夜道を歩いていたら、突然目の前に黒い馬が現れた——。
そんな不気味な体験をしたアイルランドの人々が語り継いできた存在、それがプーカ(Púca)です。
この妖精、ただの馬ではありません。
自由自在に姿を変え、いたずらを仕掛けたかと思えば、時には人助けまでしてしまう。
善とも悪ともつかない、なんとも掴みどころのない存在なんです。
この記事では、ケルト神話に伝わるプーカの姿や伝承、そしてハロウィンとの意外な関係まで、わかりやすく解説していきます。
プーカとはどんな妖精?
プーカは、アイルランドを中心としたケルト圏に伝わる妖精(フェアリー)の一種です。
アイルランド語で「púca」と書き、その意味は「幽霊」や「精霊」。
最大の特徴は変身能力を持っていること。
気分次第で馬になったり、山羊になったり、時には人間の姿をとることもあります。
性格は一言でいうと「気まぐれ」。
人間をからかって楽しむいたずら好きな面がある一方で、困っている人を助けたり、未来の予言を教えてくれることもあるんです。
つまりプーカは、善悪どちらにも転びうる、自然の気まぐれさを体現したような存在といえるでしょう。
プーカの姿——黒い馬から山羊まで
プーカはシェイプシフター(変身者)なので、決まった姿を持ちません。
それでも、特によく語られる姿がいくつかあります。
最も有名なのは「黒い馬」
流れるようなたてがみに、金色に輝く瞳——。
艶やかな黒い馬の姿が、プーカの代表的なイメージです。
この姿で夜道に現れ、酔っ払いや旅人を背中に乗せて暴走するのがプーカの十八番。
一晩中、野山を駆け回った後、朝になると元の場所にポイっと放り出されるそうです。
ただし、同じ水辺の妖精「ケルピー」が乗った人間を溺死させるのに対し、プーカは命までは奪いません。
恐ろしい体験をさせるけど、殺しはしない——そこがプーカの独特なところなんですね。
山羊の姿
黒い山羊の姿をとることも多く、特にヤギの頭に人間の体という、悪魔的なビジュアルで描かれることもあります。
実は「プーカ」という名前自体、古アイルランド語の「poc(牡山羊)」が語源だという説もあるんです。
その他の姿
犬、猫、ウサギ、鷲、狐、狼など、さまざまな動物に変身できるとされています。
人間の姿をとることもありますが、その場合でも尖った耳や尻尾など、どこかに動物的な特徴が残るのだとか。
どんな姿をとっても、毛並みや体の色は基本的に黒や暗い色というのが共通点です。
プーカの名前の由来
「プーカ」という名前の語源には、複数の説があります。
①古アイルランド語「poc」(牡山羊)説
プーカが山羊の姿をよくとることから、この説が有力視されています。
②古ノルド語「pook」(自然の精霊)説
ヴァイキングがアイルランドに持ち込んだ言葉という可能性も指摘されています。
ちなみに、プーカという存在自体がヴァイキングによってアイルランドにもたらされたという見方もあるんです。
アイルランド以外のケルト圏でも、プーカによく似た妖精が信じられてきました。
| 地域 | 名称 |
|---|---|
| ウェールズ | プーカ(Pwca) |
| コーンウォール | ブッカ(Bucca) |
| マン島 | バゲーン(Buggane) |
| チャンネル諸島 | プーク(Pouque) |
| ブルターニュ | プールピケ(Poulpiquet) |
名前は違っても、いたずら好きで変身能力を持つという特徴は共通しています。
アイルランド各地で異なるプーカの姿
面白いことに、プーカの姿や性格は地域によってかなり違います。
| 地域 | プーカの姿・特徴 |
|---|---|
| ダウン州 | 小さくて醜いゴブリン。収穫の分け前を要求する |
| レーシュ州 | 毛むくじゃらの恐ろしい怪物。夜に外出する人を脅かす |
| ウォーターフォード州・ウェックスフォード州 | 巨大な翼を持つ鷲 |
| ロスコモン州 | 角の生えた黒い山羊 |
| ファーマナ州 | 「話す馬」として知られ、人々に予言を与える |
同じ妖精なのに、こんなに地域差があるのは珍しいですよね。
それだけプーカがアイルランド各地で深く信じられてきた証拠ともいえます。
プーカにまつわる有名な伝承
ブライアン・ボルーとプーカ
「人類でただ一人、プーカを乗りこなした男」として語り継がれているのが、アイルランドの上王ブライアン・ボルー(941〜1014年)です。
ある日、タラの丘で謎の黒い馬を見つけたブライアン王。
周囲の警告を無視してその馬にまたがると、案の定、馬はプーカでした。
普通ならここで振り落とされて終わりですが、ブライアン王は違いました。
プーカの尻尾から毛を3本抜き、それを編み込んだ特別な手綱を作っていたんです。
この魔法の手綱でプーカを制御し、何日も乗り続けた結果、ついにプーカは降参。
次の2つを約束させられました。
- キリスト教徒を傷つけたり、財産を荒らしたりしないこと
- 酔っ払いか悪意を持つ者以外のアイルランド人は襲わないこと
