五聖とは?儒教の聖人5人をわかりやすく解説

神話・歴史・文化

「五聖」って聞いたことありますか?

孔子といえば誰もが知る中国の偉大な思想家ですが、実は孔子を含む5人の聖人たちが「五聖」として儒教の世界で特別な存在として崇められているんです。
しかも、この5人には師弟関係や血縁関係があり、儒教の教えを2000年以上にわたって受け継いできた「道統」の核心を担っています。

この記事では、五聖とは誰なのか、それぞれどんな人物だったのかをわかりやすく紹介していきます。


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五聖の概要

五聖とは、儒教(儒学)における5人の聖人のことです。
具体的には以下の5人を指します。

  • 孔子(こうし)…「至聖」
  • 顔回(がんかい)…「復聖」
  • 曾子(そうし)…「宗聖」
  • 子思(しし)…「述聖」
  • 孟子(もうし)…「亜聖」

孔子を頂点として、その弟子や孫、そして再伝弟子が連なる形になっています。

もともと孔子以外の4人は「四配」(しはい)と呼ばれ、孔子廟で孔子に配祀される存在でした。
この4人に孔子を加えたものが「五聖」というわけですね。


至聖・孔子(こうし)

儒教の創始者にして、すべての始まりの人。

孔子は紀元前551年、魯国(現在の中国山東省)に生まれました。
名は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)といいます。

何をした人?

孔子は古代中国の礼楽制度を研究し、「仁」や「礼」を中心とした道徳思想を説きました。
弟子は3000人にも及んだと伝えられ、その中でも特に優れた弟子は「孔門十哲」と呼ばれています。

『春秋』を編纂し、『詩経』を整理したとも言われています。
弟子たちが孔子の言行を記録した『論語』は、今でも世界中で読まれる名著ですね。

なぜ「至聖」?

「至聖」とは「最も優れた聖人」という意味です。
孔子は儒教の思想体系を築き上げた創始者であり、後世のすべての儒学者の師と仰がれる存在だからこそ、この称号が与えられました。


復聖・顔回(がんかい)

孔子が最も愛し、最も期待をかけた弟子。

顔回は紀元前521年に魯国で生まれました。
字は子淵(しえん)で、「顔淵」(がんえん)とも呼ばれます。

どんな人だった?

顔回は「孔門十哲」の筆頭で、「徳行」に優れた弟子として知られています。

『論語』には、孔子が顔回を称賛する場面が何度も登場します。
「一を聞いて十を知る」ほどの理解力を持ち、怒りを他人にぶつけず、同じ過ちを二度と繰り返さない人物だったそうです。

また、その暮らしぶりは極めて質素でした。
「一箪の食、一瓢の飲」(ご飯一杯、飲み物一杯だけの食事)で満足し、狭くてみすぼらしい路地裏に住んでいたといいます。
普通の人なら耐えられないような貧しさでも、顔回は学問を楽しむ姿勢を変えなかったのです。

悲運の天才

孔子は顔回を後継者と考えていました。
しかし、顔回は29歳で白髪になり、31歳頃に孔子より先に亡くなってしまいます。

孔子は「ああ、天は我を滅ぼした」と嘆き、身もだえして号泣したと伝えられています。

なぜ「復聖」?

「復」には「礼に復る(かえる)」という意味があります。
顔回は「克己復礼」(己に克ちて礼に復る)を実践した人物であり、孔子の仁の教えを最も体現した弟子だったことから、この称号が与えられました。


宗聖・曾子(そうし)

儒教の教えを次世代に繋いだ、孝行の手本。

曾子は紀元前505年、魯国南武城(現在の山東省嘉祥県)に生まれました。
名は参(しん)、字は子輿(しよ)といいます。

何をした人?

曾子は16歳で孔子に師事しました。
孔子から最初は「鈍い」と評されたものの、勤勉に学び続け、やがて孔子の教えを深く理解する弟子となりました。

『大学』は曾子が孔子の教えをまとめたものとされています。
「修身・斉家・治国・平天下」という理念は、この書物から生まれました。

また、「吾日に三たび吾が身を省みる」(私は毎日三度、自分自身を反省する)という言葉でも有名です。

孝行のエピソード

曾子は孝行で知られています。
父親に食事を出すときは必ず酒と肉を用意し、残り物をどうするか必ず父に尋ねたそうです。

また、ある日山で薪を集めていたとき、急に胸が痛くなりました。
急いで家に帰ると、母親が客をもてなすために困っており、曾子を呼ぶために自分の指を噛んでいたのです。
曾子は母の気持ちを離れていても感じ取れるほど、親子の絆が深かったといいます。

なぜ「宗聖」?

「宗」には「おおもと」「根本」という意味があります。
曾子は孔子の教えを守り、それを子思に伝え、やがて孟子へと繋げました。
儒教の「道統」(正統な教えの継承)の根幹を担った人物だからこそ、「宗聖」と呼ばれるのです。


述聖・子思(しし)

祖父・孔子の教えを継承し、発展させた孫。

子思は紀元前483年頃に生まれました。
名は孔伋(こうきゅう)、字が子思で、孔子の孫にあたります。

何をした人?

