「ジャズってどんな音楽?」と聞かれたら、あなたはどう答えますか?
実はこの質問、100年以上の歴史を持つジャズにとって、なかなか難しい問いなんです。
スウィングで踊りまくった時代もあれば、難解な即興演奏で聴く人を選んだ時代もある。
一つの音楽ジャンルがこれほど変化を繰り返してきた例は、他にあまりありません。
この記事では、ジャズがどのように生まれ、どう進化してきたのかを時代ごとに解説します。
読み終わる頃には、ジャズを聴く耳がちょっと変わっているかもしれません。
ジャズはなぜニューオーリンズで生まれたのか?
ジャズの発祥地といえば、アメリカ・ルイジアナ州のニューオーリンズです。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、この街で新しい音楽が産声を上げました。
でも、なぜニューオーリンズだったのでしょうか?
答えは、この街の「ごちゃ混ぜ」な文化にあります。
ニューオーリンズはもともとフランス領でした。
その後スペイン、そしてアメリカへと支配者が変わる中で、フランス系、スペイン系、アフリカ系、カリブ系など、実に多様な人々が暮らす街になったんです。
特に重要だったのが、アフリカから連れてこられた人々の存在です。
彼らは日曜日になると「コンゴ・スクエア」という広場に集まり、故郷のドラムやダンスを楽しんでいたと伝えられています。
このアフリカのリズムが、後にジャズの核となっていきます。
1865年の奴隷解放後、南北戦争で使われた軍楽隊の楽器が安く出回りました。
トランペット、トロンボーン、クラリネット——。
自由になった黒人たちは、これらの楽器を手に入れ、独自の音楽を奏で始めます。
面白いのは、当時のミュージシャンの多くが楽譜を読めなかったこと。
彼らは他の演奏家の演奏を耳で覚え、うろ覚えの部分は自分なりのフレーズで補いました。
これがジャズの即興演奏、いわゆる「アドリブ」の原型になったとされています。
バディ・ボールデン—「最初のジャズ王」
ジャズの歴史を語る上で欠かせない人物が、コルネット奏者のバディ・ボールデン(1877-1931)です。
彼が「最初のジャズ王」と呼ばれる理由は、コルネット、クラリネット、トロンボーン、ギター、ベース、ドラムという編成でバンドを組んだ最初の人物だから。
これは現在のニューオーリンズ・ジャズの標準編成とほぼ同じです。
ボールデンが最初にジャズを演奏したのは1890年代のこと。
奴隷解放から約30年が経ち、ようやく黒人ミュージシャンが名を残せる時代になっていました。
彼のバンドは公園やピクニック、ダンスパーティーなど野外で演奏していたそうです。
理由は単純——ボールデンのコルネットの音がとにかくデカかったから。
当時は繊細なテクニックより、大きな音を長く出せることが重視されていたんですね。
残念ながら、ボールデン自身の録音は一切残っていません。
精神を病んで1907年に入院し、そのまま24年間施設で過ごして亡くなりました。
しかし彼の音楽は、後に続くミュージシャンたちによって受け継がれていきます。
1917年—世界初のジャズレコードが誕生
ジャズの歴史において、1917年は特別な年です。
2月26日、ニューヨークのビクター・レコード社のスタジオで、ある録音が行われました。
演奏したのは「オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド」(ODJB)という5人組。
曲名は「Livery Stable Blues」と「Dixie Jass Band One-Step」。
これが世界初の商業リリースされたジャズレコードとなりました。
興味深いことに、このバンドのメンバーは全員白人でした。
リーダーのニック・ラロッカはイタリア系アメリカ人。
黒人コミュニティから生まれた音楽を、白人バンドが最初にレコーディングしたことは、当時のアメリカ社会の複雑さを映し出しています。
このレコードは大ヒットし、数十万枚を売り上げました。
当時の人気オペラ歌手のレコードよりも売れたというから驚きです。
ちなみに、当時の表記は「Jass」でした。
「Jazz」という綴りが定着したのは、その後のことです。
語源には諸説ありますが、「活気のある」「元気な」といったニュアンスのスラングだったようです。
ストーリーヴィル閉鎖とジャズの北上
1917年には、もう一つ重要な出来事がありました。
アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、海軍は軍規の乱れを懸念し、ニューオーリンズの歓楽街「ストーリーヴィル」を閉鎖させます。
ストーリーヴィルは、当時アメリカ政府が公認していた唯一の「いかがわしい」歓楽街でした。
ダンスホールや酒場が立ち並び、多くのジャズミュージシャンがここで演奏して生計を立てていたんです。
職を失ったミュージシャンたちは、新たな活躍の場を求めて北上しました。
シカゴ、ニューヨーク、カンザスシティ——。
こうしてジャズは、ニューオーリンズという「ゆりかご」を出て、アメリカ全土へと広がっていきます。
ルイ・アームストロングの登場
ニューオーリンズからシカゴへ移住したミュージシャンの中で、最も有名なのがルイ・アームストロング(1901-1971)です。
「サッチモ」の愛称で親しまれた彼は、1920年代にトランペットと歌でジャズを演奏し、この音楽を世界中に届けました。