……ただし、プーカは約束をすっかり忘れてしまったらしく、その後も被害は続いているとか。
パドリグとプーカ——恩返しの物語
オスカー・ワイルドの母、ジェイン・ワイルドが記録した民話には、プーカの意外な一面が描かれています。
農夫の息子パドリグは、ある日、目に見えないプーカの気配を感じ取りました。
「外套をあげるから、こっちへおいで」と呼びかけると、プーカは若い牡牛の姿で現れ、贈り物を受け取ります。
その夜からプーカは毎晩やってきて、穀物を粉に挽く仕事を手伝ってくれるように。
おかげで農家は大繁盛です。
ある日、ぼろを着たプーカを不憫に思ったパドリグは、立派なシルクのスーツを贈りました。
するとプーカは「こんな紳士の格好をしたからには、世界を見て回らなきゃ」と言って、それきり姿を消してしまいます。
でも物語はこれで終わりません。
パドリグの結婚式の日、どこからともなく黄金の杯が届けられました。
それがプーカからの贈り物だと確信したパドリグがその杯で乾杯すると、生涯幸福に恵まれたそうです。
プーカとハロウィン(サムハイン)の深い関係
プーカを語る上で外せないのが、サムハインとの結びつきです。
サムハインとは、現代のハロウィンの起源となったケルトの祭り。
10月31日の夜から11月1日にかけて行われ、夏の終わりと収穫の完了を祝う日でした。
「プーカの取り分」を残す習慣
サムハインを過ぎてもまだ畑に残っている作物は、すべて「puka(プーカに汚されたもの)」とみなされ、食べてはいけないとされていました。
特にブラックベリーは要注意。
プーカがハロウィンの夜に唾を吐きかけて腐らせるので、11月以降は絶対に食べるなと子どもたちは教えられていたそうです。
賢い農家は、あえて少量の作物を畑に残しておきました。
これが「プーカの取り分(Púca’s Share)」です。
この供物でプーカを満足させれば、翌年の豊作が約束されると信じられていたんですね。
11月1日は「プーカの日」
11月1日だけは、普段いたずら好きなプーカもおとなしくなるといわれています。
この日に山や丘に行けば、プーカが姿を現して予言や警告を与えてくれるという伝承もあります。
文学・映画・ゲームに登場するプーカ
プーカのイメージは、さまざまな作品に影響を与えてきました。
シェイクスピア『夏の夜の夢』のパック
シェイクスピアの喜劇に登場するいたずら妖精パック(Puck)は、プーカがモデルだといわれています。
人間を翻弄し、物語を引っかき回すトリックスターぶりは、まさにプーカそのものです。
W.B.イェイツの詩
アイルランドの国民的詩人イェイツは、鷲の姿をしたプーカを詩に詠んでいます。
彼の民話集には、プーカにまつわる物語も数多く収録されました。
映画『ハーヴェイ』(1950年)
ジェームズ・スチュワート主演のこの映画には、身長180cmを超える巨大なウサギ「ハーヴェイ」が登場します。
劇中でハーヴェイは「プーカのようなもの」と説明されており、主人公にしか見えないという設定です。
映画『ドニー・ダーコ』(2001年)
不気味なウサギのコスチュームを着た存在「フランク」も、プーカの影響を受けていると解釈されることがあります。
ゲーム作品
『ウィッチャー3』や『アサシン クリード ヴァルハラ』など、ケルト神話をモチーフにしたゲームにもプーカは登場しています。
アイルランドに残るプーカゆかりの地名
プーカへの信仰は、アイルランドの地名にも刻まれています。
| 地名 | 意味 | 場所 |
|---|---|---|
| Pollaphuca(ポラプーカ) | プーカの穴 | 山間の湖や泉に多い |
| Poul-a-phooka(プーラプーカ) | プーカの洞窟 | ウィックロー州の滝 |
| Carraig phooka(キャリグプーカ) | プーカの岩 | コーク州に2か所 |
ダブリンを流れるリフィー川や、アイルランド最長の河川バン川の水源近くにも「プーカの池」と呼ばれる場所があります。
キリスト教の布教後、これらの多くは「聖パトリックの泉」などに改名されましたが、地元では今でも古い名前で呼ぶ人がいるそうです。
まとめ
プーカについて、ポイントを振り返ってみましょう。
- ケルト神話に伝わる変身能力を持つ妖精
- 最も有名な姿は黒い馬だが、山羊や鷲などにも変身する
- いたずら好きだが、恩を受けると恩返しすることもある
- アイルランド上王ブライアン・ボルーが唯一乗りこなしたと伝えられる
- ハロウィンの起源「サムハイン」と深く結びついている
- シェイクスピアのパックをはじめ、多くの作品に影響を与えた
善か悪か——そんな単純な二元論では語れない、自然そのもののような存在。
それがプーカの本質なのかもしれません。
次にアイルランドを訪れる機会があったら、夜道には少し気をつけてみてください。
もしかしたら、金色の瞳をした黒い馬が、あなたを待っているかもしれませんよ。


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