摩利支天とは?ご利益や伝承をわかりやすく解説

神話・歴史・文化

見えない敵から身を守り、勝負に勝つ力をくれる神様——それが摩利支天です。
楠木正成や前田利家など、名だたる戦国武将たちがお守りとして信仰していたことで知られています。

「摩利支天って何の神様?」「どんなご利益があるの?」
そんな疑問をお持ちのあなたに、この記事では摩利支天の姿や特徴、ご利益、信仰の歴史などをわかりやすく紹介します。

スポンサーリンク

摩利支天とは?

摩利支天は、仏教の守護神である天部の一尊です。
サンスクリット語では「マーリーチー(Mārīcī)」と呼ばれ、「陽炎」や「光線」を意味します。

元々は古代インドの神様で、リグ・ヴェーダに登場する暁の女神「ウシャス」が起源とされています。
その後、仏教に取り入れられ、護法善神として信仰されるようになりました。

平安時代に日本へ伝わると、特に武士たちの間で篤い信仰を集めるようになります。
「見えない」「捕らえられない」という陽炎の特性から、戦場で身を守る神様として重宝されたんですね。

興味深いのは、摩利支天の性別です。
インドでは女神として扱われていましたが、日本に伝わると男性格の神様としても信仰されるようになりました。

摩利支天の姿

摩利支天の姿は、実に多彩です。
仏像によってさまざまなバリエーションがありますが、代表的な特徴をいくつか紹介しますね。

三面六臂または三面八臂

最もよく知られているのは、三つの顔と六本の腕(三面六臂)、または三つの顔と八本の腕(三面八臂)を持つ姿です。
三つの顔はそれぞれ異なる表情をしており、慈悲の表情や怒りの表情などが描かれます。

それぞれの顔の額には、第三の目がついていることもあります。

猪に乗る姿

摩利支天の最大の特徴は、猪に乗っている姿です。
太陽の前を素早く駆け抜ける陽炎の様子が、突進する猪に例えられたと考えられています。

仏像によっては、七頭の猪が引く車に乗っている姿で表されることもあります。
猪は摩利支天の眷属(神に仕える動物)とされ、十二支の亥が縁日になっているのもこのためです。

持ち物

摩利支天が手に持つ物も多様です。
蓮華、天扇、弓矢、金剛杵、針、斧、羂索、宝剣など、さまざまな武具や法具を持ちます。

天女の姿で表される場合は、唐の時代の装束を身にまとい、優雅な姿で描かれることもあります。

名前の意味

「摩利支天」という名前は、サンスクリット語の「マーリーチー(Mārīcī)」を漢字で音写したものです。

「マーリーチー」の意味は「陽炎」「光線」「日光」。
チベットでは「オゼル・チェンマ(偉大な光の女神)」と呼ばれています。

陽炎は実体がなく、つかまえることができません。
焼けず、濡れず、傷つかない——この特性が、摩利支天の最大の力の源なんです。

『仏説摩利支天経』には、こんな記述があります。
「摩利支天という天女がいる。大いなる神通自在の力を持つ。常に太陽や月の前を行く。太陽も月も彼女を見ることができないが、彼女は太陽を見ることができる」

太陽が昇る前、地平線がうっすらと明るくなる暁の時間。
その神秘的な光を神格化したのが、摩利支天なんですね。

摩利支天のご利益

摩利支天には、どんなご利益があるのでしょうか?

勝利祈願・開運

最も有名なのは、勝負事での勝利を願うご利益です。
戦国時代には、多くの武将が戦場で摩利支天像を携帯し、勝利を祈願しました。

現代では、ビジネスの成功、スポーツの勝利、試験合格など、さまざまな場面で信仰されています。

護身除災

「見えない」「捕らえられない」という特性から、災難や危険から身を守るご利益があるとされます。
火難、水難、盗難などから身を守ってくれると信じられています。

気力・体力・財力

摩利支天は「気力・体力・財力」の三つの力を授ける神様としても知られています。
この三つの力が相互に良い影響を与え、人生を力強く生き抜く力を与えてくれるとされています。

交通安全

猪を乗り物とする姿から、交通関係の守護神としても信仰されています。
鉄道、バス、タクシーなどの交通機関に関わる人々の参拝が多いそうです。

その他のご利益

  • 旅行安全
  • 厄除け
  • 財福授与
  • 武徳守護
  • 選挙必勝

また、相撲との関係も深く、大相撲の力士が必勝祈願に訪れることもあります。

摩利支天の信仰の歴史

摩利支天は、どのようにして日本で信仰されるようになったのでしょうか?

