自分の頭に桜の木が生えて、そこで花見をされて、最後には自分の頭に身投げする——。
聞いただけで「え、どういうこと?」となりますよね。
「あたま山」は落語の中でも特にシュールで不条理な演目として知られています。
江戸時代から語り継がれてきたこの噺には、現代人が聞いても思わず笑ってしまう奇妙な魅力があるんです。
この記事では、落語「あたま山」のあらすじやオチの仕組み、見どころを詳しく解説します。
「あたま山」ってどんな話?
「あたま山」は古典落語の演目で、江戸落語では「あたま山」「あたま山の花見」「欲の谷底」などの名前で演じられています。
上方落語では「桜ん坊」という題名で親しまれているんですよ。
主人公はケチな男。
このケチぶりが災いして、頭に桜の木が生えるという奇妙な事態に巻き込まれます。
短い演目のため、落語のマクラ(本題に入る前の導入部分)としてよく使われるのも特徴です。
林家彦六(8代目林家正蔵)は、この短い噺に舟遊びなどの場面を加えて一席噺(一つの完結した長い噺)として演じていました。
あらすじ:頭に桜が生えた男の受難
それでは、あたま山のあらすじを見ていきましょう。
ケチがさくらんぼを種ごと食べる
春、花見の季節です。
周りの人たちは桜の下で酒や料理を楽しんでいますが、ここに登場するケチ兵衛という男は違います。
名前の通りのケチなので、花見にお金を使えません。
朝から晩まで何も食べず飲まず、ただ桜をぼんやり眺めて歩いているだけ。
さすがに腹が減ってきた頃、地面を見ると落ちたさくらんぼを発見。
「これはいい」と喜んで、泥がついているのもかまわず拾って食べてしまいます。
ここからが問題です。
ケチ兵衛はさくらんぼの種まで「もったいない」と飲み込んでしまったんですね。
頭から桜の木が生える
翌朝、ケチ兵衛は頭がひどく痛むことに気づきます。
鏡を見ると、なんと頭から桜の芽が生えているじゃありませんか。
女房にハサミで切ってもらおうとしますが、時すでに遅し。
幹がにょきにょき伸び出し、みるみる太くなっていきます。
気がつけば周囲が七、八尺(約2〜2.4メートル)もある立派な桜の大木に成長してしまいました。
頭の上で花見大会
これが世間の大評判になります。
近所の人たちは大喜びで、ケチ兵衛の頭の上で花見を始めるんです。
「あたま山」と名づけられたケチ兵衛の頭は、絶好の花見スポットに。
茶店を出す者もいれば、酔っぱらってすべり落ちる者もいます。
耳のところにハシゴを掛けて登ってくる人まで現れる始末。
しまいには、頭の隅に穴を開けて火を燃やし、酒の燗をする者まで。
毎日頭の上で大騒ぎされたケチ兵衛は、我慢の限界に達します。
桜を引き抜くも…
「もう我慢できない!」
ケチ兵衛は怒って桜の木を引き抜いてしまいました。
これで静かになる……と思いきや、事態はさらに悪化します。
桜を抜いた跡に大きな穴があき、そこに雨水がたまって池になってしまったんです。
今度は釣り客が殺到
池には鮒、鯉、泥鰌、なまずなどの魚が湧いてきます。
すると今度は近所の人たちが釣りに来るようになりました。
朝から晩まで子供たちが釣りをし、船を出す者まで現れます。
芸者を連れた屋形船まで出る賑わいぶり。
釣り針がまぶたや鼻の穴に引っかかることも。
ケチ兵衛は再び怒り心頭に発します。
衝撃のラスト
「もうたまらない!」
とうとうケチ兵衛は、自分の頭の池に身を投げて死んでしまいました。
……え、どうやって?
これが「あたま山」の最大の謎であり、オチなんです。
オチの解説:どうやって自分の頭に身投げした?
