お寺や中華料理店で見かける、大きなお腹を出してニコニコ笑っている像。
「あれって仏様?」と思った人も多いのではないでしょうか。
実はあの人、本当に実在した僧侶なんです。
名前は「布袋(ほてい)」。七福神の一柱であり、なんと弥勒菩薩の化身とも言われています。
この記事では、布袋の正体からその伝説、そして世界中で愛される「笑う仏陀」になるまでの物語を紹介します。
布袋とは?

布袋は、10世紀の中国に実在したとされる伝説的な僧侶です。
本名は契此(かいし)。
唐の末期から五代時代にかけて、明州(現在の中国浙江省寧波市)周辺を放浪していたと伝わっています。
特定の寺院に住むことはなく、各地を泊まり歩く生活を送っていました。
常に大きな布袋(頭陀袋)を背負っていたことから、「布袋和尚」「布袋」と呼ばれるようになったんですね。
生年は不詳ですが、後梁の貞明二年(916年)に亡くなったとされています。
布袋の姿と特徴
布袋といえば、あの独特なビジュアルですよね。
絵画や彫像で描かれる布袋には、いくつかのトレードマークがあります。
まず目を引くのが太鼓腹。
大きく膨らんだお腹を惜しげもなく出し、いつも満面の笑みを浮かべています。
そして背中には大きな布袋。
この袋には施しを受けた食べ物や日用品が入っているのですが、不思議なことに、中身を見た人はいなかったとか。
常に袋の中は空っぽだったという、ちょっと怖い話も残っています。
服装は半裸で粗末な衣をまとい、手には杖。
見た目は「変わり者のお坊さん」そのものですが、この飄々とした雰囲気こそが布袋の魅力なんです。
布袋の不思議な伝説
布袋には数々の不思議なエピソードが残されています。
雪の中でも濡れない体
ある冬の日、布袋が雪の中で横になって寝ていたことがありました。
普通なら体中が雪に埋もれてしまいますよね。
ところが布袋の体の上だけは、雪がまったく積もっていなかったというんです。
これを見た人々は「ただ者ではない」と噂するようになりました。
吉凶と天気を当てる
布袋は人の吉凶や天気を予知する能力があったとも伝えられています。
面白いのは、地元の人々が「今日の布袋和尚の靴を見れば天気がわかる」と言っていたこと。
布袋が湿った布鞋を履いていれば雨、木履を履いていれば晴れ。
これが結構当たっていたそうです。
背中に四つの目
明州の役人・蒋宗霸(しょうそうは)は、布袋に弟子入りして3年間一緒に旅をしました。
ある日、二人で長汀溪という川で水浴びをしたとき、蒋宗霸は驚くべきものを見ます。
なんと布袋の背中には四つの目があったというのです。
この「四目」が何を意味するのか、詳しくは語られていません。
ただ、布袋がただの人間ではないことを示す伝説として、今も語り継がれています。
弥勒菩薩の化身
布袋が亡くなったのは、奉化の岳林寺でのことでした。
東廊の磐石の上に座ったまま、静かに息を引き取ったと言われています。
このとき布袋が残したのが、有名な辞世の偈(げ)です。
弥勒真弥勒 分身千百億
時時示時人 時人自不識
訳すと「弥勒こそ真の弥勒である。千百億に分身し、常に世の人々に姿を示しているが、人々は気づかない」という意味になります。
この偈を聞いた人々は悟りました。
「あの変わり者の和尚は、弥勒菩薩の化身だったのか」と。
弥勒菩薩は、釈迦の次に現れるとされる「未来仏」。
遥か先の未来、人々を救うために下生する存在です。
布袋が弥勒の化身だと信じられたことで、中国の仏教寺院では布袋の姿をした弥勒像が作られるようになりました。
本来の弥勒菩薩は細身で端正な顔立ちなのですが、中国では「大肚弥勒」(大きなお腹の弥勒)として布袋の姿が定着したんですね。
ちなみに布袋の死後、別の地方で「また布袋が袋を背負って歩いているのを見た」という目撃談もあります。
「分身千百億」という言葉通り、布袋は今もどこかを歩いているのかもしれません。
七福神としての布袋尊
日本では、布袋は七福神の一柱として親しまれています。
七福神の中で、布袋は唯一「実在した人物」をモデルとする神様です。
他の神々がインドや中国の神話に由来するのに対し、布袋だけは歴史上の人物なんですね。
布袋尊が司るのは「度量」。
あの大きなお腹は、すべてを受け入れる広い心を象徴しています。
