クラシック音楽のアラベスクとは?語源・特徴・代表曲をわかりやすく解説

ピアノの発表会やコンクールで「アラベスク」というタイトルの曲を目にしたことはありませんか?
ブルグミュラーの練習曲やドビュッシーのピアノ曲など、クラシック音楽には「アラベスク」と名付けられた作品がいくつも存在します。

実はこの言葉、もともとは音楽用語ではありません。
イスラム建築の美しい装飾模様に由来し、文学や哲学を経て、やがて音楽の世界にも取り入れられたという興味深い歴史を持っています。

この記事では、アラベスクという言葉の語源から音楽的特徴、そして代表的な名曲まで、わかりやすく解説していきます。

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概要

アラベスク(Arabesque)は、クラシック音楽において装飾的で流麗な旋律を特徴とする小品、またはそうした性格を持つ楽曲のことです。
主にピアノ独奏曲として作曲されることが多く、華やかな右手の旋律と支えとなる左手の伴奏で構成されます。

「アラベスク」と名付けられた楽曲の中で最も有名なのは、クロード・ドビュッシー(Claude Debussy)の『2つのアラベスク』でしょう。
ピアノ学習者にとっては、フリードリヒ・ブルグミュラー(Johann Friedrich Franz Burgmüller)の『25の練習曲』第2番「アラベスク」もおなじみの一曲です。

音楽のアラベスクは19世紀に最も多く作曲されており、ロマン派から印象派にかけての時代と深く結びついています。

「アラベスク」の語源——イスラム美術から音楽へ

イスラム建築の装飾模様

アラベスクという言葉は、イタリア語の「アラベスコ(arabesco)」に由来します。
これは「アラビア風の」という意味で、名詞「arabo(アラブ人)」から派生した形容詞です。
フランス語に入って「arabesque」となり、17世紀頃から広く使われるようになりました。

もともとアラベスクが指すのは、イスラム建築や装飾美術に見られる幾何学的な文様のことです。
植物の蔓(つる)や葉、花が複雑に絡み合い、途切れることなく繰り返される装飾パターン——モスクや宮殿の壁面を飾るあの精緻な模様が、アラベスクの原型です。

イスラム美術では、人物や動物の具象的な表現を避ける傾向がありました。
その代わりに抽象的・幾何学的な文様を極限まで発展させたことで、独特の美しさが生まれたのです。

ヨーロッパでの受容——美術・文学・バレエ

ヨーロッパの人々はイスラム文化圏のこうした装飾に感銘を受け、自らの芸術に取り入れていきました。
絵画や金属工芸の分野では、曲線が複雑に絡み合う装飾スタイルを「アラベスク」と呼ぶようになります。

バレエの世界にも、アラベスクという言葉は定着しました。
片足で立ち、もう一方の脚を後ろに伸ばし、腕を前後に広げるあの優雅なポーズです。
1830年頃にはバレエ用語として使われていたことが確認されています。

文学の分野で「アラベスク」に新たな意味を与えたのが、ドイツの文芸批評家・哲学者フリードリヒ・シュレーゲル(Karl Wilhelm Friedrich Schlegel、1772〜1829年)でした。
シュレーゲルはアラベスクを「人間の空想の最も古く、最も根源的な形式」と呼び、ロマン主義文学における断片性や遊戯的な精神を象徴する概念として用いました。

アメリカの作家エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)が1840年に発表した短編集のタイトルにも、「グロテスクとアラベスクの物語(Tales of the Grotesque and the Arabesque)」とあります。
ここでのアラベスクは、夢のように不確かで幻想的な雰囲気を表す言葉として使われています。

音楽用語としてのアラベスク

こうした美術・文学の概念が音楽に持ち込まれたのが、19世紀のことです。
音楽におけるアラベスクは、イスラム建築の装飾模様のように、旋律が流れるように絡み合い、優美な線を描くことを特徴としています。

最初にピアノ曲のタイトルとして「アラベスク」を用いたのは、ロベルト・シューマン(Robert Schumann)でした。
1839年に作曲された『アラベスケ ハ長調 作品18』がそれにあたります。