「自分の頭に身投げる」なんて、普通に考えたら不可能ですよね。
これが「考えオチ」と呼ばれる落語の技法です。
オチでは、聴き手に「どうやったの?」と考えさせることで笑いを生み出します。
答えは「裏返し」
実は、昔の袋物や赤ちゃんの付け紐を縫うときの方法がヒントになっています。
裏地で縫っていって、最後にくるっとひっくり返して表地にする技法がありました。
ケチ兵衛はこの要領で、自分の体を足からくるっとひっくり返して頭の池に身投げしたというわけです。
煙管(きせる)の筒を仕立てるように、足から引っくり返す——。
そう説明されても、やっぱり理解しづらいのが面白いところなんですね。
「あたま山」の見どころ
不条理でシュールな世界観
「あたま山」の最大の魅力は、その徹底した不条理さです。
頭に木が生える。
それが花見スポットになる。
引き抜いたら池になる。
最後は自分の頭に身投げする。
論理的に考えれば全部おかしいんですが、噺の中ではすべてが当たり前のように進んでいきます。
この「おかしいのに、おかしくない」感覚が独特の笑いを生むんです。
エスカレートする迷惑行為
花見客の行動がどんどんエスカレートしていくのも見どころの一つ。
最初はただ花を見ているだけだったのが、茶店ができ、酔っぱらいが出て、ハシゴをかけ、最後には頭に穴を開けて火を燃やす。
釣りの場面でも、最初は子供たちが釣り糸を垂らすだけだったのが、船が出て、芸者つきの屋形船まで登場します。
この段階的なエスカレートが、ケチ兵衛の苦悩を面白おかしく表現しているんですね。
演者の腕の見せ所
落語は一人で複数の登場人物を演じる芸能です。
「あたま山」では、ケチ兵衛、女房、花見客、釣り客など、さまざまな人物が登場します。
短い演目ながら、演者の表現力が試される噺なんですよ。
頭の上で騒ぐ人々の声、ケチ兵衛の怒りや嘆き、そして最後の自暴自棄——。
声色や仕草の使い分けで、聴衆を不条理な世界に引き込む技術が求められます。
「あたま山」の歴史と由来
江戸時代からの伝統
「あたま山」の原型となる話は、かなり古くから存在していました。
安永2年(1773年)に出版された『坐笑産』という本に収録されている「梅の木」、同じく安永2年の『口拍子』に収録された「天窓の池」が初出とされています。
「天窓の池」は、お玉が池の起源説話として語られていたんです。
安永10年(1782年)に出版された『いかのぼり』の「身投」では、ほぼ現在と同じ形の噺が見られます。
江戸落語と上方落語の違い
「あたま山」は江戸落語と上方落語で少し内容が異なります。
江戸落語では、ケチな男が「種がもったいない」という理由でさくらんぼの種を飲み込む設定。
ケチという人間の欲望が災いを招く構造になっています。
上方落語の「桜ん坊」では、単に急いで食べたために種を飲み込んでしまうという設定もあるようです。
林家彦六の一席噺
元々は短い噺だった「あたま山」を、一席噺(ひとつの完結した長い噺)として演じたのが林家彦六(8代目林家正蔵)です。
彦六は前に複数の小噺をつなげたり、舟遊びなどの場面を加えたりして、より充実した演目に仕上げました。
今でもマクラとして演じられることが多いですが、一席噺として演じる落語家もいます。
「あたま山」の現代での評価
アニメ映画化でアカデミー賞ノミネート
2002年、山村浩二監督によって「あたま山」が短編アニメ映画化されました。
英題は「Mt. Head」です。
このアニメ版は第75回アカデミー賞短編アニメ賞にノミネートされ、23の映画祭で受賞・入賞を果たすという快挙を成し遂げました。
語り手は浪曲師の国本武春が務めています。
世界に通用する不条理さが評価されたわけですね。
子供向けの絵本や日本舞踊にも
「あたま山」は子供向けの絵本としても出版されています。
また、日本舞踊や狂言でも演じられることがあるんですよ。
短くてわかりやすく、しかも面白い。
だからこそ、さまざまな形で親しまれ続けているんです。
パペット落語などの新しい試み
笑福亭鶴笑は、パペット(人形)を使った落語として「あたま山」を演じています。
森山直太朗の「さくら(独唱)」をBGMに使用した演出で、代表作の一つとなっているそうです。
伝統的な落語の形式にとらわれない、新しい表現が生まれているんですね。
落語「あたま山」の魅力まとめ
落語「あたま山」についてご紹介しました。
ポイントをまとめると:
・頭に桜が生え、最後は自分の頭に身投げするという不条理な噺
・江戸時代から語り継がれてきた古典落語の名作
・短い演目だがシュールな世界観と巧みな構成が魅力
・アニメ化されアカデミー賞にノミネートされるなど世界でも評価
・考えオチの代表格として落語ファンに愛される演目
ケチから始まる小さな問題が、どんどん大きくなって最後には自分を滅ぼす——。
現代の私たちにも通じる教訓が、笑いとともに込められているのかもしれません。
落語を聴いたことがない方も、「あたま山」なら短くてわかりやすいので入門にぴったりです。
YouTube などで実際の演目を聴いてみると、落語の面白さがより伝わってくると思いますよ。


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