あなたが今日送ったメールや電話、もしかしたら誰かに見られているかもしれない——。
そう聞いたら、ちょっとゾッとしませんか?
実は、世界中の通信を傍受できるシステムが存在するんです。
その名も「エシュロン(ECHELON)」。
都市伝説や陰謀論の類だと思われていたこのシステム、実は2001年に欧州議会が「存在は疑いない」と公式に認定しています。
この記事では、エシュロンとは何なのか、どうやって動いているのか、そして日本との関係まで、わかりやすく解説します。
エシュロンとは

エシュロンは、アメリカを中心とした5カ国が運営する世界規模の通信傍受システムです。
運営しているのは「ファイブアイズ」と呼ばれる情報同盟。
具体的には、以下の5カ国の情報機関が協力しています。
- アメリカ(NSA:国家安全保障局)
- イギリス(GCHQ:政府通信本部)
- カナダ(CSE:通信保安局)
- オーストラリア(ASD:オーストラリア信号局)
- ニュージーランド(GCSB:政府通信保安局)
もともとは冷戦時代にソ連や東側諸国の軍事・外交通信を監視するために開発されました。
しかし冷戦が終わった後も、その対象は民間の通信にまで広がっていったとされています。
電話、FAX、電子メール、インターネット通信——あらゆる通信が傍受対象になり得るというのが、このシステムの恐ろしいところです。
名前の意味
「エシュロン(ECHELON)」という名前は、フランス語で「梯子(はしご)の段」を意味する「échelon」に由来しています。
軍隊用語では「梯形陣」や「階層」という意味もあり、世界中に張り巡らされた傍受ネットワークの「段階的な構造」を暗示しているのかもしれません。
ちなみに、エシュロンはNSA内部でのコードネームでした。
開発を担当したロッキード・マーティン社では「P415」、使用されていたソフトウェアは「SILKWORTH」や「SIRE」と呼ばれていたそうです。
エシュロンの歴史
始まりは第二次世界大戦中
エシュロンのルーツは、1943年にさかのぼります。
この年、アメリカとイギリスは「英米通信傍受協定(ブルサ協定)」を締結。
ドイツの暗号機「エニグマ」を共同で解読するための協力体制が生まれました。
UKUSA協定の締結(1948年)
戦後の1948年、米英に加えてカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが参加する「UKUSA協定」が秘密裏に結ばれます。
この協定が、現在のファイブアイズの基盤となりました。
エシュロンの正式始動(1971年)
1966年、NSAは通信衛星の傍受を目的とした「FROSTINGプログラム」を開始。
このプログラムには2つのサブプロジェクトがありました。
| プロジェクト名 | 目的 |
|---|---|
| TRANSIENT | ソ連の通信衛星「モルニヤ」の傍受 |
| ECHELON | 国際電気通信衛星機構(INTELSAT)の傍受 |
エシュロンは1971年に正式に稼働を開始。
当初はワシントン州ヤキマと、イギリス・コーンウォールの施設が中心でした。
暴露と調査(1988年〜2001年)
1988年、イギリスのジャーナリスト、ダンカン・キャンベルが雑誌記事でエシュロンの存在を初めて公にしました。
同年、NSAの契約社員だったマーガレット・ニューシャムが米国議会にエシュロンについて証言。
なんと、アメリカの上院議員の電話も傍受されていたことが明らかになりました。
1996年にはニュージーランドのジャーナリスト、ニッキー・ヘイガーが著書『Secret Power』でシステムの詳細を暴露。
これが欧州議会の調査へとつながります。
2001年、欧州議会は「エシュロン通信傍受システムに関する特別委員会」の最終報告書を発表。
「世界的な通信傍受システムの存在は疑いない」と結論づけました。
スノーデンの暴露(2013年)
2013年、元NSA職員のエドワード・スノーデンが大量の機密文書をリーク。
エシュロンの存在が内部文書で初めて公式に確認されたほか、「PRISM」など新たな監視プログラムの存在も明らかになりました。
エシュロンの仕組み
「ディクショナリー」システム
エシュロンの心臓部は、「ディクショナリー」と呼ばれるコンピューターシステムです。
世界中の傍受施設で集められた通信は、このディクショナリーに送られます。
システムは膨大な通信の中から、あらかじめ登録されたキーワードを自動検索。
ヒットした通信だけが、分析官の手元に届く仕組みです。
キーワードには、人名、地名、組織名、特定の話題などが含まれます。
各国の情報機関がそれぞれ独自のキーワードリストを持っており、ニュージーランドの施設でもNSAやGCHQのキーワードで検索が行われます。
傍受の方法
| 方法 | 説明 |
|---|---|
| 衛星通信傍受 | INTELSATなどの通信衛星を地上施設で傍受 |
| 海底ケーブル | かつては中継器に傍受装置を設置 |
| マイクロ波通信 | 都市間の無線通信を傍受 |
| インターネット | 基幹回線からデータを収集 |
元NSA長官のウィリアム・ステュードマンによれば、100万件の通信を傍受しても、実際に分析官が目にするのは約1000件、最終的に報告書になるのはわずか1件程度だったといいます。
つまり、エシュロンは「情報の干し草の山から、針を見つける」ためのシステムなんですね。
ファイブアイズの役割分担
ファイブアイズ各国は、世界を地域ごとに分担して監視しています。
| 国 | 担当地域 |
|---|---|
| アメリカ(NSA) | ロシア、中南米、アジアの一部 |
| イギリス(GCHQ) | ヨーロッパ、アフリカ、ロシアの一部 |
| カナダ(CSE) | 北極圏、北緯地域 |
| オーストラリア(ASD) | 東南アジア、南太平洋 |
| ニュージーランド(GCSB) | オセアニア、南太平洋 |
各国の施設で傍受された情報は、ネットワークで共有されます。
あたかも5カ国で1つの巨大な監視網を運営しているようなものです。
日本との関係
三沢基地の傍受施設
日本にもエシュロンの傍受施設が存在するとされています。
場所は、青森県の三沢飛行場(米軍基地)。
かつては白いドーム状の施設(レドーム)が設置されており、ロシア、中国、北朝鮮の通信傍受に活用されていたと言われています。
2001年の朝日新聞報道では、日本を含むアジア・オセアニア地域の傍受基地の存在が報じられました。
日本も監視対象だった
驚くべきことに、日本自身もエシュロンの監視対象だったことが明らかになっています。
2001年、毎日新聞は日本の外交電文がエシュロンに傍受されていると報道。
日本関連の情報は「JAD(Japanese Diplomatic Intelligence)」という暗号名で呼ばれ、オセアニア地域での日本情報の傍受はニュージーランドが担当していたそうです。
1995年のジュネーブでの日米自動車交渉では、NSAが日本の自動車会社幹部の電話を盗聴していたという報道もあります。
同盟国であっても、情報活動の対象になり得るということですね。
シックス・アイズへの参加?
近年、日本がファイブアイズに加わり「シックス・アイズ」になる可能性が報じられています。
2019年にはイギリスのガーディアン紙が「対中国の観点から日本が6番目の締結国となる可能性がある」と報道しました。
スノーデンがリークした文書によれば、日本はすでにファイブアイズと協力関係にあるとのこと。
正式加盟の動きが今後どうなるか、注目されています。
問題点と論争