音楽のアラベスクの特徴

アラベスクには、一般的に次のような音楽的特徴が見られます。

装飾的な旋律

最も際立つのは、華やかで装飾的な旋律です。
イスラム美術の蔓模様のように、音の線がうねりながら展開していきます。

右手が精緻な旋律を奏でる一方、左手はアルペジオ(分散和音)や和音で支える構成が多く見られます。
こうした構造は、ピアノ曲としてのアラベスクの基本形と言えるでしょう。

3つの作曲技法

アラベスクでは、主に3つの技法が用いられるとされています。

1つ目は、対位法による主題の装飾です。
メロディーを別の声部が追いかけるように絡み合い、複数の旋律が同時に流れる効果を生み出します。

2つ目は、ターン(回音)を用いた主題の装飾です。
「グルペッティ(grupetti)」とも呼ばれるこの技法により、旋律に繊細な曲線が加わります。

3つ目は、急速に変化する和声です。
ただし曲全体を前に推し進めるのではなく、その場にとどまるような静的な印象を与えるのが特徴です。

これらの技法が組み合わさることで、「凍結された音楽(frozen music)」とも形容される、時間が止まったような美しい響きが生まれます。

形式と構造

アラベスクは多くの場合、比較的短い独立した小品として作曲されます。
三部形式(ABA)やロンド形式が用いられることが多く、中心となるテーマが変奏や装飾を通じて繰り返されます。

長大な展開を重視するソナタ形式とは対照的に、凝縮された美しさを追求する点がアラベスクの魅力と言えるでしょう。

代表的なアラベスクの名曲

ここからは、クラシック音楽を代表するアラベスクの楽曲を見ていきましょう。

シューマン『アラベスケ ハ長調 作品18』(1839年)

ロベルト・シューマン(Robert Schumann、1810〜1856年)の『アラベスケ ハ長調 作品18』は、ピアノ曲のタイトルに「アラベスク」を用いた最初期の作品として知られています。

シューマンがこの曲を作曲したのは1839年のこと。
当時、彼はウィーンに滞在していました。
愛するクララ・ヴィーク(Clara Wieck)との結婚を父親フリードリヒ・ヴィークに反対され、裁判所に結婚許可を求めていた苦しい時期です。

そんな中でシューマンは、「軽くて女性的な様式」で書くことを意識していたと手紙に記しています。
1839年8月15日付のエルンスト・ベッカーへの書簡では、この曲と『花の曲 作品19』のことを「繊細な——ご婦人向けの」作品と表現しました。

楽曲はロンド形式で、穏やかで優しい主題が何度か回帰し、その合間に短調の対比的な挿入部が現れます。
冒頭には「Leicht und zart(軽く、やわらかに)」と指示されており、流れるようなアルペジオが揺らめく旋律を紡いでいきます。

シューマン自身はこの曲を「弱々しい」と評しましたが、これは芸術的信念に従って自由に書きたかった彼が、経済的な理由から親しみやすい作品を書かざるを得なかったことへの不満とも解釈されています。

なおシューマンのアラベスクの背景には、先ほど紹介したフリードリヒ・シュレーゲルの文学理論の影響が指摘されています。
シュレーゲルにとってアラベスクとは、断片的でありながら有機的に結びつく自由な形式のこと。
シューマンはその思想を音楽に置き換え、古典的な形式を超えた詩的な小品を生み出したのです。

ブルグミュラー『アラベスク』作品100 第2番(1852年出版)

日本のピアノ学習者にとって最もなじみ深いアラベスクは、おそらくこの曲でしょう。

フリードリヒ・ブルグミュラー(Johann Friedrich Franz Burgmüller、1806〜1874年)はドイツ生まれの作曲家で、パリを拠点に活動しました。
彼の『25の練習曲 作品100(25 Études faciles et progressives, Op. 100)』はマインツで1852年に出版され、初級から中級レベルのピアノ学習者向けの教材として、現在でも世界中で使われ続けています。

その第2番「アラベスク(L’Arabesque)」はイ短調の軽快な練習曲です。
右手が素早い16分音符のパッセージを駆け巡り、左手は歯切れのよいスタッカートの和音で支えます。

