「悪魔」だったのに、いつの間にか「お茶目ないたずら者」になっていた妖精がいるのをご存知でしょうか?
それがパック(Puck)です。
シェイクスピアの『夏の夜の夢』に登場する陽気な妖精として有名ですが、実はその歴史はもっと古く、そしてもっと複雑なんです。
この記事では、パックの正体から伝承、名前の由来、そして現代のポップカルチャーでの活躍まで、徹底的に解説していきます。
パックの基本情報

パック(Puck)は、イギリスの民間伝承に登場する妖精・精霊です。
地方によってポーク、プーク、パックル、パグなど、さまざまな名前で呼ばれています。
「ロビン・グッドフェロー(Robin Goodfellow)」という別名でも知られ、ホブゴブリン(Hobgoblin)と同一視されることも多い存在です。
いたずら好きな性格から「トリックスター」に分類されますが、ただの悪ふざけ妖精ではありません。
弱者や貧乏人、そして恋人たちには恩恵を与えるという、ちょっと複雑な一面も持っているんですね。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | パック(Puck) |
| 別名 | ロビン・グッドフェロー、ホブゴブリン |
| 分類 | 妖精・精霊・トリックスター |
| 起源 | イギリス(イングランド)の民間伝承 |
| 関連 | プーカ(アイルランド)、プカ(ウェールズ) |
パックの姿と特徴
パックの姿は、伝承や時代によってかなり異なります。
これ自体が「変身能力」を表しているという説もあるんです。
よく描かれる姿
毛深い小柄な人間の姿で現れることが多いとされています。
また、ギリシャ神話の牧神パーンのように、上半身が人間、下半身がヤギという半人半獣の姿で描かれることもあります。
17世紀の版画では、ヤギの角と蹄を持ち、ほうきを担いだ姿が残されています。
このほうきは、家事を手伝う妖精としての一面を象徴しているんですね。
体色は茶色や赤毛が多く、ヤギやロバの蹄を持つとも伝えられています。
変身能力
パックは変身の達人です。
馬、犬、猫、ウサギ、さらには火の玉(ウィル・オ・ザ・ウィスプ)にまで姿を変えることができるとされています。
特に黒馬の姿を好むとされ、旅人を背中に乗せて一晩中走り回り、どこか遠くに置き去りにするというイタズラをしたとか。
名前の由来と語源
パック(Puck)の語源については、実は今でも議論が続いています。
諸説ある語源
オックスフォード英語辞典では「語源は確定していない」とされています。
主な説は以下の通りです。
ゲルマン語説
古ノルド語の「púki」(いたずらな悪魔)に由来するという説。
古スウェーデン語の「puke」、アイスランド語の「púki」など、北欧諸国に類似の言葉があります。
ケルト語説
アイルランド語の「púca」、ウェールズ語の「pwca」に由来するという説。
フリンダース大学の研究者エリン・セボは、アイルランド起源を支持しています。
いずれにせよ、古英語では「puca」という単語が存在し、もともとは「悪魔」や「悪霊」を意味していました。
ロビン・グッドフェローの意味
「ロビン・グッドフェロー」という名前は中世英語に由来します。
「ロビン」は古フランス語の「Robert(ロバート)」の愛称形。
「グッドフェロー」は文字通り「良い仲間」という意味です。
面白いのは、この名前が「機嫌取り」から来ているという点。
妖精たちは「良い人々(good folk)」と呼ばれることを好んだため、人々は災いを避けるためにおだてて「良い仲間」と呼んだのです。
オックスフォード英語辞典によると、「ロビン・グッドフェロー」という名前の最古の文献記録は1531年とされています。
悪魔から愛されるいたずら者へ
パックの歴史をたどると、興味深い変化が見えてきます。
中世:悪魔だった時代
古英語・中英語において、「puck」は単純に「悪魔」を意味していました。
中世には「Pouk」が悪魔の別名として使われ、地獄を「Pouk’s Pinfold(パックの囲い地)」と呼ぶこともあったそうです。
13世紀からエドマンド・スペンサーの時代まで、パックは悪霊とみなされていました。
16世紀:いたずら者への変化
16世紀頃になると、パックのイメージは大きく変わります。
ブラウニー(家に住みついて家事を手伝う妖精)のような存在として認識されるようになったのです。
民話学者キャサリン・ブリッグズは「中世には悪魔の名前だったが、16世紀には無害ないたずら者になっていた」と記しています。