よく知られる対聯(ついれん)に、こんな言葉があります。
大肚能容 容天下難容之事
開口便笑 笑世上可笑之人
「大きな腹は天下の容れ難きことを容れ、口を開けば笑い、世の中の笑うべき人を笑う」という意味です。
何でも受け入れ、何でも笑い飛ばす。布袋の生き方そのものですね。
主なご利益は以下の通りです。
- 福徳円満
- 度量・大量(心の広さ)
- 商売繁盛
- 家運隆盛
- 子宝
お腹をさすると福が来るという言い伝えもあり、置物や像のお腹がテカテカに光っているのをよく見かけます。
水墨画の人気画題
布袋は、禅宗の広がりとともに水墨画の人気画題にもなりました。
鎌倉時代に禅宗が日本に伝わると、達磨や寒山拾得と並んで、布袋も「禅会図」の重要なモチーフとして描かれるようになります。
有名なパターンがいくつかあります。
- 指月布袋:月を指さす布袋。「月は悟りの境地、指は経典」を表し、悟りは文字だけでは得られないことを示す
- 腹さすり布袋:自分のお腹をさする布袋
- 眠り布袋:気持ちよさそうに眠る布袋
江戸時代の禅僧・仙厓義梵(せんがいぎぼん)は、布袋と子供たちが戯れる「指月布袋画賛」を描きました。
この作品は出光美術館のコレクション第1号として知られています。
墨一色で描かれる布袋の姿は、どこか飄々として、見る人をホッとさせる不思議な魅力があります。
世界に広がる「Laughing Buddha」
布袋は今や世界中で知られる存在です。
欧米では「Laughing Buddha(笑う仏陀)」の愛称で親しまれています。
レストランやお店、家庭のインテリアとしても人気ですね。
この広がりには二つのルートがありました。
一つは18世紀のヨーロッパ。
当時、中国の磁器は上流階級のステータスシンボルでした。
布袋の像を飾ることが「洗練された趣味」とされ、ヨーロッパ各地に広まったんです。
もう一つは20世紀の禅ブーム。
日本の禅仏教が欧米で注目されるようになり、布袋も「Zen Buddhism」の象徴的存在として認知されるようになりました。
面白いのは、欧米では布袋を「釈迦(ゴータマ・シッダールタ)」と勘違いする人が多いこと。
「仏教の開祖は太った陽気なおじさん」と思っている人も少なくないようです。
実際には布袋と釈迦はまったくの別人。
釈迦は痩身で厳格な修行者として描かれるのが本来の姿です。
とはいえ、この誤解のおかげで布袋は「世界で最も有名な仏教のアイコン」になったとも言えます。
布袋らしい、おおらかなエピソードかもしれませんね。
布袋の基本情報一覧
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 布袋(ほてい) |
| 本名 | 契此(かいし)、釈契此(しゃくかいし) |
| 別号 | 長汀子 |
| 生年 | 不詳 |
| 没年 | 916年(後梁貞明二年)三月とされる |
| 活動地域 | 明州(現・中国浙江省寧波市)周辺 |
| 特徴 | 太鼓腹、笑顔、大きな布袋、杖 |
| 別名・異称 | 布袋和尚、笑佛、大肚弥勒、Laughing Buddha |
| 宗教的位置づけ | 弥勒菩薩の化身(中国仏教)、七福神の一柱(日本) |
| 主なご利益 | 福徳円満、度量、商売繁盛、家運隆盛、子宝 |
| 初出文献 | 『宋高僧伝』(10世紀後半) |
まとめ
布袋について紹介しました。ポイントをおさらいしましょう。
- 布袋は10世紀の中国に実在した僧侶・契此がモデル
- 大きなお腹と布袋を背負った独特の姿で知られる
- 臨終の偈から「弥勒菩薩の化身」と信じられるようになった
- 七福神の一柱として「度量」を司り、福徳円満のご利益がある
- 水墨画の人気画題として多くの作品が残されている
- 世界では「Laughing Buddha」として親しまれている
あの陽気な笑顔の奥には、1000年以上の歴史が詰まっていたんですね。
次にお寺や中華料理店で布袋像を見かけたら、ぜひそのお腹をさすってみてください。
もしかしたら、布袋和尚が「分身千百億」の一人として、あなたに福を授けてくれるかもしれません。


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