全体は「丸みを帯びた二部形式(rounded binary form)」で構成されています。
A部分で軽やかなイ短調の主題が提示された後、B部分では関係調のハ長調に転調して明るい表情を見せ、A’部分で再びイ短調の主題が回帰します。

演奏時間はわずか1分ほどですが、指の敏捷性と強弱のコントラストを学ぶのに適した一曲として高く評価されています。
短いながらも劇的な結尾が用意されており、演奏する楽しさも十分に味わえます。

ドビュッシー『2つのアラベスク』L. 66(1888〜1891年)

クロード・ドビュッシー(Claude Debussy、1862〜1918年)の『2つのアラベスク(Deux arabesques)』は、音楽のアラベスクを語る上で欠かせない作品です。

ドビュッシーがこの曲を作曲したのは、まだ20代だった1888年から1891年にかけてのこと。
初版は1891年に300部限定で出版されましたが、当初はさほど注目されませんでした。
本格的に人気を集めたのは10年ほど後のことで、20世紀初頭にはさまざまな楽器編曲が次々と生まれています。

第1番 ホ長調(Andantino con moto)

ドビュッシーの第1アラベスクは、波のように揺れるアルペジオと五音音階(ペンタトニック・スケール)を用いた旋律が特徴的です。
冒頭から第一転回形の三和音が平行移動する手法は、ドビュッシーが後の作品でも多用する印象主義的な技法のひとつとなっています。

中間部ではイ長調へと転調し、夢見るような静かな世界が広がります。
再現部ではより高い音域へと上昇した後、五音音階の大きなスケールが上下に走り、再びホ長調へと帰着します。

この曲は映画やテレビ番組でも数多く使用されています。
岩井俊二監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)でも、ドビュッシーの他の作品とともにこの曲が印象的に用いられました。

第2番 ト長調(Allegretto scherzando)

第2番は第1番よりも軽快なテンポで、スケルツォ的な性格を持っています。
左手の和音の上に右手のトリルが軽やかに舞い、蝶が翼をはためかせるような動きを感じさせます。

何度か転調を経て低い音域を探求した後、第1番と似た穏やかな終結を迎えます。

ドビュッシーにとってのアラベスク

ドビュッシーがアラベスクに見出していたのは、イスラム建築の装飾だけではありません。
彼は自然の中に宿る曲線の美しさを音楽に映し出そうとしていました。
アール・ヌーヴォーの芸術家たちが自然の形を称賛していたのと同じ精神です。

ドビュッシーはバロック音楽のアラベスクについて、次のように記しています。
「あの時代は、”すばらしきアラベスク”の時代であった。音楽は、自然そのものの運動に刻まれた美の法則に従っていたのだ」と。

この言葉には、形式的な規則よりも自然の曲線に従う音楽を理想とする、ドビュッシーの美学がはっきりと表れています。
後の『牧神の午後への前奏曲(Prélude à l’après-midi d’un faune)』(1894年)などに見られるうねるような旋律線は、まさにアラベスク的な美意識の発展形と言えるでしょう。

その他のアラベスク作品

シューマン、ブルグミュラー、ドビュッシーの3人以外にも、多くの作曲家がアラベスクを手がけています。

セシル・シャミナード(Cécile Chaminade、1857〜1944年)は、1892年の作品61と1898年の作品92という2つのアラベスクを残しました。
19世紀末に最も成功したフランスの女性作曲家のひとりとして知られる人物です。

モーリッツ・モシュコフスキ(Moritz Moszkowski、1854〜1925年)は、1877年から1920年にかけて複数のアラベスクを作曲しています。
華麗な技巧と明快な旋律を持つ彼の作品は、サロン音楽の黄金期を象徴するものでした。

スペインのエンリケ・グラナドス(Enrique Granados、1867〜1916年)は、1890年に『アラベスカ 作品37(Arabesca, Op. 37)』を作曲しました。
スペイン国民楽派を代表する作曲家が手がけたアラベスクには、独特の異国情緒が漂います。

ロシアのアントン・アレンスキー(Anton Arensky、1861〜1906年)も、1903年にアラベスク組曲(作品67)を残しています。

20世紀に入ると、チェコのボフスラフ・マルティヌー(Bohuslav Martinů、1890〜1959年)が1931年にチェロとピアノのための『7つのアラベスク』を作曲するなど、アラベスクの系譜は現代音楽にも受け継がれていきました。

