でもあったんですね。
この混乱を終わらせ、天下統一へと導いたのが「三英傑」と呼ばれる3人の武将です。
三英傑|天下統一を成し遂げた3人の英雄
戦国時代といえば、まずこの3人を押さえておきましょう。
いずれも現在の愛知県出身で、リレーのようにバトンをつないで天下統一を成し遂げました。
織田信長(1534〜1582年)
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
この句に象徴される苛烈な性格で知られる信長。
尾張の小大名から身を起こし、桶狭間の戦いで今川義元を破ったことで一躍有名になりました。
鉄砲の大量導入、楽市楽座による経済改革など、革新的な政策を次々と打ち出します。
天下統一まであと一歩というところで、家臣の明智光秀に本能寺で討たれました。享年49歳。
豊臣秀吉(1537〜1598年)
「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」
農民出身から天下人にまで上り詰めた、日本史上最大の出世物語の主人公です。
信長の草履を懐で温めたエピソードは有名ですね。
本能寺の変の後、明智光秀を討ち、柴田勝家を破って信長の後継者の地位を確立。
1590年に小田原征伐で北条氏を滅ぼし、ついに天下統一を達成しました。享年62歳。
徳川家康(1542〜1616年)
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
忍耐の人として知られる家康。
幼少期は今川家の人質として過ごし、その後は信長、秀吉に従いながら力を蓄えました。
秀吉の死後、1600年の関ヶ原の戦いで石田三成を破り、1603年に江戸幕府を開きます。
260年続く江戸時代の礎を築いた人物です。享年75歳と、三英傑の中で最も長命でした。
地域別|全国の有力大名たち
戦国時代は「群雄割拠」の時代。
全国各地で個性豊かな大名たちが領土を争いました。
東北地方の大名
東北地方で最も有名なのは、やはり伊達政宗でしょう。
伊達政宗(1567〜1636年)は、隻眼の武将として知られる「独眼竜」。
「あと20年早く生まれていれば天下を取れた」とも言われる名将です。
24歳で奥州の大半を手中に収めましたが、すでに秀吉が天下統一を進めていたため、天下取りは叶いませんでした。
他にも、山形を治めた最上義光、南部地方の南部信直、会津の蘆名盛氏などが活躍しました。
関東地方の大名
関東といえば、北条早雲から始まる後北条氏が代表的です。
北条早雲は「戦国大名の先駆け」とも呼ばれ、下克上の象徴的存在。
その子孫である北条氏康、北条氏政らは5代にわたって関東を支配しました。
最終的に1590年の小田原征伐で秀吉に降伏し、滅亡します。
また、上野国(現在の群馬県)を拠点とした真田家も有名です。
真田昌幸と、その息子真田幸村(信繁)は、徳川軍を2度にわたって撃退した「表裏比興の者」として恐れられました。
中部地方の大名
甲斐(山梨県)の武田信玄と越後(新潟県)の上杉謙信は、戦国時代を代表するライバルです。
武田信玄(1521〜1573年)は「甲斐の虎」と呼ばれ、「風林火山」の旗印で知られます。
騎馬軍団を率いて領土を拡大し、三方ヶ原の戦いでは家康を散々に打ち破りました。
上杉謙信(1530〜1578年)は「越後の龍」「軍神」と称された戦の天才。
「義」を重んじ、敵である武田家に塩を送ったエピソードは有名です。
信玄との川中島の戦いは、戦国時代を代表する名勝負として語り継がれています。
駿河の今川義元は「海道一の弓取り」と呼ばれた名門大名。
桶狭間で信長に討たれたことで「暗愚な大名」のイメージがありますが、実際は優れた政治家でした。
近畿地方の大名
近江(滋賀県)の浅井長政は、信長の妹・お市の方を妻に迎えた武将。
しかし同盟を破って信長と対立し、姉川の戦いで敗れて自害しました。
越前(福井県)の朝倉義景は、浅井長政とともに信長包囲網を形成。
一時は信長を追い詰めますが、最終的には滅ぼされました。
中国地方の大名
毛利元就(1497〜1571年)は「三本の矢」の逸話で知られる知略の名将。
息子たちに結束の大切さを説いたこの話は有名ですね。