アームストロングの革新性は、いくつかの点にあります。
まず、ソロ演奏を中心に据えたこと。
それまでのニューオーリンズ・ジャズは、各楽器が対等に絡み合う集団即興が基本でした。
しかしアームストロングは、一人の奏者がメロディを担当し、他のメンバーがそれを支える形式を確立したんです。
また、「スキャット」と呼ばれる歌唱法を広めたのも彼です。
意味のある言葉ではなく、「ドゥビドゥバ」のような音節でメロディを即興する手法ですね。
彼は1922年にニューオーリンズを離れましたが、その影響力は計り知れません。
現在、ニューオーリンズの国際空港は「ルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港」と名付けられています。
スウィング時代—ジャズが「大衆音楽」になった
1930年代に入ると、ジャズは大きな変化を遂げます。
それまでの小編成バンドから、15人以上の大編成「ビッグバンド」が主流になりました。
トランペット、トロンボーン、サックスの各セクションが一斉に演奏する、豪華で迫力のあるサウンド。
これが「スウィング」と呼ばれるスタイルです。
スウィング時代を代表するバンドリーダーには以下のような人物がいます。
デューク・エリントン——洗練されたアレンジで知られる作曲家・ピアニスト。
カウント・ベイシー——ブルースの要素を取り入れた、グルーヴ感のある演奏が特徴。
ベニー・グッドマン——「スウィングの王様」と呼ばれ、白人に広くジャズを浸透させた。
グレン・ミラー——「イン・ザ・ムード」など今でも耳にする名曲を残した。
この時代のジャズは、完全にダンスミュージックでした。
レコードの売り上げも伸び、ラジオでも盛んに放送され、ジャズはアメリカの「大衆音楽」として定着します。
「狂騒の20年代」から世界大恐慌へ、そして第二次世界大戦へ——。
激動の時代を、スウィングの軽快なリズムが彩っていました。
ビバップ革命—「聴く音楽」への転換
1940年代半ば、ジャズの世界に激震が走ります。
チャーリー・パーカー(アルトサックス)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、セロニアス・モンク(ピアノ)といった若手ミュージシャンたちが、全く新しいスタイルを生み出したのです。
それが「ビバップ」です。
ビバップは、それまでのスウィングとは全く異なる音楽でした。
まず、テンポが速い。
そして、コード進行が複雑。
即興演奏は高度な技術を要求し、もはや踊るための音楽ではなく「聴くための音楽」になりました。
なぜこんな変化が起きたのでしょうか?
背景には、アフリカ系アメリカ人ミュージシャンたちの不満がありました。
スウィング時代、白人のビッグバンドリーダーたちが商業的に大成功を収める一方、音楽の発案者である黒人たちは十分な評価を得られませんでした。
「白人に真似されない、自分たちだけの音楽を作りたい」
そんな思いから、わざと難解で真似しにくい音楽が生まれたとも言われています。
ビバップは大衆受けしませんでしたが、ジャズの芸術性を飛躍的に高めました。
この「革命」がなければ、現代のジャズは存在しなかったかもしれません。
クールジャズとハードバップ—1950年代の多様化
1940年代後半から1950年代にかけて、ジャズはさらに枝分かれしていきます。
クールジャズは、ビバップの熱さに対する「冷たい」反動として生まれました。
1949年から1950年にかけて、トランペット奏者のマイルス・デイヴィスが録音したアルバム『Birth of the Cool』がその始まりです。
テンポは落ち着き、音色はソフトに、アレンジは緻密に。
クラシック音楽の要素も取り入れた、知的で洗練されたジャズでした。
クールジャズはロサンゼルスを中心に広まり、「ウエストコースト・ジャズ」とも呼ばれます。
チェット・ベイカー、デイヴ・ブルーベックなどがこのスタイルを代表するミュージシャンです。
一方、ハードバップはビバップの延長線上にあり、より「ホット」な音楽でした。
ゴスペルやブルース、R&Bの要素を取り入れ、ソウルフルで力強いサウンドが特徴。
アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァーなどが代表的なミュージシャンです。
1959年には、マイルス・デイヴィスが『Kind of Blue』を発表。
コード進行ではなく「モード」(旋法)を基盤にした即興を取り入れたこのアルバムは、史上最も売れたジャズアルバムの一つとなりました。
フリージャズ—すべてのルールからの解放
1960年代に入ると、さらに過激な実験が始まります。
オーネット・コールマンを中心とした「フリージャズ」の登場です。
フリージャズは、文字通り「自由な」ジャズ。
決められたコード進行も、決められたテンポもない。
ミュージシャンたちは互いの演奏に反応しながら、完全な即興で音楽を紡いでいきます。
調性(キー)さえも放棄することが多く、聴く人によっては「雑音」にしか聞こえないかもしれません。
実際、フリージャズは賛否両論を巻き起こし、「これはジャズではない」という批判も多く受けました。
しかし、この運動は1960年代のアメリカ社会と深く結びついています。
公民権運動が盛り上がり、アフリカ系アメリカ人たちが自由と平等を求めて戦っていた時代。
フリージャズは、音楽における「解放」の象徴でもあったのです。
フュージョン—ジャズとロックの出会い
1960年代後半から1970年代にかけて、ジャズは別の方向にも進化しました。
「フュージョン」の誕生です。
再び中心にいたのは、マイルス・デイヴィスでした。
1969年に発表された『In a Silent Way』、そして1970年の『Bitches Brew』は、ジャズとロックを融合させた画期的なアルバムです。
エレキギター、エレクトリック・ピアノ、シンセサイザーといった電子楽器を大胆に導入し、ファンクやサイケデリック・ロックの要素も取り入れました。
『Bitches Brew』は100万枚以上を売り上げ、ジャズ・アルバムとしては異例の商業的成功を収めます。
マイルスはロック・フェスティバルにも出演し、若い世代のリスナーを獲得しました。
マイルスの元で演奏していたミュージシャンたちも、独自のフュージョン・バンドを結成していきます。
ハービー・ハンコックは『Head Hunters』(1973年)でファンクと融合。
チック・コリアは「リターン・トゥ・フォーエヴァー」を結成。
ウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルは「ウェザー・リポート」を立ち上げました。
フュージョンは1980年代に入ると、より聴きやすい「スムースジャズ」へと変化していきます。
これは批評家からは「軟弱化」と批判されることもありますが、FMラジオやショッピングモールのBGMとして、ジャズの裾野を広げる役割を果たしました。
現代ジャズ—伝統と革新のあいだで
1990年代以降、ジャズは多様化の極みを迎えています。
一方では、スウィングやビバップへの回帰を志向する動きがあります。
トランペット奏者のウィントン・マルサリスは、伝統的なジャズの復興を掲げ、リンカーン・センターにジャズ専門のホールを設立するなど、ジャズの「古典化」に貢献しました。
他方では、ヒップホップやエレクトロニカとの融合も進んでいます。
A Tribe Called QuestやDigable Planetsといったグループは、ジャズのサンプリングを駆使した「ジャズラップ」を生み出しました。
2000年代以降は、デジタル技術を駆使した「ジャズトロニカ」も登場しています。
ロバート・グラスパーは、ジャズとR&B、ヒップホップを自然に行き来するスタイルで、現代のジャズシーンを牽引する存在です。
カマシ・ワシントンは、スピリチュアルで壮大なサウンドで新たなリスナーを開拓しています。
ジャズは今も進化を続けています。
100年以上の歴史を持ちながら、常に新しい何かを模索し続ける——それがジャズという音楽の本質なのかもしれません。
まとめ
ジャズの歴史を振り返ると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
- ニューオーリンズという文化の「るつぼ」で誕生した
- アフリカ系アメリカ人のコミュニティが中心となって発展した
- 即興演奏(アドリブ)が最大の特徴
- 時代とともにスタイルを変え続けてきた
- ロック、ファンク、ヒップホップなど他ジャンルにも大きな影響を与えた
「ジャズとは何か?」という問いへの答えは、時代によって異なります。
ダンスミュージックだった時代もあれば、芸術音楽だった時代もある。
商業的に成功した時代もあれば、マニアックな聴衆だけのものだった時代もある。
その変化の連続こそが、ジャズの歴史そのものなのです。
興味を持った時代やスタイルがあれば、ぜひ実際の音源を聴いてみてください。
文章では伝わらない「何か」が、きっと耳から入ってくるはずです。
ジャズの歴史年表
| 年代 | 主な出来事・スタイル | 代表的なミュージシャン |
|---|---|---|
| 1890年代 | ニューオーリンズでジャズの原型が形成 | バディ・ボールデン |
| 1917年 | 初のジャズレコード発売、ストーリーヴィル閉鎖 | オリジナル・ディキシーランド・ジャス・バンド |
| 1920年代 | ジャズ・エイジ、シカゴへの北上 | ルイ・アームストロング、キング・オリヴァー |
| 1930年代 | スウィング時代、ビッグバンド全盛期 | デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン |
| 1940年代 | ビバップの誕生 | チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク |
| 1950年代 | クールジャズ、ハードバップ、モードジャズ | マイルス・デイヴィス、デイヴ・ブルーベック、ジョン・コルトレーン |
| 1960年代 | フリージャズ | オーネット・コールマン、セシル・テイラー |
| 1970年代 | フュージョン | マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ウェザー・リポート |
| 1980年代 | スムースジャズ、伝統回帰の動き | ウィントン・マルサリス |
| 1990年代〜 | 多様化、他ジャンルとの融合 | ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン |


コメント