アラベスクの一覧——主要な作曲家と作品

作曲家作品名作曲年備考
ロベルト・シューマンアラベスケ ハ長調 Op. 181839年ピアノ独奏曲として最初期のアラベスク
フリードリヒ・ブルグミュラーアラベスク(25の練習曲 Op. 100 第2番)1852年出版ピアノ学習の定番曲
ハンス・フォン・ビューローリゴレットの主題によるアラベスク1853年オペラ主題の変奏
モーリッツ・モシュコフスキアラベスク Op. 15/2 ほか1877〜1920年複数のアラベスクを作曲
クロード・ドビュッシー2つのアラベスク L. 661888〜1891年印象主義の先駆的作品
エンリケ・グラナドスアラベスカ Op. 371890年スペイン国民楽派の作品
セシル・シャミナードアラベスク Op. 61, Op. 921892年, 1898年フランスの女性作曲家による2作品
アントン・アレンスキーアラベスク組曲 Op. 671903年ロシアのロマン派
レオ・オルンシュタイン9つのアラベスク Op. 421921年20世紀初頭の前衛的作品
ボフスラフ・マルティヌーチェロとピアノのための7つのアラベスク1931年チェロ作品としてのアラベスク
ニコライ・メトネル3つのアラベスクロシアン・ロマンティシズムの系譜

バレエのアラベスクとの関係

クラシック音楽のアラベスクについて語る際、バレエのアラベスクにも触れておく必要があるでしょう。

バレエのアラベスクは、ダンサーが片足で立ち、もう一方の脚を後方に高く伸ばし、両腕を優雅に広げるポーズのことです。
その曲線的なシルエットは、イスラム装飾の流れるような線を身体で表現したものとされています。

音楽のアラベスクとバレエのアラベスクは、直接的な関連を持つわけではありません。
しかし、どちらもイスラム美術の「流れるような曲線の美しさ」という同じ源泉から生まれた概念です。

『白鳥の湖』『くるみ割り人形』といったクラシック・バレエの名作を鑑賞する際、ダンサーのアラベスクのポーズとオーケストラの流麗な旋律が一体となる瞬間に出会えるかもしれません。

トルコのアラベスクとの違い

なお、「アラベスク」という言葉はトルコの音楽ジャンルとしても使われていますが、クラシック音楽のアラベスクとは別物です。

トルコのアラベスク音楽は、1960年代から2000年代にかけて発展したポピュラー音楽のジャンルです。
当時のトルコ大統領アタテュルクが伝統的なオスマン音楽を禁止し、西洋的な音楽を推奨したことへの反発から、人々がアラビア音楽に傾倒したことで生まれたとされています。

短調が多く、器楽演奏と歌唱の両方を含むこのジャンルは、「アラベスク・ポップ」や「アラベスク・ラップ」といった派生形も生んでいます。
西洋クラシック音楽の装飾的な小品であるアラベスクとは、名前の由来こそ共通するものの、音楽的にはまったく異なるものです。

まとめ

「アラベスク」は、イスラム建築の精緻な装飾模様を出発点として、美術・文学・バレエ・音楽と、さまざまな芸術分野に広がった概念です。

クラシック音楽においては、シューマンがロマン主義の詩的精神を託した小品から始まり、ブルグミュラーがピアノ学習の入口として親しみやすいエチュードに仕立て、ドビュッシーが印象主義の先駆けとして昇華させました。
三者三様のアラベスクが、この言葉の豊かさを物語っています。

流れるような旋律線、装飾的な美しさ、そして時間が止まったような静けさ——。
アラベスクの楽曲を聴くときは、その背後にある何世紀にもわたる文化の交流にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参考情報

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この記事で参照した情報源

百科事典・辞典

専門メディア・信頼できる二次資料

学術資料

  • John Daverio, “Schumann’s ‘Im Legendenton’ and Friedrich Schlegel’s ‘Arabesque'”, 19th-Century Music, Vol. 11, No. 2 (Autumn 1987), pp. 150–163 — シューマンにおけるシュレーゲルの影響に関する学術論文

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