安芸(広島県)の小豪族から中国地方全域を支配する大大名へと成長しました。
元就の孫である毛利輝元は、関ヶ原の戦いで西軍の総大将を務めます。
しかし実際には戦わず、戦後は大幅に領地を削られました。
四国地方の大名
長宗我部元親(1539〜1599年)は「土佐の出来人」と呼ばれた四国統一の英雄。
土佐一国から身を起こし、四国全土を制覇しました。
しかし秀吉の四国征伐で降伏し、土佐一国に押し込められます。
九州地方の大名
九州は「三国志」さながらの三つ巴の争いが繰り広げられました。
島津義久・島津義弘兄弟率いる薩摩の島津家は、九州統一まであと一歩に迫ります。
特に義弘は「鬼島津」と恐れられた猛将で、関ヶ原の戦いでの「島津の退き口」は伝説となっています。
大友宗麟(1530〜1587年)は北九州を支配したキリシタン大名。
南蛮貿易で富を築きましたが、島津家との戦いで衰退しました。
龍造寺隆信は肥前(佐賀県)を支配した「肥前の熊」。
大友・島津と並ぶ九州三大勢力の一角でしたが、沖田畷の戦いで島津軍に討たれました。
信長・秀吉を支えた名将たち
三英傑を支えた家臣たちも、個性豊かな人物ばかりです。
織田家の重臣
明智光秀は本能寺の変で信長を討った「謀反人」として知られます。
しかし近年の研究では、有能な武将・行政官として再評価されています。
柴田勝家は「鬼柴田」の異名を持つ猛将。
信長の死後、秀吉と対立し、賤ヶ岳の戦いで敗れて自害しました。
前田利家は「槍の又左」と呼ばれた武勇の人。
秀吉政権では五大老の一人となり、加賀百万石の礎を築きました。
秀吉配下の猛将たち
加藤清正は「虎退治」で知られる猛将。
朝鮮出兵では先鋒を務め、熊本城を築城した築城名人でもあります。
福島正則は賤ヶ岳の七本槍の筆頭。
関ヶ原では東軍として活躍しましたが、後に広島城の無届け修築を咎められ改易されました。
石田三成(1560〜1600年)は秀吉の右腕として政務を取り仕切った知将。
関ヶ原の戦いでは西軍を率いて家康に挑みましたが、敗れて処刑されました。
徳川四天王
家康を支えた4人の重臣は「徳川四天王」と呼ばれます。
酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政の4人です。
特に本多忠勝は生涯57回の合戦で一度も傷を負わなかったという伝説的な武将。
井伊直政は「井伊の赤備え」を率いた猛将で、彦根藩の祖となりました。
戦国時代を彩った女性たち
戦国時代は男性だけでなく、女性も重要な役割を果たしました。
ねね(高台院)
秀吉の正室として、天下人の妻となった女性です。
秀吉の出世を支え、多くの武将からも慕われました。
人気投票では「戦国時代ですごいと思う女性」第1位に選ばれることも。
お市の方
信長の妹で、戦国一の美女と称された女性。
浅井長政に嫁ぎ、3人の娘(茶々・初・江)をもうけますが、長政の死後は柴田勝家に再嫁。
勝家が秀吉に敗れると、夫とともに自害しました。
淀殿(茶々)
お市の方の長女で、秀吉の側室となり、秀頼を産みました。
秀吉の死後は豊臣家の実権を握り、大坂の陣で息子とともに最期を遂げます。
細川ガラシャ
明智光秀の娘で、細川忠興の妻。
本能寺の変後は「謀反人の娘」として苦難の日々を送りますが、キリスト教に救いを見出します。
関ヶ原の戦いの前、石田三成の人質になることを拒んで自害しました。
井伊直虎
2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公。
男子がいなくなった井伊家を女性ながら当主として守り抜きました。
後の徳川四天王・井伊直政を養育し、井伊家の存続に貢献しています。
立花誾千代
7歳で立花家の家督を相続した「女城主」。
夫の立花宗茂とともに九州の戦乱を生き抜き、城を守って戦ったと伝えられています。
戦国時代の主要人物一覧表
| 人物名 | 読み方 | 生没年 | 地域 | 特徴・異名 |
|---|---|---|---|---|
| 織田信長 | おだのぶなが | 1534〜1582 | 尾張 | 三英傑、第六天魔王 |
| 豊臣秀吉 | とよとみひでよし | 1537〜1598 | 尾張 | 三英傑、太閤 |