シェイクスピアによる決定的な変化
そして1595年頃、シェイクスピアが『夏の夜の夢』でパックを登場させます。
ここで描かれたパックは、妖精王オーベロンに仕える陽気ないたずら者。
劇中で妖精がパックを評する場面があります。
「村娘を怖がらせ、ミルクをかすめ取り、粉ひきを邪魔し、旅人を夜道で迷わせる——でもホブゴブリンと呼んでくれる人の仕事は手伝い、幸運をもたらす」
この二面性が、パックの魅力をよく表しているんですね。
パックの伝承:いたずらと善行
パックにまつわる伝承は非常に多彩です。
その特徴を見ていきましょう。
いたずらの数々
パックの得意ないたずらは以下のようなものです。
旅人を迷わせる
夜道を歩く旅人の前に現れて、沼地や崖っぷちまで誘導してしまいます。
英語には「Robin Goodfellow has been with you tonight(今晩はロビン・グッドフェローと一緒だった)」という表現があり、これは「道に迷った」という意味で使われていました。
姿を変えて驚かす
椅子に化けておばあさんの尻の下から抜け出したり、ローストリンゴに化けてお茶の中に飛び込んだり。
夜の悪ふざけ
ロウソクを吹き消して暗闘で娘にキスをしたり、寝ている人の布団をはぎ取って冷たい床に落としたり。
意外な善行
一方で、パックには優しい面もありました。
家事の手伝い
夜中にこっそりやってきて、やり残した家事を片付けてくれます。
細かい針仕事やバターのかき混ぜが得意だったとか。
お礼は牛乳一杯
お礼としてボウル一杯のクリームか白パンと牛乳を置いておく風習がありました。
これを忘れると、せっかくの仕事を元に戻されてしまいます。
弱者の味方
貧乏人や弱者、恋人たちには恩恵を与えると信じられていました。
パックを避ける方法
パックに道を迷わされないために、帽子や外套を裏返しに着るという風習がありました。
妖精全般に有効な方法として知られています。
プーカとの関係:アイルランドの「兄弟」
パックと深い関係にあるのが、アイルランドのプーカ(Púca)です。
プーカとは
プーカはケルト神話に登場する変身妖精で、パックの「語源」や「元になった存在」ともいわれています。
発音は「プーカ」で、アイルランド語で「霊」や「幽霊」を意味します。
主に黒馬の姿を取ることが多く、金色や赤く輝く目を持つとされています。
共通点と相違点
両者には多くの共通点があります。
共通点
変身能力を持つ
いたずら好き
旅人を迷わせる
家事を手伝うこともある
11月1日(サウィン)と関連がある
相違点
プーカはより「動物的」な存在として描かれることが多く、馬の姿が特に有名です。
パックは人間に近い姿で描かれることが増えていきました。
ハロウィンとの関連
プーカ(そしてパック)はサウィン(ハロウィンの起源となった祭り)と深い関係があります。
10月31日を過ぎると、収穫されなかった作物は「プーカに触れられた」とみなされ、食べてはいけないとされていました。
農民たちは「プーカの分け前」として作物を残しておく風習もあったそうです。
各地の「パック」たち
パックに類似した存在は、ヨーロッパ各地に見られます。
| 地域 | 名前 | 特徴 |
|---|---|---|
| アイルランド | プーカ(Púca) | 黒馬の姿で現れることが多い |
| ウェールズ | プカ(Pwca) | 旅人を沼地に導く |
| コーンウォール | ブッカ(Bucca) | 漁師に幸運・不運をもたらす |
| アイスランド | プキ(Púki) | 悪霊、悪魔の意味も |
| スウェーデン | プーケ(Puke) | 悪霊、いたずら者 |
| ノルウェー | プーク(Puk) | 水の精霊 |
興味深いのは、北に行くほど「悪魔」寄りの意味合いが強くなり、ケルト圏では「いたずら者」としての性格が強いという傾向があることです。
文学におけるパック
パックは多くの文学作品に登場しています。
シェイクスピア『夏の夜の夢』(1595年頃)
最も有名な登場作品です。
妖精王オーベロンの従者として登場し、媚薬を使った恋のいたずらを引き起こします。
劇の最後に観客に語りかけるパックの台詞は特に有名です。
「もしこの芝居がお気に召さなければ、これは夢だったとお思いください——」
17世紀の小冊子『ロビン・グッドフェローの悪ふざけと陽気ないたずら』
この小冊子では、パックは妖精王オーベロンと人間の田舎娘との間に生まれた「半妖精」として描かれています。
6歳で家を出たロビンは、夢の中で父オーベロンから黄金の巻物を授かります。
そこには変身の方法が書かれており、「悪を挫き、善を助けるために使え」と記されていたそうです。
ラドヤード・キプリング『プークが丘の妖精パック』(1906年)
ノーベル文学賞作家キプリングの児童文学。
パックが子どもたちにイギリスの歴史を語る形式で、多くの物語が展開されます。
現代のポップカルチャーにおけるパック
パックは現代の創作物にも頻繁に登場しています。
漫画・アニメ
『ベルセルク』(三浦建太郎)
主人公ガッツの最初の仲間として登場するエルフの「パック」。
風の精霊の末裔であるピスキー族で、作品にコミカルな要素をもたらしています。
青い髪と羽を持つ小さな妖精として描かれ、いたずら好きで皮肉屋な性格はまさに伝承のパックそのものです。
海外コミック
『サンドマン』(ニール・ゲイマン)
シェイクスピアが『夏の夜の夢』を妖精たちの前で上演する回に登場。
ここでのパックは残忍で危険なホブゴブリンとして描かれています。
2022年のNetflix版ではジャック・グリーソン(『ゲーム・オブ・スローンズ』のジョフリー役)が演じました。
アニメーション
『ガーゴイルズ』(ディズニー)
シェイクスピア作品のキャラクターが多数登場するこの作品で、パックは繰り返し現れる重要キャラクターとして活躍します。
小説
『アイアン・フェイ』シリーズ(ジュリー・カガワ)
『シスターズ・グリム』シリーズ(マイケル・バックリー)
いずれもパック(ロビン・グッドフェロー)を主要キャラクターとして登場させています。
パックにまつわる場所
イギリスには、パックの名前がついた場所がいくつか存在します。
プークの丘(Pook’s Hill)
キプリングの小説の舞台となった場所で、イースト・サセックスにあります。
ポウラポウカ(Pollaphuca)
アイルランド・ウィックロー州にある滝。
名前は「プーカの穴」を意味します。
アイルランドの主要河川リフィー川の源流近くにあり、プーカとの関連が深い聖地とされていました。
まとめ
パック(Puck)の特徴をまとめると、以下のようになります。
- イギリス民間伝承に登場する妖精・精霊
- ロビン・グッドフェロー、ホブゴブリンとも呼ばれる
- 語源はケルト語のプーカ(Púca)か、北欧語のプキ(púki)に由来
- 中世では「悪魔」の意味だったが、16世紀以降は「いたずら者」に変化
- 変身能力を持ち、特に黒馬の姿が有名
- いたずら好きだが、弱者には恩恵を与える二面性を持つ
- シェイクスピア『夏の夜の夢』で世界的に有名になった
- 現代でも『ベルセルク』『サンドマン』など多くの作品に登場
悪魔から愛されるいたずら者へ——パックは何百年もの時間をかけて、その姿を変えてきました。
でも「いたずら好きで、ちょっと憎めない」という本質は、今も昔も変わっていないのかもしれませんね。
パック一覧表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 英語名 | Puck |
| 別名 | ロビン・グッドフェロー(Robin Goodfellow)、ホブゴブリン(Hobgoblin) |
| 分類 | 妖精、精霊、トリックスター |
| 起源地 | イングランド |
| 関連存在 | プーカ(アイルランド)、プカ(ウェールズ)、ブッカ(コーンウォール) |
| 能力 | 変身、家事手伝い、幻惑、笛で人を踊らせる |
| 姿 | 毛深い小人、半人半獣(ヤギ脚)、黒馬など |
| 性格 | いたずら好き、陽気、二面性がある |
| 弱点 | 冷たい鉄、服を新調されると去る |
| 関連行事 | サウィン(ハロウィン)、11月1日 |
| 主な登場作品 | 『夏の夜の夢』『ベルセルク』『サンドマン』など |
参考情報
この記事の作成にあたり、以下の情報を参照しました。
- Britannica “Puck (fairy)”
- Oxford English Dictionary “Robin Goodfellow” (初出1531年の記録)
- Katharine Briggs『An Encyclopedia of Fairies』
- Historic UK “Robin Goodfellow”
- Wirt Sikes『British Goblins: Welsh Folk-lore, Fairy Mythology, Legends and Traditions』


コメント