プライバシーの侵害
エシュロンをめぐる最大の批判は、プライバシーの侵害です。
欧州議会の報告書では、軍事・外交通信だけでなく民間の通信も傍受対象になっていると指摘されました。
アムネスティ・インターナショナルやクリスチャン・エイドといった慈善団体の通信も傍受されていたという証言もあります。
産業スパイ疑惑
もう一つの大きな問題は、産業スパイへの転用疑惑です。
2000年、元CIA長官のジェームズ・ウルジーは、アメリカがエシュロンでヨーロッパ企業を監視していたことを認めました。
ただし彼は「監視対象は談合を行っていた企業だ」と釈明し、むしろ「悪いのは談合したフランス企業の方だ」と開き直ったそうです。
1999年には、ドイツの風力発電機器メーカー「エネルコン」が米国で特許申請したところ、すでに類似の特許が取られていたという事件も。
エシュロンによる産業スパイの結果ではないかと疑われています。
「監視者を誰が監視するのか」
欧州議会の報告書は、古代ローマの詩人ユウェナリスの言葉を引用しています。
Sed quis custodiet ipsos custodes(しかし、監視者を誰が監視するのか)
巨大な監視システムが存在する以上、それが悪用されない保証はどこにもない——。
この問いかけは、今も重い意味を持っています。
フィクションに登場するエシュロン
エシュロンは、その存在感からフィクションにもたびたび登場します。
| 作品名 | エシュロンの扱い |
|---|---|
| STEINS;GATE | エシュロンへのハッキングが物語の重要シーンとして描かれる |
| BLOODY MONDAY | 「F・E(ファルコン・エシュロン)」という類似システムが登場 |
| 魔法科高校の劣等生 | エシュロンの後継機「エシュロンIII」が登場 |
| ヘッド・オブ・ステイト | エシュロンをハッキングする武器商人との戦い |
ゲームやアニメに登場することで、若い世代にもその名前が知られるようになりました。
まとめ
この記事では、世界規模の通信傍受システム「エシュロン」について解説しました。
ポイントを整理すると:
- エシュロンはアメリカを中心とした「ファイブアイズ」5カ国が運営する通信傍受システム
- 1971年に正式稼働し、当初はソ連監視が目的だった
- 「ディクショナリー」システムでキーワード検索を自動化
- 日本の三沢基地にも傍受施設があるとされる
- 同盟国である日本も監視対象だった
- プライバシー侵害や産業スパイへの転用が国際問題に
2013年のスノーデン暴露以降、エシュロンという名前自体はあまり聞かなくなりました。
しかし、それは監視がなくなったということではありません。
PRISMやXKeyscore(エックスキースコア)など、より高度な監視システムに置き換わっただけという見方が一般的です。
私たちの通信が「誰かに見られている可能性がある」という現実は、今も変わっていないのかもしれません。


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