| 徳川家康 | とくがわいえやす | 1542〜1616 | 三河 | 三英傑、東照大権現 |
| 武田信玄 | たけだしんげん | 1521〜1573 | 甲斐 | 甲斐の虎、風林火山 |
| 上杉謙信 | うえすぎけんしん | 1530〜1578 | 越後 | 越後の龍、軍神 |
| 伊達政宗 | だてまさむね | 1567〜1636 | 陸奥 | 独眼竜 |
| 毛利元就 | もうりもとなり | 1497〜1571 | 安芸 | 三本の矢、謀神 |
| 北条早雲 | ほうじょうそううん | 1432頃〜1519 | 伊豆 | 戦国大名の先駆け |
| 今川義元 | いまがわよしもと | 1519〜1560 | 駿河 | 海道一の弓取り |
| 長宗我部元親 | ちょうそかべもとちか | 1539〜1599 | 土佐 | 土佐の出来人、四国の覇者 |
| 島津義弘 | しまづよしひろ | 1535〜1619 | 薩摩 | 鬼島津 |
| 真田幸村 | さなだゆきむら | 1567〜1615 | 信濃 | 日本一の兵(ひのもといちのつわもの) |
| 明智光秀 | あけちみつひで | 生年不詳〜1582 | 美濃 | 本能寺の変 |
| 石田三成 | いしだみつなり | 1560〜1600 | 近江 | 関ヶ原西軍の実質的指揮官 |
| 加藤清正 | かとうきよまさ | 1562〜1611 | 尾張 | 虎退治、築城名人 |
| 本多忠勝 | ほんだただかつ | 1548〜1610 | 三河 | 徳川四天王、戦国最強の武将 |
| 前田利家 | まえだとしいえ | 1539〜1599 | 尾張 | 槍の又左、加賀百万石の祖 |
| 浅井長政 | あざいながまさ | 1545〜1573 | 近江 | お市の方の夫 |
| 大友宗麟 | おおともそうりん | 1530〜1587 | 豊後 | キリシタン大名 |
| 黒田官兵衛 | くろだかんべえ | 1546〜1604 | 播磨 | 秀吉の軍師、如水 |
戦国時代の女性一覧表
| 人物名 | 読み方 | 生没年 | 関係 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ねね(高台院) | ねね | 1542頃〜1624 | 秀吉の正室 | 天下人の妻、北政所 |
| お市の方 | おいちのかた | 1547〜1583 | 信長の妹 | 戦国一の美女 |
| 淀殿(茶々) | よどどの | 1569〜1615 | 秀吉の側室 | 秀頼の母 |
| 細川ガラシャ | ほそかわがらしゃ | 1563〜1600 | 光秀の娘 | キリシタン |
| 濃姫(帰蝶) | のうひめ | 1535頃〜没年不詳 | 信長の正室 | 道三の娘 |
| お江(崇源院) | おごう | 1573〜1626 | 秀忠の正室 | 徳川3代将軍家光の母 |
| まつ(芳春院) | まつ | 1547〜1617 | 前田利家の正室 | 加賀百万石の礎 |
| 井伊直虎 | いいなおとら | 生年不詳〜1582 | 井伊家当主 | おんな城主 |
| 立花誾千代 | たちばなぎんちよ | 1569〜1602 | 立花宗茂の妻 | 7歳で女城主 |
| 寿桂尼 | じゅけいに | 1489頃〜1568 | 今川義元の母 | 女戦国大名 |
まとめ
戦国時代の人物を一覧で紹介してきました。
ポイントをまとめると以下の通りです。
- 三英傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)がリレーのように天下統一を達成
- 全国各地で武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、毛利元就など個性的な大名が活躍
- ねね、お市の方、井伊直虎など、女性も歴史を動かす重要な役割を果たした
戦国時代は「下克上」の時代。
身分に関係なく、実力と運で人生を切り開いた人々の物語が詰まっています。
気になる人物がいたら、ぜひその生涯を深掘りしてみてくださいね。


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