平安時代の伝来

摩利支天は、平安時代に最澄や空海が密教を日本にもたらした際に伝来しました。
当初は主に密教や修験道の修行者たちの間で信仰されていました。

天台宗、法華宗、日蓮宗では、国家や仏教修行者を守る「三十番神」の一柱として摩利支天が信仰されています。

鎌倉時代以降の武士の信仰

鎌倉時代に禅宗が中国から伝わると、摩利支天信仰はさらに広がりました。
当時の中国で摩利支天信仰が流行していたため、留学僧たちが摩利支天の修法を日本に持ち帰ったと考えられています。

そして武士たちの間で、摩利支天は戦場の守護神として絶大な信仰を集めるようになります。

戦国武将たちの信仰

名だたる戦国武将たちが摩利支天を信仰していました。

楠木正成は、兜の中に摩利支天の小像を納めていたと伝えられています。
毛利元就や立花道雪は「摩利支天の旗」を旗印として用いました。

前田利家、山本勘助、立花宗茂といった武将も、摩利支天を篤く信仰していたとされています。

山本勘助には、こんな伝説があります。
ある日の夢の中で弘法大師空海から摩利支天像を授かり、目覚めると本当に枕元にその像があったというのです。

忍者の信仰

摩利支天は、忍者たちの間でも特に信仰されていました。

忍者の活動には隠密行動や敵地潜入といった危険が伴いますが、摩利支天は「陽炎の神」として、姿を隠す力を持つと信じられていたからです。

忍者たちは任務の前に「摩利支天隠形法」という修法を行いました。
真言を108回唱え、特別な印を結ぶことで、敵から見えなくなると考えていたんですね。

現代でもタイ捨流剣術では、稽古や演武に入る前に「摩利支天経」を唱える伝統が続いています。

山岳信仰

暁と関連する神様であることから、山岳信仰の対象にもなりました。

木曽御嶽山には「摩利支天山」、乗鞍岳には「摩利支天岳」、甲斐駒ヶ岳には「摩利支天峰」と呼ばれる峰があります。

日本の有名な摩利支天

日本各地には、摩利支天を祀る寺院が数多くあります。
その中でも特に有名なものを紹介しますね。

妙宣山徳大寺(東京都台東区)

上野のアメ横にある徳大寺は、日本三大摩利支天の一つとして知られています。
通称「下谷摩利支天」とも呼ばれ、江戸時代から多くの参詣者を集めてきました。

寛永年間(1624年〜1644年)に創建され、聖徳太子の作と伝わる摩利支天像を祀っています。
縁日は亥の日で、特に正月の亥の日には大祭が行われます。

禅居院(神奈川県鎌倉市)

鎌倉の建長寺塔頭である禅居院も、日本三大摩利支天の一つです。

禅居院の摩利支天像は三面六臂で、左の顔は猪の顔をしています。
七頭の猪の上に座っているという、インドのマーリーチーに近い姿をしているそうです。

宝泉寺(京都市)

京都の建仁寺塔頭である宝泉寺の禅居庵も、日本三大摩利支天の一つとされています。

境内には多くの猪の像が奉納されており、猪好きにはたまらない場所です。

摩利支天の真言

摩利支天の真言は、いくつかのバリエーションがあります。

最も短く覚えやすいのは、こちらです。

「オン・マリシエイ・ソワカ」

もう一つ、よく唱えられる真言がこちら。

「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」

気力が乏しいときや、困難に直面したときに、この真言を繰り返し唱えると良いとされています。

まとめ

摩利支天について、重要なポイントをまとめます。

  • 摩利支天は「陽炎」を神格化した仏教の守護神
  • 「見えない」「捕らえられない」という特性から、護身や勝利のご利益がある
  • 楠木正成、前田利家など、多くの戦国武将が信仰した
  • 忍者の間でも「姿を隠す神様」として信仰された
  • 猪に乗る姿が特徴的で、亥の日が縁日
  • 気力・体力・財力の三つの力を授けてくれる

陽炎のように実体がなく、しかし確かに存在する。
そんな不思議な力を持つ摩利支天は、今も多くの人々の信仰を集めています。

勝負事を控えている方、困難に直面している方は、摩利支天に祈ってみてはいかがでしょうか。
きっと見えない力で、あなたを守ってくれるはずです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました