伐折羅とは?十二神将最強の守護神を徹底解説

神話・歴史・文化

逆立つ髪、見開いた目、今にも叫び出しそうな口元——。
奈良・新薬師寺に足を踏み入れた人の多くが、この異様な迫力を持つ仏像に目を奪われます。

その名は「伐折羅(ばさら)」。
薬師如来を守る十二神将の中でも、最も人気が高く、「最強」とも称される守護神です。

実はこの伐折羅、名前の由来が「ダイヤモンド」だったり、日本の「バサラ文化」の語源になったとも言われていたり、意外な側面がたくさんあるんですよ。

この記事では、伐折羅の名前の意味から姿、役割、有名な仏像、そして文化への影響まで、わかりやすく解説していきます。


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伐折羅の概要

伐折羅は、仏教における「十二神将」の一尊です。

十二神将とは、薬師如来を守護する十二体の武神のこと。
各神将はそれぞれ7000の夜叉(鬼神のような存在)を率いており、合計すると8万4千もの部下がいる計算になります。

この「8万4千」という数字、実は人間の煩悩の数と同じなんですね。
つまり、人の心の中にある煩悩の数だけ、守護の力が用意されているというわけです。

伐折羅は十二神将の中でも特に人気があり、その力強い姿から「十二神将最強」と呼ばれることもあります。


名前の意味——「金剛(ダイヤモンド)」

伐折羅という名前、少し変わった響きですよね。
これはサンスクリット語の「Vajra(ヴァジュラ)」を漢字で音写したものです。

Vajraには「金剛」という意味があります。
金剛とは、簡単に言えば「ダイヤモンド」のこと。
この世で最も硬い物質であり、何ものにも砕かれないという意味が込められています。

さらにVajraには「雷電」という意味もあるんです。
もともとはインド神話の軍神インドラ(帝釈天)が持つ武器の名前で、雷を操る力を持っていました。

つまり伐折羅という名前には、ダイヤモンドのように堅固で、雷のように敵を打ち砕く力という意味が込められているわけですね。

ちなみに、表記のバリエーションとして「跋折羅」「跛折羅」「伐闍羅」などもあります。
読み方も「ばさら」「ばざら」「ばしゃら」など、時代や地域によって少し異なります。


伐折羅の姿——怒髪天を衝く憤怒相

伐折羅は、甲冑を身にまとった武将の姿で表現されます。

最大の特徴は、何と言ってもその表情。
眉を吊り上げ、目を大きく見開き、口を開いて叫んでいるかのような「憤怒相(ふんぬそう)」をしています。

髪の毛は逆立ち、まさに「怒髪天を衝く」という言葉がぴったり。
仏敵を威嚇し、薬師如来を守ろうとする強い意志が伝わってきます。

持ち物として描かれることが多いのは「剣」です。
この剣は「金剛杵(こんごうしょ)」と呼ばれることもあり、名前の由来となったVajra(金剛)を象徴しています。

密教で使われる金剛杵は、煩悩を打ち砕き、悟りへと導く力の象徴。
伐折羅が剣を持つ姿には、そうした深い意味が込められているんですね。


本地仏と十二支——勢至菩薩と戌(いぬ)

十二神将には、それぞれ「本地仏(ほんじぶつ)」が設定されています。
本地仏とは、その神将が「もともとの姿」として持つ仏のこと。

伐折羅の本地仏は「勢至菩薩(せいしぼさつ)」です。
勢至菩薩は阿弥陀如来の脇侍として知られ、智慧の力で人々を救う菩薩。
伐折羅の持つ「何ものも砕く力」は、この勢至菩薩の智慧と通じるものがあります。

また、十二神将は中国で十二支と結びつけられました。
伐折羅に対応する十二支は「戌(いぬ)」。

戌年生まれの人にとって、伐折羅は特別な守護神ということになります。
新薬師寺などでは、自分の干支の神将にお参りする人も多いそうですよ。


十二神将における伐折羅の位置づけ

十二神将は、もともとは「夜叉」という鬼神のような存在でした。
仏教では敵対するはずの存在が、仏と仏法の真理に降伏し、善神へと変わったのです。

十二神将は薬師如来の「十二の大願」に対応しています。
薬師如来が人々を救うために立てた十二の誓いを、それぞれの神将が守護するという役割分担です。

各神将が守る領域は、昼夜の十二の時刻、十二の月、十二の方角など。
一日のどの時間も、一年のどの月も、どの方角にいても、薬師如来の守りが届くようになっているわけですね。

伐折羅は十二神将の中でも特に存在感があり、新薬師寺の像は仏像ファンから絶大な人気を誇っています。


新薬師寺の伐折羅大将像——天平彫刻の傑作

伐折羅といえば、真っ先に思い浮かぶのが奈良・新薬師寺の十二神将像です。

この像は奈良時代(8世紀)に作られたもので、日本最古にして最大級の十二神将像として知られています。
国宝に指定されており、天平彫刻の傑作と評されています。

塑像という特別な技法

新薬師寺の十二神将像は「塑像(そぞう)」という技法で作られました。
これは木彫りとは違い、心木に縄を巻き、その上に粘土を重ねて成型する方法です。

天平時代に中国から伝わったこの技法は、木彫りや金銅仏では難しかった繊細な表現を可能にしました。
伐折羅大将像の袖が軽やかに揺れているように見えるのは、まさにこの技法の成果です。

1300年前とは思えない迫力

新薬師寺の伐折羅大将像は、像高約160cm。
ほぼ等身大のサイズで、お堂に入ると目の前に迫ってくるような迫力があります。

逆立った髪の毛、筋肉の盛り上がり、歯をむき出しにした表情——。
1300年以上前に作られたとは思えないリアルさと躍動感に、多くの人が圧倒されます。

500円切手のデザインにも採用

この伐折羅大将像(寺伝名。国宝指定名称は「迷企羅大将」)は、2012年から3年間、日本の500円切手のデザインにも使用されました。
興福寺の阿修羅像と並んで、仏像ブームの火付け役となった存在でもあります。


その他の有名な伐折羅像

新薬師寺以外にも、伐折羅を含む十二神将像は各地のお寺に安置されています。

興福寺(奈良)の十二神将像は鎌倉時代の作で、こちらも国宝。
伐折羅像は他の神将と異なり、唯一草履を履いている姿で彫られているのが特徴です。

広隆寺(京都)の十二神将像は平安時代後期の作品で、やはり国宝に指定されています。

これらの像を見比べてみると、時代によって表現が少しずつ変わっていることがわかります。
共通しているのは、憤怒の表情と武装した姿、そして薬師如来を守ろうとする強い意志が感じられる点です。


「婆娑羅(ばさら)」との関係——派手好きの語源?

「バサラ」という言葉を聞いたことはありませんか?

南北朝時代(14世紀頃)、身分秩序を無視して派手に振る舞う人々のことを「婆娑羅(ばさら)」と呼んでいました。
豪華な衣装をまとい、型破りな行動をする彼らは、当時の流行の先端を行く存在だったのです。

代表的な人物が、鎌倉時代末期から室町時代にかけて活躍した守護大名・佐々木道誉(ささき どうよ)。
「バサラ大名」と呼ばれた彼は、派手な服装と奔放な振る舞いで知られました。

この「婆娑羅」という言葉の語源が、十二神将の伐折羅(Vajra)だとする説があります。
金剛石(ダイヤモンド)のように輝き、雷のように人目を引く——。
そんな伐折羅のイメージが、派手で型破りな人々を指す言葉に転じたのかもしれません。

ただし、この語源説には異論もあり、はっきりとしたことはわかっていません。
それでも、あの憤怒の形相で怒髪天を衝く伐折羅の姿を見れば、「バサラ」という言葉がぴったりだと感じる人は多いのではないでしょうか。


一覧表:伐折羅の基本情報

項目内容
読み方ばさら(ばざら、ばしゃら)
梵名Vajra(ヴァジュラ)
意味金剛(ダイヤモンド)、雷電
分類十二神将(天部)
役割薬師如来の守護神
本地仏勢至菩薩
十二支戌(いぬ)
持物剣(金剛杵)
眷属7000の夜叉
別名金剛大将、伐折羅大将
表記の異体字跋折羅、跛折羅、伐闍羅、縛日羅

まとめ

伐折羅についてご紹介してきました。
最後に、ポイントを振り返っておきましょう。

  • 伐折羅は十二神将の一尊で、薬師如来を守護する武神
  • 名前はサンスクリット語のVajra(金剛=ダイヤモンド)の音写
  • 怒髪天を衝く憤怒相が特徴で、剣を持った武将の姿で表現される
  • 本地仏は勢至菩薩、対応する十二支は戌(いぬ)
  • 新薬師寺の塑像は天平時代の国宝で、日本最古の十二神将像
  • 南北朝時代の「婆娑羅」という言葉の語源になったとも言われる

奈良・新薬師寺を訪れる機会があれば、ぜひ伐折羅大将像の前に立ってみてください。
1300年もの時を超えて、その圧倒的な存在感を肌で感じることができますよ。


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