子思は曾子に師事し、祖父である孔子の教えを学びました。
そして、その教えを『中庸』という書物にまとめたとされています。

『中庸』は「偏らず、変わらず、過不足のない状態」を理想とする思想を説いた書物です。
「中」は偏りのないこと、「庸」は日常における実践を意味します。

子思は曾子から学んだことを、さらに自分の弟子たちに伝えました。
その弟子の系統から、やがて孟子が現れることになります。

なぜ「述聖」?

「述」には「述べる」「伝える」という意味があります。
子思は孔子の思想を自ら創り上げたというよりも、祖父の教えを正確に伝え、後世に繋げた人物です。
この功績から「述聖」と称されるようになりました。


亜聖・孟子(もうし)

孔子に次ぐ儒教第二の聖人。

孟子は紀元前372年頃、鄒(すう、現在の山東省鄒城市)に生まれました。
名は軻(か)、字は子輿(しよ)または子車(しけい)といいます。

何をした人?

孟子は子思の弟子の弟子にあたり、孔子の死後約100年経ってから活躍しました。

戦国時代という群雄割拠の時代に生き、各国の君主に「仁政」を説いて回りました。
「王道」と「覇道」を対比させ、力による支配ではなく、徳による統治こそが国を治める正しい道だと主張したのです。

また、「性善説」を唱えたことでも有名です。
人間は生まれながらにして善であり、惻隠(そくいん、かわいそうに思う心)・羞悪(しゅうお、恥じる心)・辞譲(じじょう、譲る心)・是非(ぜひ、善悪を判断する心)という「四端」が誰にでも備わっていると説きました。

孟母三遷

孟子の母は「孟母」として有名です。
孟子の教育のために三度引っ越したという「孟母三遷」の故事は、環境が子どもの成長に与える影響を示す教訓として今でも語り継がれています。

なぜ「亜聖」?

「亜」には「次ぐ」という意味があります。
孟子は孔子の思想を継承・発展させ、儒教を理論的に完成させた功績から、孔子に次ぐ聖人として「亜聖」と呼ばれています。
「孔孟の教え」という言葉があるように、孔子と孟子はセットで語られることも多いですね。


五聖の関係性

五聖は単なる5人の偉人ではなく、師弟関係や血縁で繋がっています。

孔子(至聖)
  │
  ├─ 弟子 → 顔回(復聖)※孔子より先に死去
  │
  └─ 弟子 → 曾子(宗聖)
              │
              └─ 弟子 → 子思(述聖)※孔子の孫
                          │
                          └─ 弟子の弟子 → 孟子(亜聖)

この師弟関係の系譜は「道統」と呼ばれ、儒教の正統な教えがどのように受け継がれてきたかを示すものです。

興味深いのは、顔回は孔子の一番弟子でありながら早世してしまったため、実際に教えを次代に伝えたのは曾子だったという点です。
曾子がいなければ、孔子の教えが子思、そして孟子へと繋がることはなかったかもしれません。


現代への影響

五聖の教えは、2500年以上経った現在でも東アジア文化圏に大きな影響を与えています。

孔子廟と祭祀

中国の曲阜にある孔子廟では、今でも孔子と四配(顔回・曾子・子思・孟子)が祀られています。
孔子の子孫は「衍聖公」(えんせいこう)として代々その祭祀を司り、現在も台湾では「奉祀官」として活動を続けています。

同様に、顔回・曾子・孟子の子孫も祭祀官として活動しており、五聖への崇敬は現代まで続いているのです。

四書の成立

朱子学の集大成者である朱熹(しゅき)は、『論語』『大学』『中庸』『孟子』を「四書」として整理しました。
これらはすべて五聖に関わる書物です。

  • 『論語』…孔子と弟子たちの言行録
  • 『大学』…曾子の著作とされる
  • 『中庸』…子思の著作とされる
  • 『孟子』…孟子の言行録

四書は科挙(官吏登用試験)の必読書となり、東アジア全域の知識人に読まれてきました。


五聖一覧表

称号名前生没年代表的な著作・関連書主な功績
至聖孔子(孔丘)前551年〜前479年『春秋』編纂、『論語』(言行録)儒教の創始、仁・礼の思想を確立
復聖顔回(顔淵)前521年〜前490年頃『論語』に多数登場孔子の教えを最も体現した徳の人
宗聖曾子(曾参)前505年〜前435年『大学』『孝経』孝道の実践、道統の継承
述聖子思(孔伋)前483年〜前402年『中庸』孔子の教えの継承と発展
亜聖孟子(孟軻)前372年頃〜前289年頃『孟子』性善説、仁政論の確立

まとめ

五聖についてのポイントを整理すると、以下の通りです。

  • 五聖とは、儒教における5人の聖人(孔子・顔回・曾子・子思・孟子)のこと
  • 孔子を頂点に、師弟関係・血縁関係で繋がる「道統」を形成している
  • 孔子以外の4人は「四配」として孔子廟に配祀される
  • 五聖に関連する『論語』『大学』『中庸』『孟子』は「四書」として儒教の根本経典となった
  • 五聖の教えは2500年以上にわたり、東アジアの思想・文化に影響を与え続けている

五聖は単なる過去の偉人ではなく、現代の私たちの価値観や道徳観にも影響を与えている存在です。
「仁」「義」「礼」「智」「信」といった儒教の徳目は、今でも東アジア社会の基盤となっています。

孔子廟を訪れる機会があれば、ぜひ孔子像の周りに配置された四配の像にも注目してみてくださいね。

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